第二話 新芽とふたりぐらし
今までのあらすじ。何かよく分からない異世界に転移させられて、何かよく分からない災害に巻き込まれて死にかけて、何かよく分からない首輪の力で傷を治した代償で奴隷兼使用人(暫定)になった。で、最後に何かよく分からない鳥が来てシロエさんの肩に止まった。
「あるじ様。その鳥は何?」
「あぁ、異世界から来たハザマさんには分かりませんよね。」
あるじ様ことシロエさんが鳥のくちばしを叩くと、鳥が紙飛行機に変わった。何これ?
「これは、遠隔電信魔法です。」
シロエさんはブレスレットを見せながら説明してくれた。これは遠隔通信魔法に使う魔道具らしい。形状としては、一つの宝石と一つの窪みが特徴。で、この付いている宝石には魔力が篭ってて、これが携帯でいう携帯番号みたいな役割を果たすらしい。それに魔力の篭ってない宝石を近づけると、付いている宝石(親機)と同じ魔力を持つ宝石(子機)が完成して、それを別の人のブレスレットの窪みに嵌めることで送信先が特定出来るようになるんだとか。で、窪みに宝石(子機)を嵌めた側が魔道具を付けた手で紙飛行機を投げると、宝石(子機)に対応した宝石(親機)の魔道具に向けて鳥型の魔力を纏って飛ぶって仕組みらしい。
「なるほど。で、その手紙には何て?」
さっきまでは機嫌良く解説していたシロエさんは、今更解説に熱中し過ぎて手紙のことを忘れてしまっていたことに気が付いたみたい。慌てて紙飛行機を開いて中身を見る。
「私の秘書長からです。魔力障害が起きたという連絡が来たようで、私の安否を確認する為に連絡したようですね。」
答えてから、読み終わった紙を裏返す。近くにあった石で指先を切って、その切り傷から出た血で何やらメッセージを書く。書き終えると指先の傷口に光。傷口が塞がる。そしてポケットから出した宝石を魔道具の窪みに嵌める。そして魔道具を付けた手で紙飛行機を投げると。おぉ、本当だ。飛んだ飛んだ。
「何を書いたんですか?」
「魔力障害による被害状況と、それによる欠員について。ハザマさんのことについても書かせていただきました。」
あたしは考える。シロエさんは優しいからあたしを従者にするって言ってくれてるけど、他の従者はそれをどう思うんだろう?もしあたしが受け入れる従者側だったら、絶対に信用しない。一見すると、人が足りなくなったら補充するっていうのは理に叶っていると思えるかもしれない。だけど、実際は弱っている状態で不穏分子になりかねない存在を受け入れるのは得策じゃない。まずは出来るだけ体勢を立て直してから少しずつ人員を補充していくのがセオリーなはず。それを分かった上でシロエさんの秘書は受け入れてくれるかどうか。シロエさんの言質と隷従の首輪があるし、受け入れられるかどうかは五分五分ってところかな?
シロエさんの秘書からの返事を待っている間に、この世界のことをいろいろ教えて貰った。
・レイブルスは地球と同じく球状の惑星。過去の異世界人が測量したところ、直径は地球の半分程度。地球と同じで1日は24時間、1年は365日。でも四季は無い。3つの大陸と、2つの列島地域がある。国という概念は無く、地図を縦横にそれぞれ五等分した計25の地域に分けられ、それぞれの地区の領主に統治されている。そしてその領主を王家が治めている。その中でもシロエは第2-3地区島域領土を治めている。
・地球と異世界「レイブルス」の一番大きな違いは、魔法があるかどうか。このレイブルスには、私の異世界とは違って空間上に魔力が漂っている。その魔力はほぼ均等に漂っているが、それが偏ってしまうと魔力障害が起きる。
・魔力障害が起きると、しばらくの間その付近で人間が使う魔法の能力が著しく下がる。シロエが生き残ったのは咄嗟に自身に防御をかけたからなのだが、この魔力障害による魔法の能力低下が無ければ馬車にいる従者達のことも無傷で済ますことも出来たはずだった。悠里の傷を自身の魔法だけで癒しきれなかったのも魔力障害の魔法の能力低下の影響。
要約するとだいたいこんな内容だった。何か後々この知識が重要になりそうだし、メモとかしたかったなぁ。
「なるほどねー。そういえば、最近地球から来た人っていつぐらい来たんですか?」
「だいたい、4〜5年程前ぐらいでしょうか?ちなみに、地球との大きさの差が測量されたのはだいたい150年ほど前と聞いています。その際に長さや時間、日付けなどの単位などが決まりました。なのでこちらの世界での単位を覚え直す必要はありません。」
「それは楽で良いけど、思ったよりも地球との関わりが大きくてびっくりしましたよ。」
考えてみると、地球から来た人間とレイブルスで生まれた人間の見た目が同じって、なんか不思議。魔法が使えるか使えないかってところにしか違いも無いし。そんなことを考えているうちに、また鳥。シロエさんの秘書長からのメッセージ。この返信に命がかかってる。誇張抜きで。
「とりあえず、近くに空き屋があるようなのでそこで待機。家事などはハザマさんに任せて、その結果次第で採用するかどうかは決める、とのことです。地図も添付されています。」
これで一安心。あとはこれからのあたしの頑張り次第って感じか。シロエさんが地図に腕輪の宝石を近付けると地図の一点が光った。GPSを使ったマップアプリみたいな感じかな。…ん?ちょっと待って?おかしくない?
「ねぇ、あるじ様。この辺の魔法を抑える力ってもう解除されたんですか?」
「いえ?多少軽くはなっていますが、まだまだ魔法の効果は弱まったままです。」
「なら、何で普通にこの首輪と通信魔法のブレスは使えてるんです?」
「そのことですか。私達人間が使う魔法と魔道具を用いた魔法では、発動するまでに通る過程が違うんです。なので、魔道具による魔法ならば魔力障害の影響は受けません…すみません。詳しく説明したいのは山々なのですが、日が傾き始めていますので。」
そんな説明をしながらシロエさんは立ち上がる。そろそろ出発かな?本当はその辺の細かい話も聞いておきたいところだけど、早めに移動したいっていうのも分かる。送られてきたマップを元に、あたし達は歩き始めた。
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あたし達が出会った場所から20分ぐらい歩くと着くぐらいの距離にあった件の空き家は、木造の一軒家だった。扉はしっかりと施錠されてるみたい。扉の隣、日本なら表札がある辺りに石のプレート。シロエさんがそこに手をかざしたら、手元がぼんやりと光って「カチャッ」っていう乾いた解錠音。魔法で開けたのかな?そう考えてたせいで、気になってるオーラでも出てたのかもしれない。そんなオーラに気付いたみたいにシロエさんが解説してくれる。
この世界の鍵は持ち運ぶものじゃなく、魔力を流し込むことで起動するようになってるらしい。で、流れ込んで来た魔力が家の主か家の主が許可した人物の魔力だったら解錠。どっちかっていうと、地球でいう生体認証型のセキュリティの方が近いかな。腕輪の説明のときからぼんやりと予想はしてたけど、この世界での魔力は指紋みたいに一人一人全く違うみたい。ちなみに、領主は自分の領地の鍵なら全部開けられるようになってるみたい。
シロエさんによると、間取りは大部屋一つに小部屋が三つ。お風呂やキッチンもあるはずとのこと。二人暮らしにそんなにも必要無いってレベルで大きいのは良いことだよ。だけど…
「にしても…汚いもんですねー。」
中を見て最初の感想がそれだった。いや、しょうがないよ。床が埃まみれなんだもん。隣のシロエさんもこれには苦笑い。
「仕方がないことです。数年の間放置されていたようですから。」
「使わないなら取り壊した方が良い気もするけど、残してるのには理由が?」
「このような非常時に使えるからです。災害などが起きて家が無くなった方が領主館に申請してくだされば、一時的にこのような家を貸し出すことも出来ます。」
領主の仕事は地球のそれとは少し違うって聞いてはいたけど、これじゃ地球の領主より仕事が多いような…まぁ一人じゃ流石に捌ききれないから秘書も結構働いてるんだろうけどさ。
「今特にするべきは、掃除と食材の確保ですね。歩いて行けるような距離に村とかはあります?」
「はい。街道を抜けてすぐ先。道なりに1kmほど進めば町に着くはずです。」
うーむ、微妙な距離。移動時間と、買い物をする時間に献立を考える時間。それに掃除する時間を考えると…これは、今日買いに行くのは厳しいかな。そう考えたあたしは、魔力障害の事故現場から拝借してきた商人の荷物を探る。最初に目についた非常食の袋の中には、干し肉と乾パンが少しずつ。他の袋を開けたら普通の食材(魚と野菜)や調味料(塩と胡椒だけ)、ライターもちゃんとあった。これだけあれば、か弱い女の子二人の晩御飯には充分かな。正直な話、死体漁りみたいで気乗りはしない。だけど今は非常事態だから仕方ないよね。
「とりあえず、今日の晩御飯は商人さんの荷物に入ってた食材で作っちゃいますね。」
「はい。分かりました。私はどうすれば…」
「ゆっくり休んでて。あたしに任せちゃって下さい。」
「そんな…」
「きちんと働かせて下さい。そうじゃないとあたし、クビになっちゃうかもなんで。」
言ってからクビって言葉が通じるかって考えたけど、ちゃんと伝わってるみたい。そんなあたしの主張を聞いたシロエさんは、「分かりました。」って言って引き下がった。その顔は反則。またあたしが悪者みたいじゃん。
「そんなわけで、とりあえず最低限の食料は確保出来た訳です。料理は急ぐ必要が無くなりましたから、まずは掃除ですね。」
掃除道具入れは…あった。けど、ほうきも雑巾もボロボロ。大丈夫かなこれ。まぁ無いよりは良いかな。
次はキッチン。調理器具は一通りあるし、ちゃんと水道とコンロも使える。ただ、ガス代や水道代の払えないはずのこんな空き家のガスや水道が止まってないっていうのもおかしいし、そう考えるとこれも魔道具かも?時間があるときにシロエさんに聞いてみようかな。調理器具もちゃんとある。
さて。設備の状況が一通り分かったし、そろそろ掃除かな。まずはほうきで大きいゴミをあらかた片付けて、雑巾で仕上げ。どっちもボロボロだったけど、なんとかなるもんだね。道具がボロボロだったことより、服が無いせいで毛布を羽織っての作業だったってことの方が効率を下げてた気がする。商人があたしに合う服を運んでたら良かったんだけど、無いものねだりだね。早めに欲しいけど、シロエさんのことを優先かな。ひとまずは今日あたし達が使いそうな場所だけだけど、ひとまず掃除は終わった。途中で何回かシロエさんの様子を見てたけど、どこか所在無さげにこっちを見てて割と良心が傷んだ。これ、シロエさんと会って何回目?
そんなわけで、二つのやるべきことの片方である掃除が終わって、あとは料理なんだけど…この世界の料理ってどんな感じなんだろう。その辺も多少は地球から伝わってそうだけど。ひとまず魚を捌いてみる。見たことの無い白身魚。現状手元にある食材を整理すると、
・よく分からない白身魚
・野菜(キャベツじゃん、これ)
・干し肉
・乾パン
・調味料(塩、胡椒)
って感じ。まぁ、料理って言えるほど大層なものは作れないけど、とりあえず献立は決まった。もう出来るだけシロエさんを待たせたく無いし、ちゃちゃっと作っちゃおう。
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ダイニングの席に着いて向かい合う。あたし達の前には、あたしが作った料理。こっちの世界には無い料理だったみたいで、興味深そうに見てる。世界の違いといえば…
「あるじ様。あたしのいた世界、っていうよりか、あたしのいた国って言った方が良いかな?そこでは、手を合わせて『いただきます』って言うのが礼儀だったんだけど、こっちの世界にもそういうのあるの?」
「ありますよ。やってみせますね。」
シロエさんはそう言ってから、祈るように手を重ね合わせてから目を瞑る。そして優しく唱えた。
「大地に、空に満ち溢れる力に感謝を込めて。」
力に、感謝ね。いただきますっていうのは食材とかへの感謝を込めたものだったけど、その辺は文化や考えの差かな?そう考えながらあたしもシロエさんの真似をして唱える。なんか言い慣れないや。
「ハザマさん、これはどのようにして食べるのですか?」
似たような料理を見たこと無かったら、食べ方分からないよね。今日の献立は、白身魚の紙包み焼き、干し肉と野菜のスープ、乾パン。少し訝しげに紙包み焼きを見てるシロエさんに、「ちょっと失礼しますねー。」って言って、紙を開く。うん。焼き加減は丁度良い。
「良かった。上手くいって。初めてだったんですよねー。」
「え?初めてでこんなに上手に出来るものなんですか?」
「初めてって言っても、初めてなのは紙で包むのが初めてってだけなんで。アルミホイルで包むのは何回もやったことあったから要領は分かってたから何とかって感じです。あ、アルミホイルっていうのは、すっごく薄い鉄みたいなののことで…」
「知ってます。こちらの世界での再現には至っていませんが、そちらの世界から来られた方が所持していたものが取引、保管されているようです。」
異世界に迷い込んで来ちゃったけど、地球との関係が常にチラついてくれてるのはちょっと安心かな。あたしだけ地球から何も、服すら持ち込めてないのは納得出来ないけど。
「この野菜、どっからどう見てもキャベツ、ですよね?」
「そうですね。実はこの世界の野菜は全て、地球に存在するものなんですよ?」
「え?何で?」
「約1000年前まで、レイブルスには食用になる植物は存在しなかったようなんです。そんなレイブルスに現れた地球出身の方の記憶にあった野菜を、当時の大魔女が魔法で再現、量産を可能にしたんです。」
「で、アルミホイルの再現が出来てないってのは…」
「数百年前ぐらいからでしょうか?いろいろあって、人が魔法を使う能力の水準が、下がっているようなんです。あ、せっかくのハザマさんの料理が冷めてしまいますね。話の続きは明日にして、そろそろ食べましょう。」
そうは言いながらも、シロエさんはなかなか食べ始めない。主人より先に食べたらいけないっていう作法とかがあったら嫌だし、早く食べ始めて欲しいんですけど…
「「食べないんですか?」」
あ、ハモった。シロエさんの話によると、毒が無いことを証明する為に従者が先に食べるってのがレイブルスの常識らしい。それに従ってあたしが食べ始めると、少ししてシロエさんも食べ始めた。そこからはお互い喋らないで、ただ食べた。
レイブルスの常識とかについては明日聞くことにして、今日はお互い疲れているだろうから早めに寝ることになった。二人暮らし、スタート。