第二十二話 オトギリソウを招く豪雨
耳をすますと、雨が濡れた地面を叩く音が聞こえた。雨の日は憂鬱。雨の日そのものが憂鬱ってよりかは、次の日の洗濯を思うと憂鬱になるんだよね。元々日本にいたときは二人分で良かったのが、こっちに来てから四人分。ナナシ君が増えて五人分。雨の日は洗濯出来ないから、次の日は二日分、十人分の洗濯物を纏めて洗うことになる。
「室内乾燥が欲しい…浴室乾燥…」
これが日本だったら、浴室乾燥で今日の分も乾かせるんだけど…そんな便利な魔道具は無い。お風呂を沸かす魔道具とかはあるのに…ちなみに、お風呂を沸かす魔道具は作れて、乾燥機の魔道具が作れない理由。基本的に魔法は無から有を生み出すことは出来るけど、有を無にすることは出来ない。水(お湯)を作ることは出来ても、湿気を無くすことは出来ない。風魔法を使って湿った空気を出すことは出来そうだけど…風魔法は調整が難しいらしい。仮に風魔法で湿った空気を出す魔道具を作ろうとしたら、部屋の中で洗濯物がビュンビュン飛び回るらしい。それはそれで見てみたくもあるけどね?そして、洗濯が無いと正直ヒマだったりする。掃除や料理はいつも通りあるけど、それでも家事一つ無いことでフリーになる時間はだいぶ長い。そうだ。家事といえば。
「…面倒だけど、やるかぁ…」
あたしは前々から相談してたことを実行するべく、ジメジメする部屋から出てある人の元へ向かった。
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「なるほど。例の件。雨で暇だから、今日やろうと。」
「ついでに明日が面倒そうだから、明日も手伝って貰えると助かります。」
今あたしがモズさんと話してる例の件っていうのは、ナナシ君にも家事をさせようって計画。先月あった歓迎会のときからちょくちょく相談はしてたけど、今日が実行にちょうどいい日かな。
「おい。ちょっと待て。俺の意見はお構いなしかよ。」
「そろそろ役に立て、ということです。今まで監視されてるだけで衣食住を保障されていただけありがたいと思いなさい。」
「働かざる者食うべからずってヤツだよ、ナナシ君。」
明らかにウゲって顔してる。ごめんね。歓迎会のあの日、どうしてもモズさんに話しかける必要があったんだ。それで自然な話題を考え抜いた結果、これしか思い浮かばなかった。しょうがないことと思って、許して欲しいな。ナナシ君視点だと知らねぇよって感じだろうけど。
「で、どうしますか?ナナシ君を少し預からせて貰えますか?」
モズさんが、ギュッと目を瞑る。めっちゃ悩んでるなぁ。あたしから言い出したらことだから、何か企んでるかもって疑ってるんだろうね。
「あたしが、信用出来ませんか?」
モズさんはピクッと反応し、瞑っていた目を薄く開く。その薄く開かれた目が、あたしを睨んでいた。
「そう、ですね。私は、あなたのことを決して信用しない。」
雨の音に混じって、モズさんがトントンと床を蹴る音が聞こえる。イラついているのかな?いつだったかは覚えてないけど、前もこんなことがあった気がする。
「じゃあ、これで聞いても良いですよ。」
あたしはそっと首に触れる。正確には、首に付いた隷従の首輪に。そんなあたしをしばらくじっと見て、その後ため息をついた。
「分かりました。認めましょう。あなたに彼を預けます。」
「ありがとうございます。じゃ、行こっか。ナナシ君。」
「やっぱり俺の意見ガン無視かよ‼︎」
そんなナナシ君の悲痛な悲鳴を意図的に無視して、あたしは掃除用具置き場へと彼を引っ張って行った。
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「何で俺がこんなことを…」
そう言いながら、彼はテーブルクロスを濡れた布巾でささっと拭いていく。
「そろそろ諦めたら?…お?以外と器用だね。綺麗じゃん。」
拭く過程でズレたテーブルクロスを整えていたナナシ君。彼の手直ししたテーブルクロスは、シワがないように、食卓のちょうど真ん中に戻されていた。簡単なことに思えるかもしれないけど、これが意外と面倒くさい。普通のテーブルなら簡単だと思うんだけど、領主館のテーブルは8人ぐらいでも使える大きさのもの。それに合わせてテーブルクロスもかなり大きいから、真ん中が分かりにくい。それを、初めてでこうもピッタリかけれる…
「お?そうか?よく分からねえんだけど、やってみたら出来た。覚えて無いだけで、誰かがやってるとこ見てたのかもな。」
あたしがそんなことを考えてるとも知らず、自慢げに言う。仮に本当に見たことがある可能性があるなら聞きたい。
「ほーん。なるほど?あの人達が意外と綺麗好きな盗賊団だった、とかではなく?」
「あー、そりゃ絶対ねぇ。あの日みたいにデッカい稼ぎがあった後ならともかく、基本は野宿だったんだよ。だから、掃除もクソもねぇんだ。あーあ。誰かさん達が来なかったら、あの日も久々にベッドで寝れたのにな。」
「盗んだ金で?」
「グッ…あぁ言えばこう言う…‼︎」
「いや、事実だし。」
別に良いだろって内容のことを言わない辺り、それが当たり前って感覚で盗賊に加担してた訳じゃないんだね。
それはそれとして。盗賊がイメージ通りの野蛮集団だったというなら、いろいろ謎がある。今回のテーブルクロスもだし、普段の食事もそう。盗賊と暮らしてたはずなのに、ナナシ君は何故かテーブルマナーが良い。ただシロエさんとかの真似をしてるだけかもと考えないようにしてたけど…今回の件も合わせて考えると、それじゃ片付けられない。
「確か、盗賊に拾われる前はスラムにいた。そうだよね?」
「あ?そうだけど、いきなり何だ?」
「いや、ちょっと気になっただけだよ。気にしないで。」
少し早口でそう返したあたしに、腕を組んで疑いの視線を向けてくる。やっぱり変なとこで勘が鋭いんだよなぁ…もうちょっと鈍感で良いのに。誰かさんぐらいね。
「腕を組んでちゃ掃除は出来ないよ。ほら。雑巾を洗い直して椅子も拭いて。」
「とぼけんな。詮索しようとしてるだろ。」
やりづらぁ…詮索しようとしたってのも確信持ってるっぽいし、今更誤魔化すのも疑いを深くするだけになりそう。あたしって、そんなに顔に出やすいかな?
「分かった。認めるよ。詮索しようとしたね。でもしょうがないじゃん。あたし、モズさんに嫌われてるからさ。せめてそれ以外の不確定要素は出来るだけ無くしておきたいの。」
「あ?お前が、アイツに?ほーん?」
何その反応。あたしがモズさんに嫌われてるなんて、よっぽど鈍感じゃなきゃ誰でもわかることじゃん。なのにピンときてない感じ。
「まぁ、正直に言ってくれたし、敵意も感じねぇしな。1つ質問聞いてやるよ。俺の分かる範囲でしか答えれねぇけどな。」
お?棚からぼたもちってやつ?運と機嫌が良ければ許して貰えるかなって思ったら、まさかこんなことになるなんて。なら単刀直入に。
「小さい頃の話、どれぐらい覚えてる?」
「うーん。気付けばスラムにいたしなぁ。」
「小さい子供が一人で生きれる訳ないよね。誰かといたり?」
「あぁ。自分であれこれ出来るようになる前は、今のお前ぐらいの歳に見える女がメシとか作ってくれてたな。本当にガキの頃の話だから、名前も覚えてねぇけど。そういや、あの頃はまだまともなもん食ってた気も…?まぁ、細かくは覚えてないけどな。」
…絶対って確信はないけど、多分これって、そーいうことだよね…でも、この推測が正しいとして、マグドさんは何で…
「どーだ?これで満足か?」
「うん。ありがと。」
「じゃあ、俺はこの領主館を適当にぶらつかせてもらうぜ。」
「ほいほーい。話聞かせてくれてありがとね〜…ちょっと待て。今日のナナシ君はあたしの家事手伝いでしょ。」
「はん‼︎タダで話聞かせるかよ。これが対価ってもんだな。」
「ずっる‼︎そんなん後出しじゃんけんじゃん‼︎」
やられた…‼︎なんかニヤニヤしてるし、そんなの知らないって言って無理矢理手伝わせたらモズさんにナナシ君の過去を詮索したって告げ口されるやつだ…ただ…
「うへぇ…なら自由にしてあげたいのは山々なんだけど、モズさんに見つかって監督不行扱いされるのもなぁ…」
「あぁ、確かに。それは俺としても面倒か。なら俺話し損じゃねぇか…」
そうこう話してる内に、ダイニングの掃除が終わった。移動する準備を済ませたところで、何かを思いついたナナシ君が「あ。」て小さく声をあげる。こっちとしては嫌な予感しかしないけど、とりあえず「どうかした?」と声をかける。そしたら案の定、ロクでもないことを言い出した。
「対価が欲しいなら、同じもん貰えば良いよな。それが一番平等だ。」
「同じもん?」
「分かるだろ。お前のガキの頃の話を聞かせろってことだよ。」
スーッと、何かが冷めていくみたいな感覚。冷えたように感じる指先を温めるみたく、ギュッと手を握る。
「…中間択で行こ。ナナシ君は手伝わなくていいから、やり方を覚えるつもりであたしの動きを見てて。それから、あたし自身の話はしないけど、あっちの世界の話は聞かせてあげる。それで手打ち。良い?」
あたしを値踏みするみたいな視線を向ける。目を逸らしたら負けな気がして、あたしもジッとナナシ君の目を見る。彼は少ししてため息をつく。
「わーったよ。今回は見逃してやる。」
「ん。ありがと。」
そう言ってから、あたしたちは廊下に移動し、あたしはモップで床掃除を始める。床掃除をしながら、あたしは地球の話をする。魔法が無くて、機械の技術が栄えた世界の話。ナナシ君はあたしの話を聞いて、ところどころ質問してきた。スマホやパソコンの話をしたら、一般人でも買えるものかとか、量産可能なものかとか。学校では、どんなことを学ぶのかとか。魔法が無くて不便じゃないのかとか。あたしが地球の日本から来たって言ったら、レイブルスと違って各地域に名前があるのかとか。国をまとめる者が世襲制じゃなく上手く回っているのかとか。他にもいろいろ。正直言うと、あたしがナナシ君から聞いた情報の密度よりだいぶ濃かった気がするし、ちょっと損した気分。そんなこんなで掃除が終わって、あたしの部屋で一休み。ここから晩御飯まではフリー。
「いろいろ聞いちまったし、一つ忠告しといてやるよ。お前が今日の朝に気になって、気のせいかもって済ませたこと。気のせいじゃないかもしれねーぞ。」
「…忠告どーも。」
証拠も何も無いけど、ナナシ君の感覚は侮れない。これも本当、なんだろうな。晩御飯の後にでも話しに行こうかな。




