第六話 すだち
あたしは魔力車ってやつの助手席みたいなところに座ってた。魔力車。あっちにあった軽自動車…ってよりかはクラシックカーと外観は似てるけど、運転したことがないあたしから見ても中身は結構違う。席が前に二つ、後ろに二つの合計四つ。ここまではあっちの車と同じ。違うのは運転席。そこには、自転車のハンドルみたいなのが付いてるだけ。しかも、それはきっちり固定されてて動かせない。運転手はここを握って魔力を流し込んで魔力車を動かすらしい。馬車の数倍速いみたい。それなら何でシロエさん達が魔力障害に巻き込まれたときに魔力車じゃなくて馬車を使ってたのって思うかもだけど、理由はちゃんとある。単純に魔力の消耗が激しいから。非常時のためにシロエさんの魔力はなるたけ温存させたいし、魔力に余裕がある訳でもない従者二人に無理に運転させたら体力の消耗が凄いことになるらしい。あたしのまだ知らない「これからのこと」の為には出来るだけモズさんの魔力も温存しときたいところなんだけど、今は緊急事態だからやむを得ない、とのこと。そんなこんなで、あたし達は魔力車に揺られてる。
「そーだ。今から領主館に向かって、あたしが使用人に採用するかどうかを判断して。その先があるんですよね?今のうちに、その辺の話が聞きたいかなって。」
「採用されなければ、あなたには当分関係の無い話です。立場を弁えて下さい。」
「モズさん。ハザマさんがこの世界で暮らすのに関係がある話も混ざっているので、教える意味はあります。魔力車の運転には集中力が必要です。あなたが運転している間、私がハザマさんに説明する。それで良いですね。」
「…分かりました。」
うっわぁ。思ったより嫌われてるなぁ。めっちゃ不服そうな顔してる。あたしに流す情報を絞ることで、採用されなかったときに野垂れ死ぬ可能性を上げたかったやつじゃん、これ。その内実力行使に移られたら、一方的にやられちゃうよなぁ。そんなことを考えながら、あたしはシロエさんの話を聞いてた。
今回の話は、前に話してもらったレイブルスの歴史。そのときに省略された「魔霊」ってやつの話。曰く、今はもう絶滅した魔獣だけど、中でも強力な魔獣は死んでも魂は残ってて、精神体になってこの世界を漂ってるらしい。魔霊は全部で六種類。
水を司る山羊の魔霊。天災水霊、グラトニーアグリコーン。
弓で全てを射抜く人魚の魔霊。人空魚、ロードピスタリアス。
人類の最高傑作にして忘れてはいけない失敗作である牡羊の魔霊。最終兵器、メイクドアコーピス。
咎人を裁く牡牛の魔霊。管理霊、アドミニタウラブラ。
人間から魔獣へと堕ちた唯一の存在であり、2にして1、1にして2の魔霊。裏切り者、トレイトジェルゴ。
自分の種を守る為に進化し戦い抜いた誇り高き獅子の魔霊。王獣霊、ガレオキャンサー。
無駄に厨二チックな説明とか肩書きとかはさておき、今回問題になるこの魔霊。普通のときは何の影響も無いんだけど、魔力障害が起きた後は別。前聞いたみたいに、魔力障害は空間内の魔力が偏ることで起きる。で、起きた後も魔力は不安定な状態になって人間の使う魔法の効果が著しく下がる。この魔力が不安定な状況ってのは、魔力障害の余波の魔力を、現場に一番近い位置にいる魔霊が取り込もうとすることで魔力が急速に流動するのが原因。そうやってその魔霊は約半月の間魔力を取り込んで練って、擬似的な肉体、魔力体を作って復活するらしい。魔力体だから全盛期ほどの強さじゃないけど、魔法が衰退した現状だと充分過ぎるぐらいの脅威。だから魔法を使いこなせる領主を中心として、被害が起きる前に魔霊を撃破する。ここ数日でシロエさんがしてたのは、その戦いに巻き込まれない為の注意・避難勧告。
これからあたし達は領主館に行って、あたしの処遇を決定をはじめとした陣営の立て直しをしつつ戦闘の用意。それが終わり次第、あの魔力障害が起きた場所に戻って魔霊を迎撃って流れらしい。装備とかだけ領主館から持ってきて貰えば良いじゃんって思ったけど、当初はこんなことを想定してなかったからシロエさんの装備の保管庫にはシロエさんしか開けられないロックがかかってるらしい。こういうときに臨機応変に対応出来ないからこっちの鍵は面倒だよね。
「大体の事情は分かりました。そういえば、魔霊は六種類いて、その中でたまたま魔力障害の現場に一番近かったのが復活するーって話ですけど。結局どれの相手をするのが一番キツいんですか?」
「戦闘という面ならば、圧倒的に強いのがガレオキャンサーです。ただ、一番厄介なのは恐らくトレイトジェルゴでしょう。」
「あー、なるほど。そーいう。」
さっき聞いた魔霊の情報と照らし合わせれば分かる。唯一あたし達と意思の疎通が出来る魔霊。多少戦闘力が低くても、言葉で分裂を狙って仲間割れを誘発する感じか。確かにめんどくさそう。
「ただ、どんなことがあろうと心配は要りません。ハザマさんは、私が…」
あ、なんか目がボーッとしてる。多分眠いんだろーな、これ。
「はい。ありがとうございます。いろいろ聞かせてくれて、助かりました。今はゆっくり寝て下さい。」
「はい…」
そう言って、少しずつシロエさんの瞼が下りていく。瞼が下りてから、車内では暫く沈黙が続いて。それを破るみたく、少しずつシロエさんの静かな寝息が聞こえてきた。
「あなたは、何なのですか?」
それを見計らったみたいなタイミングで、モズさんが小さい声で聞いてきた。何その漠然とした質問?
「あたしが何って聞かれても。ただのか弱い使用人候補ですよ。」
「そう、ですか。そうでしたね。」
それからは、領主館に着くまで二人とも一回も喋らなかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
領主館に着いた。移動時間は、休憩時間を含めて1日よりちょっと長いぐらいだった。メーターみたいなのを見ると全然最高速度って訳でも無さそうだったから、事故が起きないように速度控えめだったんだろうね。こっちの世界に高速道路みたいなのがあったら、半日ぐらいで着いてた説すらある。移動中は魔法の話を聞いたりしたけど、魔法は大きく分けて8種類ってことぐらいしか聞かなかったし、また詳しく聞きたいかな。
脱線しかけた話を戻そっか。そんなこんなであたし達は領主館に着いた。深夜の到着で明かりは付いてない。月明かりだけが建物を照らしてる。(本物の月じゃないけど、あたし達の世界から来た人が月と同じ役割の星に月って名付けたらしい。太陽もおなじく。)そのぼんやりとしか見えない状態だけど、それでも領主館の大きさは充分分かる。日本の普通の二階建ての一軒家を横に二つ並べたぐらいの大きさ。結構大きいけど、予想してたよりは小さいかな。お城レベルのを想像してたからちょっと拍子抜け。広過ぎないから掃除はまぁマシかな。これでも一人で掃除するには広過ぎるけど。そんなことを考えてたら、モズさんがドアの近くにある石のプレートに触る。解錠音が響いたら、モズさんが扉を開ける。それと同時に、玄関に明かりが灯った。モズさんの魔力に反応したのかな?魔法ってやっぱり便利だなとか思ってたけど、そうでもないみたい。あからさまにため息をつくモズさん。この人、なんだかんだで分かりやすい人だよなぁ。
「長旅お疲れ様。おかえりなさい。そして使用人候補のハザマ・ユウリさん。君には初めまして、で良いかな。」
どこか胡散臭い雰囲気の人が出てきた。多分明かりを付けたのはこの人だね。
「初めまして。境界悠里です。出来れば長い付き合いになると良いですけど。これからお願いします。」
「うん。よろしく。僕はマグド・レイブルス。シロエさんの秘書長だよ。」
秘書長かぁ。モズさんの上司かな?まぁ、その辺の話は明日するだろうし、今日は早く寝たい。
「今日はもう遅いし、3人ともゆっくり休んだ方が良いよ。…ユウリさんと呼んで良いかな。君にはこれから空き部屋を使って貰おう。僕が案内するよ。」
「あ、ありがとうございます。」
シロエさんとモズさんは自室に向かっていった。そしてあたしは、さっき言われた通りマグドさんに付いていく。
確かにこの館は結構大きい。だけど、今知ってるだけでも、シロエさん、モズさん、マグドさん、ジャックさん、バッシュさんの5人がいたはず。それぞれが個室を持ってるとしたら、充分部屋数を圧迫するはず。他にも従者がいるはずなのに、空き部屋があるのはおかしい気がする。ちょっと探りを入れた方が良いかな?
「そーだ。早速明日から朝ご飯とかを作りたいんですけど、何人分作れば良いんですか?」
「随分とやる気があるようだね。朝ご飯は四人分で良いよ。現在この領主館で暮らしているのは、さっき玄関にいたメンバーで全員だからね。」
四人だけ?あたしは領主としての仕事にはあんまり関わらないから、実質三人で仕事を回してるの?そんなことって出来るもんなの?
「なるほど。ここの作業体制をシロエさん達から聞いてないみたいだね。まぁその辺は明日教えてあげよう。」
「それは助かります。」
あたしの魂胆はバレてたっぽい。その上で教えるって言ってる辺り、あたしがシロエさん陣営に忠誠を誓ってる訳じゃなくて、それでもあたしはシロエさんを裏切らないってことを分かってるって感じかな。
「ほら。着いたよ。ここが君の部屋だ。暫定的な、ね。」
マグドさんがドアを開ける。一人で使うには充分な広さの部屋。クローゼットと机に時計、ベッドだけのシンプルな部屋。本当に誰も使ってこなかったんだなぁ。
「ありがとうございます。そうだ。そこに時計がありますけど、目覚まし機能とかは?」
「付いてるよ。使い方を教えてあげよう。ちなみに朝食は7時30分ぐらいだと助かるかな。」
「助かります。」
そんなこんなで、領主館での一種の戦いが始まった。