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Ex.01 桜花と菊花

 これは、悠里が異世界に来る少し前の物語。まだ、菊の花が歪む前の物語。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 その日。私はやかましいノック音で目を覚ました。朝食より早い時間に目覚ましを設定しているはず。そして、私がそれを聞き逃すなんてことはあり得ない。つまり、この音の主は朝食の予定の時間よりかなり早い時間に私を起こそうとしている…だいたい犯人は察しましたが、付き合う義理はありませんね。ノック音は無視して、目覚ましがなるまで寝ましょう…


 コンコンコン‼︎…コンコン…


 …ドン‼︎ドンドン‼︎ドン‼︎


 あぁもう‼︎うるさい‼︎これが誰の仕業かは分かっている。


「うるさい‼︎静かにしなさい‼︎」


「なら開けて下さいよ〜。」


 私の口から、大きなため息が出る。窓の外を見ると、まだ陽も昇っていない。非常識な時間に…全く。こんなことならここまで呼ぶべきじゃ無かったのかもしれない。声の主に呆れたまま、私は扉を開けた。


「うるさくして領主を起こしてもいけません。静かに入りなさい。」


「は〜い。」


 扉を開けた先にいた薄紅色の髪の幼馴染を…ジャックを部屋に迎えいれた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「全く。非常識にも程がある…こんな時間に騒音をたてないで下さい…」


「モズが合鍵をくれたら、静かに起こしてあげるのにぃ…」


 言われた通り鍵を渡したらどうなるか、想像もしたくない。どうせ、2日に1回ぐらいの頻度で部屋の中に入って来るに違いありません。勝手に持ち出し厳禁の資料を持ち出す可能性すらありますね。ここは話題を逸らしましょう。


「そもそも、このような時間に起こすなと言っているのです…それで?こんな時間に起こしてまで何の用ですか?明後日からの調査に関して質問や異議でも?」


「いや、そんなのは無いよ?ただほら。いつもの…夜のお誘い、だよ?」


 …また、ですか。上目遣いで言っていますが、私と彼女には今の言葉だけを側から聞いた者が誤解するような関係はないし、そう言った行為をしたことなどありません。このいつもの夜のお誘いというのは、領主館付近の村にある鋭利亭という店で外食しようという誘いでしょう。


「そんなことの為に、こんな時間に起こすな…」


 この鋭利亭という店。ジャックが好む辛い料理が絶品の店で、二人でその店行く際は共に唐辛子鍋を食している。私も元々辛い料理を好む傾向にあるのだけれど、私より辛い料理を好むジャックのせいでより顕著になっているようにも感じる。


「だってぇ、朝起きたときに思い付いたんだもん。で、許可が取れるか取れないかで朝食の献立も変えなきゃじゃん?そうしたら、この時間になったよね〜…」


 全く。刹那的にも程がある。明後日からの調査も、本来なら私1人で行く予定だった。何故ならば、それが偶然見つかった洞窟の中にジェルゴが隠したとされる魔道具が無いかを調べる為のものだったから。領主がそれを見つけるのは、絶対に避けたかったから。


「…またバッシュにも迷惑をかけるのでしょう。きちんと許可を取っておきなさい。」


 この領主館で料理が出来るのは、ジャックと私(最低限ですが…)だけ。その二人が外食に出るとなると、必然的に対策は必要になる。この領主館では、こういった際は事前にジャックが調理しておき、魔冷庫に保管。それを夕食の時間にバッシュが温め直す、といった手段をとっている。


「迷惑ってほどじゃぁないと思うけどなぁ。一応許可はとっとくよ。じゃ、行ってくるねぇ…」


 そう言って彼女は扉へと向かった。まだ仮眠は取れそうな時間ですね。朝食までの間、ゆっくりと過ごしたいものです…ん?行ってくる…?


「待ちなさい‼︎ジャック‼︎こんな時間にバッシュまで起こすな‼︎」


 …私は、何故この場所に赴任する際、館の使用人に彼女を選んだのでしょうね。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 その日の夜。私達は約束通り鋭利亭にいた。いつも通り、唐辛子鍋を注文。火が通るのを待つ内に、私はジャックにずっと気になっていたことを問いかけた。


「今回の調査。何故立候補したのですか?」


「えぇ?特に理由とか無いですよ〜?」


「それにしては、必死になって頼み込んでいましたが…しかも、あなたが嫌いなマグドに。」


 どれだけ頼み込まれても、ジャックのワガママを認めるつもりなどなかった。それでも最終的にジャックも調査に行くことになったのは、彼女のワガママをマグドが認めたから。


「…モズには、モズのままでいて欲しいんだ。」


「…意味が分からない…」


 その真意を問おうとして、やめた。鍋の下の火を見つめてきらめく黄金色の瞳が、あまりにも切なげに揺れていたから。私が、私のまま?くだらない。言葉の裏に意味があるとしたら、その意味が分からない。言葉の裏に何もなく、そのままの意味だとしたら…それはあまりにも無意味で手遅れだ。私がモズ・レイブルスとなったときから、私は私を捨てたのだから。


「モズはさぁ。なんで私を選んだの?」


「…それが分かったら、ここまでの苦労などしていません。」


 何度も自分に問いかけたこと。私が何故、ジャックを選んだのか。知り合いがいない場に一人で行くのが不安だったという、私の弱さ?私がいないとジャックが何をしでかすか分からないという心配?どんな理由も。正しいようにも、間違っているようにも思える。


「そっか。まぁ、そういうこともあるよね。」


 ずっと、ジャックも疑問に思っていたのでしょうね。その上で、今まで私に一度も聞いてこなかった。それなのに、今日になって聞いたことには、何が意味があるのでしょうか?


「それを言…」


「そろそろ、蓋開けて良いかな〜…」


 私の言葉を遮るように、ジャックが鍋の蓋を開ける。そこから湧き上がる湯気は、どこか私と彼女を遮るカーテンのように見えた。問いかけを仕切り直そうか悩んでいると、それすら遮るかのように私の皿に具材を取り分ける。


「…いただきます。」


 問いかけを続けないという意思表示を含め、私は箸を手に取る。そこからはいつも通り、他愛のない話しかしなかった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 モズと唐辛子鍋を食べた日から、数日が経ちました。調査は終わって、馬車に揺られる帰り道。3日間も調査したけど、結局ジェルゴの残した魔道具は見つからず。要らない心配でしたかね〜?


「シロさん。」


「はい?」


「シロさん的には〜、今回魔道具が見つからなかったこと。嬉しかったです〜?残念だったです〜?」


「そうですね…本島の方々からしたら、私達が見つけた方が良かったのかもしれませんが…私としては、少し安心してしまいました。正直な話…ジェルゴの魔道具には、あまり良い印象は無いので。」


 シロさんの境遇を考えたら〜…まぁ、しょうがないか。その場の思い付きで、悪いことしちゃったかなぁ…それでも、私は、モズにはモズのままでいて欲しかった。きっとモズが一人でジェルゴの魔道具を見つけたら、良くない方向に一歩進んじゃう気がしたから。反省はするけど、後悔はしません。


「なんか嫌なこと聞いちゃいましたかね〜…ごめんなさい。」


「いえ。気にしないで下さい。」


 さ〜て。移動中にサクッと報告書を書いて、モズに送りますかね〜。サッと書くつもりが、馬車が揺れるせいで意外と書きにくい…やっとの思いで書き終わらせて、モズに…あれ?魔道具で投げた手紙が、少し変な動きをしたような〜…何か、嫌な予感…


「バッシュ‼︎馬車引き返して‼︎シロさんは今すぐ防御魔法を‼︎」


「えっ‼︎あ、はい‼︎」


 シロさんが防御魔法を展開して…これじゃ出力が弱い…馬車全体は守りきれなそう。馬車が引き返す様子もない。この感じじゃ、近くの商人の馬車のせいでバッシュには私の声が聞こえてなかったみたいだし…これじゃ手遅れ…?悪い予感は当たって、辺り一面は衝撃に…


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 全身が痛い…先程、ジャックさんに言われるままに防御魔法を使ってなかったら、どうなっていたことか…お二人を、探さなくては…


「あ…あぁ…」


 見れば、そこにはどうしようもないほど傷だらけのお二人の姿。これは、光魔法で治るのでしょうか…


「シ…ロ…さん…」


「…‼︎ジャックさん‼︎まだ息が‼︎今すぐ治療を‼︎」


「待っ…こぇ…たぶ…まりょ…う…ぁい…しょうにん…ばし…ら…なにか…ま…うぐ…」


 途切れ途切れで分からなかったのですが…聞き取れた内容と状況から、商人の方の馬車から何か助けになりそうなものを探せということでしょうか。勝手に漁るのは気が咎めますが…仕方がありません。一度手を合わせ、馬車の残骸を探って。探って…見つけました。確かこれは…隷従の首輪…性質上使いたくありませんが、今は時間がありません。運良く2つ落ちていたので、これでジャックさんもバッシュさんも…足を引き摺り歩いて、お二人の元に。ジャックさんの首元に、首輪を…反応が無い…魔道具の故障?それとも…


「あぁ…」


 認めたくない…縋るような気持ちで、もう片方の首輪を…何も起きない。バッシュさんにも…駄目…反応しない…


「あぁ…あぁ…」


 ならば、せめて、商人の方だけでも…また、反応…


「誰か…誰か…」


 答えてくれる声なんてない。


「誰か…生きている方は…」


 分かっていても、そう言いながら歩き続けることしかできない私は、まるで壊れかけの玩具のようで…


「誰か、生きている方はいませんか?」


「た…す、けて…」


 そんな、返ってくると思っていなかった助けを求める声が、私にとってどこまでも救いになりました。

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