第四話 ハナズオウと、動き始める物語
今日も簡易時計の軽い金属音で目が覚めた。昨日みたいに簡易な服を作ったりする必要は無かったから、昨日より縄は長め。環境の違いとかプレッシャーとかのせいで、お世辞にも快眠が出来たとは言えないけど、纏まった時間分休めたってのが重要。ベッドで横になるだけでも、多少疲れは取れるしね。窓から外を見てみたら、太陽も昨日起きたときよりは少し高いところにある。あたしは一回大きな欠伸をしてからベッドから出た。
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「ほらあるじ様。朝ですよ。」
朝ご飯が出来たから呼びに来たけど、全然起きない。昨日もこうだったし、シロエさんは意外と朝に弱いタイプかな。それとも、身近だった人がいなくなったばかりで良く寝れてないとか?まぁ、そういうことはこれから追々知っていけば良いとして。昨日、本人が強引に起こして良いって言ってたし、とりあえず起こそう。カーテンを開けてみれば良いかな?
「んっ…」
お、効果アリ。もう一押しかな。あたしはパンパンと手を鳴らす。
「起きてくださいって。」
「…なさい…めん……さい…」
「えっ⁉︎」
小さい、だけど耳に残るような声。今のは、寝言?あたしが戸惑っている間に、シロエさんはゆっくりと目を覚ました。起きたシロエさんは一瞬だけ戸惑ってるみたいな、疑問符を浮かべてるみたいな表情になって、すぐに優しく微笑んだ。
「あ、おはようございます、ハザマさん。」
「お、おはよう。あるじ様。」
今のは忘れよう。あたしは、この人の使用人になれればそれで良い。どんな人生を歩んできたかなんて、関係ない。そーゆう無駄なことは大切なときに判断を鈍らせるだけだから。
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あたしが朝ご飯の片付けを終わらせたタイミングで、シロエさんは外に出る準備をしてた。
「あるじ様は今日も仕事?」
「えぇ。ですので、今日も私の分の昼食は不要です。」
「分かりました。それじゃあ、気を付けて下さいね。」
「はい。ハザマさんも。」
シロエさんの後ろ姿を見届けながら、あたしは今日の計画を立てる。食材は昨日の内に2、3日分は買っておいたし、明日の昼ぐらいまでは買い足さなくて大丈夫。これに関しては、シロエさんが食べないなら良いやって思って、昨日は昼ご飯を食べなかったのもあるかな。今日も多分食べないと思う。買った食材はダメにならないように氷と一緒に木箱に入れてある。確認してみたらその氷も今日中は保ちそうだし、買い物に行く必要はない。
「となると、シロエさんが戻ってくるまでにやるべきことは…細かいところの掃除と、昨日あたしとシロエさんが着た服と、あたしが直したシロエさんの服を洗う、ぐらいかな。」
まぁ、昨日掃除したところをまた掃除しても良いし。あー、家事以外やる事もない。なんというか、あたしって…いや、これ以上暗いこと考えんのはやめよ。まずは洗濯からかな。多少家事慣れしてるとはいえ、今までずっと洗濯機に頼ってたからなぁ。洗濯板的なのとかタライとかは元からこの家にあったとはいえ、洗剤とかはどうするんだろ、これ…
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「ただいま、帰りました。」
「あぁ、おかえりなさい。えっと…なんというか随分お疲れなようで…」
日が落ち切る前に、息を切らして戻ってきたシロエさん。そんな彼女に、あたしは笑顔でそう言いながら出迎えた。何事だろ?正直嫌な予感しかしなくて、上手く笑えてるか分からない。軽く引きつってるかも?
「はい。ただ、仕事の方は、順調だったのですが…疲れたのは、急いで帰って来たからで…」
うん。予想はしてた。嫌な予感が当たったかな、これは。続きを聞きたくないけど、聞かなきゃ何も進まないよなぁ。
「で、その急いで帰って来た理由ってのは?」
「モズさんが…私の副秘書長が、ここに来るようなんです‼︎」
はい?流石に唐突過ぎない?え?掃除は大体出来てるとはいえ、準備とかまだ全然出来てない。てか、この場合準備って何すれば良いの?
分からないだらけで頭がバグりそうだけど、とりあえず今は情報を集めよう。
「ご飯にしましょう。話は料理を作りながら聞きます。手を洗って来て下さい。」
「分かりました。」
あたしは不安な気持ちを誤魔化す為に、まずは動くことにした。料理をしてる間に、まずはモズさんことモズ・レイブルスさんについて聞いた。モズさんはシロエさんの副秘書長。シロエさんの領地に住んでる人達からの依頼を受けるかどうかを決めて、受けた依頼とかからシロエさんのスケジュールとかを決めてるらしい。あたし達の知ってる感じな、いわゆる秘書ってやつ。シロエさんの、ついでにあたしのこれからの日程の報告兼、領主館に戻るお迎えとして来るらしい。
「で、その今後の日程の予想は付いているんですか?」
「はい。恐らく昨日と今日で領主館側で済ませたのは、葬儀の準備でしょう。」
葬儀。こっちにもそういう習慣あるんだ。あっちの葬儀とかは経験無いし、どんな違いがあるとかよく分からないけど。そんなことを考えてる間にも、シロエさんが「本来なら亡くなった翌日に行うのですが、複数人同時の葬儀の手続きだから時間がかかっていたようですね。」と補足する。「こっちの葬儀って、どんなことやるんですか?」って聞きたいけど、なんか不謹慎な気もする。
「まぁ、今あたし達に出来ることはあんまり無さそうですね。そのモズさんが着くのは?」
「連絡をくれた時間から考えると…早ければ明日の正午頃には。」
「分かりました。」
もっと早く言えや‼︎そう心の中で叫んだところで、多大なプレッシャーを抱えたままあたしのレイブルス生活3日目が終わった。
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時を遡り、昼間。領主館の門の前で、一組の男女が話していた。どちらも質の良い衣服を身に纏っている。
「本当に、君が行くのかい?」
「えぇ。現状、本部から部下を呼んでいる時間が惜しいので。それに、件の使用人候補の転移者。彼女をこの目で見極めたいという理由もあります。」
「果たして、それのどこからどこまでが本音なのやら。」
「聞こえていますよ。」
「おぉ怖い。それにしても、日程が厳しいとはいえ魔力車まで持ち出すとは。」
「領主を、又は領主と新しい使用人をここに連れて来るのにも必要になるでしょう。葬儀が終われば、魔霊との戦闘が待っています。その鍵になるのは領主の戦力。事態は一刻を争う。」
そう言い、女性はクラシックカーのような乗り物に乗り込む。
「では、この領主館を任せましたよ。」
「掃除とかは苦手なんだけどなぁ。」
「そういう話ではない‼︎」
「冗談だって。任されたからには、万が一の事態があったときはきちんと対応するよ。」
「分かってるなら、この期に及んでふざけるのはやめなさい。」
「言葉遣いが乱れてるよ。」
そう言われ、女性は魔力車の中から眉間に皺を寄せて男性を睨みつける。
「敬語を使われたければ、それなりの態度を示して下さい。あなたの態度も、言葉も。何もかもが軽い。」
「一応立場は僕の方が上なんだけど。」
口ではそう言いながらも、男性は笑いを堪えるような表情をしていた。どうやらからかっているようだ。これが二人のいつものやりとりらしく、女性はわざとらしくため息をつく。
「では、行って参ります。」
「うん。気を付けてね。」
女性は…シロエの副秘書長、モズ・レイブルスは、シロエ達のいる空き家に向かう。