第9話 姉ちゃんの過去と非常ベル
事件から5日が経った。岡田副担が逮捕されて街は平穏を保ってるように見えるが、警察がまだ動いていると俺はさっき知った。
あの下屋敷って名前の刑事、校舎前をたまたま歩いていた俺を見かけて、って言ってたけど、最初っから俺目当てだったんじゃないか? まさかそんな事ないよな……でも近藤先生の車で送ってもらった時のことを知りたいようだった。だったら俺か高橋君か、それとも村上さんか佐藤さんしかいない。それに道に迷ったこと凄く不審がってた。どうして道に迷ったんだって聞いてきたけど、そんなの……あれ? なんでだっけ? へんだな、よく覚えてない。あとで高橋君に聞いてみよう。でもそんな事より佐藤さんだよ佐藤静香さん。給食食べ終わった佐藤さんが村上さんと田川さんと三人で校庭に居たの窓から見えたから、俺も校舎から出てきたんだった。それなのにあの刑事に呼び止められて、おまけに近藤先生に引っ張られて校舎まで戻って来ちまった……そんなことやってたら佐藤さんどっか行っちゃったよ。
放課後にしようかな……いやダメだ。放課後なら周りに大勢いる。
明日だったら……でも…どのタイミングで?
映画の約束したんだから、その時に…
我ながら自分の優柔不断さに腹が立つ。決めたはずだ。佐藤さんに告白するんだ! そして付き合ってもらうんだ! でも振られたらどしよう……他に好きな人いるのとか、この前ヘンな事いっぱいした春山君なんて嫌い、って言われたら俺……平気でいられるかな?
なんだか腹痛くなってきた。あれ? あの三人って……佐藤さんたちだ。校舎の裏手からこっちに向かって歩いて来る。
気付いたら俺は三人の方に走っていた。もう後戻りは絶対に出来ない。今やるしかない。
三人は俺が走って来るのを認めると、ちょっと振り返ったりして、俺が用があるのは自分達だと解ったらしく、立ち止まって互いに顔を見合わせたりしている。
「ちょっと……俺……佐藤さんに……話あるんだ」
ビックリ顔の佐藤さん。みるみる真っ赤になって俺を見てる。
村上さんと田川さんは、二人で顔を見合わせニヤニヤし始めた。いやいやいや、あんたらもそこに居るつもりか? 普通だったら気ぃ利かせるだろ。
「ちょっと来て」
俺は佐藤さんの手を掴み、走って二人から離れた。
「え……春山君……昼休み終わっちゃうよ」
俺に引っ張られながらも嫌がらず、自らも走る佐藤さんが言った。そんな佐藤さんの顔を振り返って見ると、肩までの髪が靡いていてとても綺麗だ。やっぱり俺はこの子が好きだ。へんな事いっぱいしちゃったけど絶対に付き合ってもらいたい。
あの日、図書館で権藤彩音が言ってたこと、凄く気になる。
佐藤静香は狙われてる。だから一緒にいた方がいい。
信じられなかった。神取一族、彩音に言わせると変態一族だ。でも農協の組合長が実の娘となんて。それにうちの学校の生徒会長が岡田副担と従弟だか叔父で、ドロッドロの関係。おまけに父親が誰なのかも凄くって、その父親と祖父ともだなんて……。
でも彩音はこんな事も言っていた。
「この街っていうか、S町始まって以来の美少女って誰だか知ってる?」
「え…? 始まって以来の美少女って……随分と昔もアリなんだろうけど、それって俺が知ってる人?」
「うん、春山君も知ってる」
美少女っていうのだから俺は小学生を想像した。
「もしかしたら、臼井エリカ?」
小学1~2年の時に同じクラスだった女子。凄い美少女で男子の誰もが同じ思だった。だがK町で生まれ育った権藤彩音が知っているはずもないか。
「確か小学4年生の時に転校したって後から聞いたけど、権藤さんが知るはずないか…」
「あ! あ~あ~、前に祖母ちゃんが言ってた。アタシと同い年の女の子。けっこうカワイ子だったらしい。S町に住んでたけど一家そろって逃げた」
「逃げた?」
「そう、神取一族の誰かに付け回されて、親は仕事辞めてまでS町から逃げたって聞いた」
そんなバカな話ってあるのか……ここって日本だぜ、法治国家だぜ。警察だって普通に機能してるだろ。それを言うと彩音は、
「春山君って意外と知らないんだな。この街で神取家の力は凄い。たいていの事なら表に出たない。もみ消す必要もない。付け回されたくらいじゃ誰も助けてくれない。レイプされたって訴えてもムリだ。逮捕された岡田先生もきっと釈放される。アイツが殺しなんてやれるはずないし殺られた女と不倫みたいだけど、アイツの好みって人妻じゃないし、別れるんなら金で解決したはず。児童買春容疑で神取一族を有罪にできるんなら、あの一家の男どもはとうの昔に塀の中だ……そんな事より、始まって以来の美少女ってその子じゃない。解らないかな~、春山君、あんたの姉さんだって」
「へ……俺の姉ちゃん?」
「そう。アタシも写真でしか見た事ないけど、強烈な美少女で美人。神取一族の男が放っておくはずない」
「それ……どういう意味よ?」
「あ…ごめん……違うから。春山君の姉さんには手出しできなかったのは間違いない。そんな凄い殺気急に出したら…アタシだってちょっと怯んだ」
どうして姉ちゃんに手出しが出来なかったのかを彩音が教えてくれた。
ーー春山君の母親の実家って武者小路さんだろ。今は左舞久留町だけど、元Y町にある農家の武者小路さん。ここらへんの農家って大概が門徒さんだけど、……え? 門徒さんって何って? ああ、浄土真宗の檀家のこと。でも武者小路さんって農家だけど真言宗。……そんなの知らんかったって? うん、まぁそんなもんだろ。っで、武者小路さんって檀家の中でけっこうな地位。先祖がどこ出身なのかは分かんないけど、こっちの苗字じゃない。それもあるのか農協とは一切関わらない、独立心が強いっていうか……反骨精神だな、そんな農家だって有名。春山君の姉さんって小っちゃい頃から凄く目鼻立ちがハッキリしてて、思春期になったら大人顔負けの超美人。目ぇつけたのが神取剛。次期組合長。絶対にモノして囲うって豪語してたらしい。春山君の姉さんが小学3~4年生ぐらいから目ぇつけられて、中学生になったら付け回されてたって聞いた。っで春山君の母親が実家に助けを求めた。S町の真言宗の寺の檀家だった武者小路さんが住職に相談した。……そうそうD組の篠原朱海の……今の住職じゃなくって先代の住職。……もう老いぼれて息子が今の住職だけど、先代はまだ生きてる。今じゃめったに表に出ないけど。ウチの祖母ちゃんの話だと、先代の住職って日本屈指の霊能力者だったらしい。その先代が武者小路さんから相談受けて守った。うん、春山君の姉さんをーー
聞いてビックリというより、胃にズッシリと鉛でも入ったような感じになった。ちょっと信じられないのだが、そういえば姉ちゃんが家に居ない時期があった。あれっていつだったんだろう? そして理由は? 分からない、俺が幼かったのか? それにしても親に、なんで姉ちゃんいなくなったの? って聞いたはず。それも覚えてない。
どうしても確認したかった。姉ちゃん本人に。
「もしもし、姉ちゃん? 俺……義仁」
「あ~~義仁、どうしたのこんな時間に……何かあったのかい……」
そうだよな、もう夜の11時を回っている。それでなくとも俺の方から電話をするなんてめったにないから、無用に緊張させちまった。
「いや…特別なんもないから心配しないで」
「ならいいけど……ちょっとビックリしちゃった」
「うん、悪い悪い……ところでさ~……俺……今……好きな子……いるんだ」
「へ~~そうなんだ、いっちょ前にね~~…その子かわいいの?」
「うん、メッチャかわいいっていうか美人だ。もちろん性格もいいにきまってるんだけど」
「美人なんだ……その子……アンタと同い年?………そっか…中3か……どこ住み? ……S町か」
なんだか歯切れが悪い。俺は思い切って聞いた。
「姉ちゃんさ……神取一族って知ってるか?」
「………」
「姉ちゃん? 聞こえる? 姉ちゃん!」
「聞こえてるよ。……そっか……そうだよね……S町に住んでるんだからアノ一族の事知るには遅すぎたぐらいだよね。っで…私の事も知った?……そっか……誰から? ……え? K町で拝み屋やってる婆さんの孫娘って……あ~あ~あ~……なんてったっけ? 濁点が多い名前…そうだ、権藤だ…権藤。あの婆さん、口と見かけは悪いけど、そうとうまともだよ。頼りにもなるしね。へ~~あの婆さんの孫娘と知り合いなんだ……え? 同級生なの。ふ~ん」
姉ちゃんは自分で話してくれた。神取一族との関わりを。それは権藤彩音が言った通りで、武者小路の爺ちゃんと寺の住職ーー先代の住職が守ってくれて事なきを得たという。でもオマケがあった。
ーー高校3年の時だね、バス停でバス待ってたの。……うんS町のバス停。夜の7時か8時ごろだったな~。急に後ろから抱き着かれて、口塞がれて、もう一つの手で胸触られて……どっかに連れ込もうとしたんだろうね。私、ビックリしちゃって、でも頭にきて、ガリって噛んだの、そいつの指。……うん、ガリって音聞こえた。そしたら耳元でギャアアアアアって。………そう、抱きついてきたヤツの悲鳴。振り返ったら、そいつ自分の手ぇ押さえてのたうち回ってんの。……え? あ~もう一人いた。うん、そのもう一人も仲間だと思うけど、何があったんだって、のたうち回るヤツを見下ろしてた。っで私も気づいたの。自分の口の中にゴロっとした物が入ってるって事に。指だった。そいつの左手の人差し指かな~~私食いちぎっちゃったの。すぐに判った、そいつら神取の男だって。今までの事もあったから、もうアッタマきちゃって、ソイツらに言ったんだよね。ズボンとパンツ脱げ! って。お前らのチ〇ポも食いちぎってやるからとっとと出せコノヤロー!ってーー
放送禁止用語を電話口で弟に言う姉ちゃんは、マジでソレも食いちぎってやろうと思ったそうだ。っでもう一人の仲間はというと、姉ちゃんの顔を見てーーー口からドボドボと真っ赤な血を垂れ流しながら迫って来る姉ちゃんを見て、腰を抜かしたようになって、それでもチ〇ポを出せと迫る姉ちゃんから、のたうち回る仲間を連れて逃げて行ったそうだ。怖ぇぇ……
「神取の男で左手の指1本無いヤツいたら、そいつだよ。でもさ……アイツら今でも同じようなことやってんでしょ? ……私? うん、もうアイツラと関わり合いになりたくないから、この街から出たの。だってさ~、今度似たような目にあったら、絶対に指1本じゃ済ませないもん。コンクリートで頭かち割っちゃいそう。アンタって武道かなんかやってたっけ? アンタが好きだって子、美人なんでしょ?」
姉ちゃんは、佐藤静香さんが美人なら神取の誰かに狙われても不思議じゃない。だってアイツら超変態のクセに政治力持ってるから、自分達ならなにやったって平気だって普通に思ってるから。農協の組合長だか何だかしらないけど、性欲の塊が服着て歩いてんだから、誰かがそんなヤツラから女の子守らなきゃダメだ。警察じゃ頼りにならないし、と付け加えていた。
俺は中学校からバスケ部に入ったが、小学校の頃は剣道をやってた。初段審査って13歳からでなければ受けられないから小6の時に1級まで受かった俺は、去年、初段審査を受け、一応は段持ちだ。特に剣道を続けるつもりはなかったのだが、初段だけは持っていたくて中学になっても自主練は続け、みごと合格した。だから棒さえあれば相手が2~3人ならきっと勝てる。
権藤彩音に言わせるとS町始まって以来の美少女らしいが、チ〇ポ出せ食いちぎってやるから、って言ってやったとのたまわる女が姉だなんて、誰にも言えない。
だが、どうやら神取一族の件は本当のようだ。佐藤さんが狙われたらどうしよう。姉ちゃんみたいに撃退できる女なんて他にいない。
そして姉ちゃんとの電話で最後に俺は聞いてみた。
「姉ちゃんって河西さんのこと覚えてるか?」
「え……? カサイさん? 知らないけど…誰それ?」
「前に住んでた家の近所にいたらしくて、そこの女の子と俺ってしょっちゅう行き来して遊んでたって母さんから聞いたんだけど……」
「えええ? それってクッちゃんか伸江ちゃんのことじゃなくて? カサイさんね~~知らない。母さんの勘違いでしょ、きっと」
校庭の真ん中あたりで俺は止まった。最初は佐藤さんの手を引っ張って走っていたのだが、途中からは二人で手を繋いで走っていた。
「おっ、俺……佐藤さんに……この前いっぱいヘンな事しちゃったけど……好きなんだ!」
え? なんかヘンな言い方だったかも…
「ちっ、違うから……ヘんな事したのが好きなんじゃなくって……佐藤さんが好きなの。うん……大好き……だから……その……俺と…付き合って欲しい」
「うん、知ってた………私も春山君のこと……スキ」
「なら、いいの? 俺と付き合ってくれる?」
「うん…」
うわーーーーー! やったーーーー! すげーーー、これってスゲーー。佐藤静香さんが俺の彼女ってことだよな?! うんうん、間違いないよ。
「あ……チャイムだ。5時間目始まったみたい」
余韻に浸る間もなく二人で手を繋いで校舎に走った。
玄関で靴を履き替え、1年生の教室の前を通りーー俺たち3年生の教室は2階と3階なのだが、階段に行くまで1階の1年生の教室前を通らなければ行けない。
教室の入り口ってなんで上部だけがガラス張りなんだろう。そこを通る時、もう授業が始まってるから二人してバレないよう屈んで通り抜けていた。そんな時だ、物凄い悲鳴が1年生のある教室から響き渡った。女子の悲鳴だ。それも一人じゃない。2~3人の悲鳴だ。続いて、どうしたの、なにがあっの!、と怒鳴る先生の声。そしてガタガタガタっという幾つもの机を乱暴に動かす音がして、窓を開ける音、次には、ああああああああああ っという先生や男子の声というか悲鳴が聞こえ、廊下に飛び出してきた先生がーー真っ青な顔で廊下の左右を見渡し、俺と佐藤さんの傍にあった非常ボタンに飛びつき、そして押した。
非常ベルが校内全部に鳴り響いた。




