Tj.02 出会いと執着と芽吹く祈り
世界を改竄し、2000年の眠りを経て。ついにレイブルスの地に降り立ったジェルゴ。彼女は…
「もっと丁重に扱ってよ。」
「良いからおとなしくしろ‼︎」
何故か王城の庭園に降り立ってしまい、警備兵に拘束されていた。
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「名前は?」
「ジェルゴ。」
「年齢は?」
「だいたい2000歳。」
「…家は?」
「無いね。今この世界に来たばかりだから。」
一際広い牢獄で、ジェルゴは拘束されていた。長い紫髪の男性は面倒くさそうにペンをしまう。
「…異世界人を名乗るか。面倒だな…」
「いや、実際異世界人なんだよ…」
呆れたように、ジェルゴはため息をつく。この世界の成り立ちを見守ってきたジェルゴは、魔法の使い方を知っている。自分の適正魔法が、光魔法と闇魔法が混ざった特異なものだということも分かっている。しかし、その特異な魔力を手にしたからか、ジェシカとルゴイスとアレイグドの混ざり物だからか。何故か魔力を産み出す力が無いことも理解していた。魔力さえあれば特殊な魔法を使えるはずなのだが、それも宝の持ち腐れ。
「異世界人だって信用出来ないのなら、異世界の知恵を貸すよ。僕の反抗が怖いなら、魔法適性を調べなよ。魔力を持ち合わせていないことが分かるから。」
足音がした。ゆっくりとした、小気味良いリズムを奏でる足音が。
「そのお方。信じましょう。」
「しかしミハク様⁉︎何故ここに…いえ、今はそんなことどうでもいい…何故この者を信じるのです⁉︎彼女は異世界人を名乗りながら、我々と同じ言語を理解している‼︎」
「ほぅ…?」
ミハクと呼ばれた栗色の髪の少女は、問いかけるようにジェルゴに視線を向ける。
「僕が特別なだけだよ…」
「だそうですよ。この方の言う通り、まずは魔力の測定を。この方が言う通り、魔力値が著しく低かった場合。私が監視をします。」
丁寧な口調とは裏腹に、否定を許さないという強さを込めた言葉。
「…この者が嘘をついていて、本当は強大な魔力を有していたら?」
「その場合は…責任を持って、私が彼女を斬ります。」
冷たい少女。それが、ジェルゴが抱いた、ミハクと呼ばれる少女への第一印象だった。
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その後。魔力測定を受けて、少なくともその部分に関しては嘘をついていないと証明したジェルゴ。彼女は無口なミハクに連れられて、王城から馬車で数分程度の距離にある豪邸へ。扉を開くと、そこには焦茶色の髪の男性がいた。
「ただいま戻りました。お父様。」
「ミハクか。帰りが早かったな。」
男は書類から目を離し、ミハクに笑いかける。ジェルゴが隣を見ると、柔らかな笑顔を浮かべるミハクの姿。先程までの態度との差に、違和感を覚える。
「自己紹介が遅れましたね。私はミハク・マキュアラス。先程までのご無礼をお許しください。立場上、他の方々に侮られるわけにはいかなくて…」
「それで、強く高圧的な人物を演じていた、と…」
「お前には本当に苦労をかける…」
ジェルゴは今までの情報を照らし合わせ、どちらが本当のミハクかを考える。今見せている明るい笑顔も、自分を油断させる為の罠かもしれない。それでも、楽しげに目の前で父親と軽口を叩き合う彼女の姿を信じたいと思った。
「ジェルゴ。僕は、ただのジェルゴだよ。」
「ジェルゴさ…」
「呼び捨てで良いよ。」
「…では。ジェルゴ。あなたのお話を聞かせて下さい。何故異世界から来たのにこちらの言語を使えるのか。現れたのが王城だったのは、故意だったのか事故だったのか。」
少し悩んだ末に、彼女は自分がこの世界を作ったこと、そのおおまかな経緯を打ち明けた。流石に簡単に信じられる話では無かったようで、ミハクはひとまずジェルゴを客室に滞在させることに決めた。
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久々に身体を動かしたジェルゴは、激しい眠気に襲われていた。ベッドに潜り込み、軽く目を閉じる。と、彼女の耳がどこか辿々しい足音を捉える。コンコンとノックの音。あくびをしながら扉を開けると、扉の先には給仕服を着た幼い少女。
「お茶をお持ちしました。お客様。」
「…君は?」
「私はファイロンと申します。お水をお持ちしました。」
ファイロンという給仕服の少女は、軽く地面に引きずっていたスカートの裾を軽くつまみ上げつつ礼をする。それを聞き、ジェルゴはこの世界に茶という概念が無いことを思い出す。レイブルスの植物は、大量の魔力を含んでいる。その魔力を直接口にすると、その濃度で体内の魔力が暴走して命に関わる異常を起こす。茶を淹れた場合もその性質が適用されるかどうかは、試されたことも無いので未だに不明である。そんなことを思い出しつつ、ジェルゴはファイロンが差し出したカップを受け取り水を飲む。久々に口に物を入れたからか、とても甘く感じた。
「…おいしいよ。ありがとう。」
「気に入ってもらったようで何よりです。それでは失礼します。」
子供らしい笑顔を見せたファイロンは、カップを回収する。ドアを少し開け、隙間から外の様子を伺ってからジェルゴに一礼をして、少し急ぎ足で部屋を後にした。ジェルゴはその様子を見て、飲んだ水が甘かったのは実は毒を盛られていたからではないかと不安になり、ベッドに横たわり目を瞑る。自分の中に残るアレイグドの能力を呼び覚まして自分の体内を調べる。どうやら毒物は無いようだと判断。ついでにレイブルスで再構成された今の身体がどのようなものか調べる。事前に分かっていた通り、特異な魔法を使う力がありつつも魔力を生み出す力がない。その異様な魔力性質と、こうしてアレイグドの能力で自分の内部を調べることが出来ること以外は普通のレイブルスの人間の体と変わらないらしい。と、扉の向こう側から声。今度の来客はミハク。ジェルゴが細かくは語らなかった地球の話を聞かれるかと思っていたが、ミハクは自分のこれまでの人生を話し始めた。生まれ付き魔法の才に恵まれていたこと。その影響で、何度も魔獣との戦いに駆り出されていること。そこで圧倒的な強さを見せているせいで、多くの人から恐れられているのがつらいこと。そんな自分の一番の心の支えは、可愛い妹であること。それらを感情豊かに話す彼女の姿を見て、彼女を信じたのは間違ってなかったと安堵する。気が付けば彼女の優しさと正義感に惹かれている自分がいることは、まだ自覚していなかった。
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ミハクとの出会いから5日が過ぎた。日中は働いている為部屋に来ることはなかったが、夜になると毎晩話をしに来ていた。あれからファイロンは1度だけ部屋に訪れたが、怪しい行動は相変わらず。食事を運んでくる使用人とおなじ制服ではあるが、ただの使用人見習いでは無さそうだと見当をつける。
「ジェルゴ…」
そんな中、今日部屋に入ってきたミハクはいつもと様子が違っていた。いつか来ると分かっていた。
「そろそろ…王様から僕を処分するようにでも言われたかい?」
図星だったようで、揺れる視線でジェルゴを見つめる。その目に迷いはあれど、何かにすがる弱さは無くて。
「そうです…ただ‼︎」
「ただ、言われたことに素直に従うつもりはない。でしょう?」
「何故それを?」
「数日ではあるけど、君のことを少しは分かってきたつもりだよ。やる気だったら、君は寝込みを襲う。それが一番確実で、僕が一番傷付かなくて…それでいて、君自身が一番傷付く方法だから。そうしないってことは、僕を殺す気はない。」
「…見透かされているようで、少し恥ずかしいですが…その通りです。私は、あなたを殺したくない。その為に…協力して下さい‼︎」
こうして、二人は奇妙な協力関係を結ぶことになった。それがこの世界をどう変えていくか、二人はまだ知らない。




