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第二十三話 豪雨に招かれしオトギリソウ

 ナナシ君に料理の基礎を教えながら料理をしたり。仕事が終わったモズさんにナナシ君を引き渡したり。そんなこんなで時間は流れて、晩御飯を食べて、お風呂からあがった後。あたしはシロエさんの部屋の前にいた。ナナシ君の忠告は、晩御飯を食べているときの様子を見て、正しいものだと確信した。あたしは、ゆっくりと息を吐いてから扉を叩いた。激しい雨音に混ざる、ガタガタという物音。


「あるじ様。少しお時間良いですか?」


「あっ、はい‼︎大丈夫、です‼︎」


 重症だなぁ。そう考えながら、あたしはゆっくりと扉を押した。


「どう、されましたか?」


「今日、ちょっとあるじ様の様子が変かもって思ったので。大丈夫かなって、様子を見に。」


「そう、ですか。」


 心ここにあらずって感じの、気の抜けた返事。あたしが見た限り、シロエさんは今日一日ずっと様子が変だった。あたしだけじゃなく、ナナシ君も言うから間違い無い。


「でも、大丈夫ですから。明日は、きっと…」


「明日はってことは、やっぱり今日は…」


「別に、そういう訳じゃ‼︎」


 焦ったように声を荒らげる。シロエさんがこんな声を出すの、初めて聞いたかもしれない。そんなシロエさんを、かける言葉も分からないあたしはただ見つめる。そんなあたしを見て、シロエさんは「何ですか?」と冷たい声で問いかける。いつも通り、深入りせずに引き返したくなる。それでも、あたしは…


「今も、ちょっと変ですよ。何でそうなってるか教えてくれないと、あたしが何かやらかしたからかもって思って、ちょっと不安です…だから、出来れば教えて貰えると。」


 出来ればって予防線引いちゃうあたり、あたしも変わらないな。さて、これにシロエさんがどう返すか…


「…して、………いく…に…」


「え?」


「ハザマさんは、話してくれないくせに…‼︎雨を降らせに行った日のこと、盗賊から魔道具を回収しに行った日のこと‼︎他にもきっと‼︎あなたは何かを隠してる‼︎それなのに、私のことは聞きたいんですか⁉︎」


 最初は、言いづらそうに。話すにつれて、タガが外れたように叫んだ。言ってから、シロエさんは今日で一番苦しそうな表情を見せた。これが原因で今日様子がおかしかったわけじゃないと思う。けど、ずっと心にしまい込んでいたことなんだろうな。バレてないと思って、隠し事をした。バレないと思って、隠し事を増やし続けた。


「ち…違っ…ごめんな…さぃ…‼︎」


 狼狽えるシロエさんとは逆に、あたしの心は冷たく静まっていった。無相応にも、勇気を出そうとしたあたしが間違ってたんだ。いつも通り、踏み込まずに引き下がれば良かった。あたし、心のどこかで、シロエさんと分かり合いたいとでも思ってたのかな。だとしたら、思い上がりにも程がある。


「いえ。隠し事をしてるのは事実ですから。ごめんなさい。詮索して。もう詮索しないんで、今まで通りのあたしとあるじ様でいさせてくれたら嬉しいです。」


 後ろから聞こえる、何を言えば良いか分からないのか、ただ呆然とあたしの名前を呼ぶシロエさんの声を無視して歩く。部屋から出るときに自然と口から出てしまった言葉を、あたしは覚えていない。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 後悔。私の胸を満たしているのは、ただそれだけでした。せっかく、隠し事を打ち明ける機会だったのに。打ち明けたら、ハザマさんにも打ち明けていただけたかもしれないのに。実際にしたのは、ただ理不尽な怒りをぶつけ、ただうわごとのように去っていくハザマさんの名前を呼ぶだけ。


「ハザマ、さん…」


 あるじ様という呼び方に、ここまでの壁を感じたことはありませんでした。主人と従者としての関係以上にはならない。そんな、線引きのようなものを感じて。


「…ハザマ…さん…ッ‼︎」


 気が付けば、私の頬には涙がつたっていました。先程の後悔か。ずっと昔への後悔か。はたまた、窓の外から聞こえる強い雨音への恐怖か。涙の理由はその内どれかは分かりません。ですが、いずれにせよ泣く資格も無い。


「…っ‼︎」


 ベッドのシーツを握り、ハザマさんの去り際の言葉を思い出します。小さく、空耳を疑うような呟き。それでも、雨音に遮られることなく私の耳にしっかり届きました。


「私は…私は…‼︎」


 勇気も答えも出せない私は、ただ泣くだけ。こんな私で…申し訳ありません…ごめんなさい…


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「こんな時間にシロエさんの部屋の前に。珍しいこともあるものだね。」


 部屋に戻ろうとしたタイミングで、マグドさんに見つかる。ちょうど良い。八つ当たりついでに今日気になったことを聞こう。


「まぁ、あたしにもいろいろあるんですよ。そんなことより、マグドさんにも聞きたいことがあるんです。場所を変えましょう。」


「…分かったよ。僕の部屋で良かったかな。」


「はい。それで。」


 あたし達はマグドさんの部屋に向かう。


「この雨、明日には止みそうだね。」


「もう、午前よりかなりマシになりましたね。ていうか、止んでくれないと洗濯が出来なくて面倒です。」


「使用人らしい視点だ。」


「早くこの世界にも室内乾燥機が欲しいです。」


「ここだけの話、それにこだわっているのは君ぐらいだよ。この世界の民は雨の際、部屋に洗濯物を干している。」


「え?生乾きの匂いとか…」


「雨の匂いとして受け入れている。」


「それ、早く言って下さいよ…」


「それは申し訳ない。」


 そんな雑談をしているうちに、マグドさんの部屋の前に着いた。


「で。何かな?話というのは。」


 部屋の中に入り、椅子に座ったマグドさんは問いかける。勢いでここまで来ちゃったけど、もうちょっとタイミングを見計らうべきだったかな。そんな後悔が、あたしの鼓動を早める。それでも、来たからにはもう引き返せない。


「ナナシ君のことを、何で排除しようとするんですか?」


「…それはナナシ君の勘違いだよ。」


「さぁ。どうでしょうね。じゃ、言い方を変えましょうか。ナナシ君の正体を知りながら、何でマグドさんは彼を嫌うんですか?だって、彼はきっと…」


 その後に続くあたしの推論を、感情の見えない能面みたいな笑顔を見せながら聞いていたマグドさんは、「その推論も、僕が彼を邪魔だと思っているのも、考え過ぎだよ。夜も遅い。部屋に戻ったらどうかな。」と、表情一つ変えずに言い捨てた。ただ、その言葉には変わらない表情とは裏腹に苛立ちがこもっているように聞こえて。


「そうですか。はやとちりしてごめんなさい。失礼します。」


 少し早口で言ってから、あたしはマグドさんの部屋を後にした。気持ち早足で歩いて、途中で振り返る。流石に…追いかけて口封じに来たりは、しないよね。早足で歩いた分の帳尻を合わせるみたく、ゆっくり歩いて自分の部屋に戻る。ドアを閉めると、ベッドに倒れ込む気力も無く壁にもたれかかり、そのままずるずると崩れ落ちるみたいに座り込む。


「バッカみたい。」


 ため息をついてから、そっと呟く。本当に、バカみたい。勝手に踏み込もうとして。図星付かれて動揺して。八つ当たりみたく、明らかに間違ったタイミングでマグドさんを問い詰めて。圧を感じたら、尻尾巻いて逃げて。バカみたい、バカみたい、バカみたい…そんなことを考えながら、足を引きずるように歩いてなんとかベッドに倒れ込む。しばらくは、シロエさんと二人でいたくないな。前は、二人だとちょっと安心していられたのに。ギュッと目を閉じて、眠りにつこうとする。そんなあたしを邪魔するみたく、ノック音。これがシロエさんだったら気まずいし、マグドさんだったらついに口封じかなって考えながらも、拒否出来る立場でもないから出るしかない。口の中に溜まった唾を飲み込んでから返事を返す。いろいろ考えてたからか、気の抜けた返事になっちゃったかな。口封じだったときの為に、すぐ後ろに下がれる姿勢でドアを開ける。


「…何ですか?その不恰好な姿勢は。」


 その二人に警戒し過ぎて、一番厄介な人のことを忘れてた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 あたしの部屋に来たのは、モズさんだった。緊急事態だから、ダイニングに来いとのこと。言われた通りダイニングに行くと、しばらくして他のみんなも集まった。チラッとあたしを見て、目を伏せるシロエさん。まぁ、そりゃ気まずいよね。あたしから無視する訳にもいかないし、正直ありがたい。マグドさんは、特にあたしのことを気にしてない。みんながいる場だからそう見えるだけかもだけど、そうじゃないなら口封じされる心配も無さそうかな。それとも、アレは本当にあたしの考えすぎだった?

 モズさんがあたし達を呼び出した理由は、2つの要請が届いたかららしい。一つは、この雨のせいでダムが崩壊したから直して欲しいという要請。もう一つは、あたしがレイブルスに来た場所、魔力障害の発生地に魔樹が発生したから対処して欲しいという要請だった。


「現場と現場の距離は魔力車であれば30分あれば移動出来るもの。よって、その二つの要請を、領主と使用人の二人で同時対応してもらいます。」


 そもそも魔樹って何ってツッコミとかもあるけど、まずは…


「そんなに急ぐ必要、ありますか?先にどっちかを済ませてからもう片方を済ませても…」


「口答えはしない。少々事情があるのです。領主がダム。使用人が魔樹です。」


 おーう、シロエさんもいるのにかなり圧がある言い方だなぁ…いつも通り、拒否権は無さそうだね。


「目的地は地図に記しておきます。魔樹の詳細も、魔力車の中で領主に聞いて下さい。出発は明日の朝食後すぐ。良いですね?」


 こんな状況でシロエさんと二人きり。すごく気まずいし、そんな状態で魔樹とやらの話を聞くのも不安だけどしょうがない。シロエさんの表情を見たいけど、今は目が合ったら気まずいから見れない。考えても意味がない。これからのことは、そのときの流れに身を任せることに決めて、あたしは部屋に戻った。

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