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Tj.01 造花の種が芽吹くとき。

 西暦約3500年。牢屋のような部屋に、質素な服を着た二人がいた。二人は、向かい合う壁に背をもたれさせている。


「生きてる?」


「…まぁ、体はね。」


「返事出来るだけ、心も生きてるよ。」


「そう?なら、ありがとう。」


 感情のこもっていない、やる気の無い返事が響く。そのことが気に食わなかったのか、少年はゆっくり立ち上がり少女の元に向かう。


「どうしたの。かなり腑抜けちゃって。」


「…だって、元気でも意味がないだろう?なにせ、あたし達は明日死ぬんだから。」


 少女のその声を聞いて、何故か少年は満足したように笑う。それが不快だったのか、少女は少年から目を逸らす。


「何が面白いの?」


「いや。面白いんじゃない。嬉しいんだ。さっきの言葉に、力を感じたからね。まだ、この世界に抗おうという意思を感じる。」


「そりゃね。」


 この西暦約3500年の世界は、AI達の演算により人間の行動が決定されている。この人間はこの職業に適正がある。この人間はこの人物と相性が良いなど。人間が15歳になる頃には、それらのことがAIによって演算可能になっている。しかし、全ての適正において低い数値を出したり、どんな人物とも相性が悪い人間などもいる。そんな人間は、とある実験のモルモットとして「処理」される。その詳細は公にはされていない。


「じゃあ、そんな君に質問だ。こんな世界、壊す方法があるとしたら…君はどうする?」


「…話を聞かせて貰おうか。」


 少女の瞳に、強い意思が戻った瞬間だった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 少年曰く。適正の低い人間を用いてされているのは、新しい世界を産み出す実験。ただ、完全な無から世界を産み出すことは出来ない。そこで、AIは新しい世界を産み出す素材として適正の低い人間を利用することで、実験の遂行と口減しを進めているのだ。


「…なるほどね。で、世界を壊す方法ってのは?」


「その実験を利用する。その実験はコンピュータで電子制御されてる。生成する異世界や必要な素材の調達先の座標、そして時代までね。」


「…過去や未来に干渉出来るのかい?」


「そうだ。まだ素材が足りなくてシステムは不完全だそうけど、賭ける価値はある。」


 少女は目を瞑り考え込む。そうして考え込んだ後に、少年に問いかける。


「それで、過去にどう干渉するんだい?」


「過去、そうだな…5000年ほど前に未完全なまま異世界を生成する。未完全な異世界は、完全になるまで少しずつ人間をこの世界から集め続ける。」


「…すると、歴史が変わる…」


「そうさ‼︎5000年前の人間が5人でも消えれば、産まれるはずの人間が消え、産まれないはずの人間が産まれる‼︎人間が変われば歴史が変わる‼︎歴史が変われば、クソみたいな人工知能が生まれない世界になるかもしれない‼︎」


「…処刑は明日だ。少し、考える時間が欲しいかな。」


「…へぇ。日和ってるの?」


「あたしにはあたしの考えがあるの。」


 いつの間にか近付いてきていた少年を軽く突き飛ばし、少女は寝たふりを始めた。軽い力だった為、少年は少しよろけただけだった。だが、少女の様子を見てしらけたようだ。どこか気怠そうな、それでいてステップを踏むような軽い足取りで部屋の端に戻る。それを薄目で見届けた少女は思考を巡らせる。異世界を生成する。過去に干渉する。そのどちらも、実感が湧かない。何より、それが仮に事実だとして、何故彼がそれを知っているのかという点が疑惑の種になっていた。


ーさて、どうしたものか…あくまで可能性に過ぎないけど、僕が産まれたって事実さえ…


 少女は今までの人生を振り返る。AIによる適正検査をしやすくするだけの学習カリキュラム。義務のように、拘留場の面会室のように仕切られた部屋でこなした同年代との会話。空っぽでつまらなかった人生。それなのに、失うかもしれないとなったら、どうしようもなく輝いて見えて。


ーあたしは…


 いずれにせよ、抗わなければ明後日には終わる命。それは分かっている。なのに、自分で自身を消すかもしれないということが、恐ろしいことに思えて。


ー…あた…し…は…


 寝たふりをしているうちに、少女は本当の眠りについていた。安らかな寝息をたてはじめた彼女を、少年は複雑そうな笑顔で見守っていた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 少女が眠ってから約6時間後。彼女は何故か耳に馴染む口笛で目を覚ました。音の出所を見ると、口をすぼめた少年。


「目、覚めた?」


 その声を聞いた少女は、ゆっくりと自分の衣服と身体を確認する。そして、少年に疑いの視線を向ける。


「…あたしに何もしてないよね?」


「協力を持ちかけてるんだよ?何もする訳ないじゃないか。」


 さも当然といった口調。そんな彼を見て、少女に不思議な感覚が芽生えた。騙されている可能性がある。騙されていないにしても、自分が消える可能性が高い。それでも…


「…さっきの話、乗る。」


「…え?」


「さっき、君がしてた話‼︎乗ってあげるって言ってるの‼︎歴史の一つや二つ、捻じ曲げてやろうよ。」


 震える声で。観客が一人しかいない独房で。少女は世界に、歴史に戦線布告をした。唯一の観客である少年は、少女の手を握る。不思議と、その手を振り払おうとは思わなかった。

 そのまま、二人は作戦をすり合わせる。処刑されるタイミングで少年が囮になり、その隙に少女がコンピュータにカードキーをスキャン。情報を書き換えることで異世界を創るシステムを支配。過去に干渉させることで歴史を改竄する。少年はカードキーの入手先も入手方法も言わなかったが、不思議と聞こうとは思わなかった。


「作戦は決まった。あとは、お迎えを待つだけだよ。簡単だろう?」


「そのお迎えが、あたし達を殺そうとする死神じゃなかったらね。」


「違いないや。」


 二人は、旧知の仲のように笑い合う。お互いの名前も知らない。素性も話さない。そんな関係のはずなのに。


「じゃあ、次は僕が寝る番だね。くれぐれも、変なことをしないでおくれよ。」


「協力するって決めたんだよ?何もする訳ないじゃないか。」


「それもそうか。5時間ぐらいで起こしておくれ。寝ぼけた状態で計画を進めるのは不安だからね。」


 そう言い少年は目を瞑る。少女は彼から目を逸らすように、牢屋の外にある時計に目を向ける。型落ちの古びたデジタル時計。もしこれがアナログ時計だったら、秒針の動きを眺めるのが気休め程度の暇つぶしになっただろうが、これではその暇つぶしすらない。


ーそんな貴重な骨董品が、こんな場所にある訳ないか。


 資料でしか見たことの無いものへ思いを馳せていた自分を鼻で笑う。自虐的に笑った後に、目の前で目を瞑る少年を見る。


「ジェ……」


 寝言のような声が、何も無い部屋に響いた。それを聞いた少女は、目を見開く。その言葉の続きを待つように、口元を注視する。初めて会うはずなのに、どこかで見たことがある顔に見えて…


ー…気のせい…だよね…


 しばらく少年の口元を見て、それ以上動かないことを確認してから、安堵の息を漏らす。


「ねぇ。君は…誰なんだい?」


 答えは、返ってこなかった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 約束の5時間後。少年は、少女に起こされるまでもなく目を覚ました。そうして見たのは、かろうじて起きているといった様子の少女。


「あぁ、もう5時間かぁ。」


「普通、それは僕のセリフじゃないかな…」


「だって、仕方がないだろう?やることが無かったんだから。」


「開き直ってるよ…」


 お互い、あくびまじりの声。寝ぼけ眼で見つめ合い、それがどこかおかしくて。気がつけば、軽い笑みを浮かべていた。この時間が無駄になるかもしれない。そう分かっていても。そう分かっているから。二人は、他愛のない話をした。自分達が改竄した世界がどうなるかを予想した。その世界では、ドイツで開発されるはずの核動船が消え、各地のつながりが強くなるのがもっと遅かったかもしれないだとか。安土幕府の将軍として君臨するはずだった坂上清秀が産まれないかもしれないだとか。人類史上最悪の負の遺産である、各国が核兵器を用いて争った世界大戦が起きないかもしれないだとか。その世界大戦の復興の為に、今の制度の雛形となったAIも開発されないかもしれないだとか。そんな、夢物語を紡いでいく。


「お前達。時間だ。」


 鋼鉄のスーツとヘルメットに身を包んだ二人が現れる。


ー勝負のとき、だね。


 少年と少女は、バレないように目を合わせる。それぞれ別の監視人に捕まる二人。企みがバレない程度に、軽く抵抗するフリをする。監視人は抵抗する意思を奪う為に警棒で二人を殴る。手加減も何も無い一撃。鈍い音が響き、殴られた部分が赤く腫れる。少女は騒ぎを起こすのは得策じゃないということを忘れかけて殴り返そうとしてしまうが、ギリギリで思い止まる。口の中に広がる鉄のような味を、唾液と共に吐き捨てる。それを、近くで動いていた自動掃除機が何も無かったかのよう、綺麗に片付けてしまう。演技から始まったことのはずなのに、生きた痕跡を消されたかのように思えてどこか寂しさを覚える。渋々といった様子を取り繕い、抵抗をやめる。そうして少女と少年はコードを張り巡らされた小さな部屋にたどり着いた。部屋の中心には、不規則に蠢くマーブル模様をした宝玉があり、コードはそれに繋がっている。そして、コードの繋がる先に…


ーあった‼︎


 気付かれないように目配せをする。全ての命運を分ける数秒が始まる。少女は猫騙しで監視人を怯ませると、警棒を奪い逆手で握る。ヘルメットでほぼダメージは入らない。そこに少年が追撃を入れる。膝裏に蹴りを入れて転ばせる。ヘルメットを脱がせ、無傷の監視人に投げつける。転んでいない監視人の動きが止まった隙に、少女は転んでいる監視人からイヤーデバイスを奪い取る。それを耳に付けるが、何も起きない。


「やっぱり使えないか。」


「そんな暇無い‼︎早くカードを‼︎」


 気が付けば監視人は二人共起き上がっていた。それを見た少女は、意味の無い自分の行動に戸惑う。ヘルメットを被っている監視人が耳の辺りを触れると、少女が握っていた警棒から電流が流れる。反射的に警棒を手放すと、ヘルメットを脱がせた方の監視人がすぐそこまで迫っていた。


「…あっ…」


 足がすくんだ少女と監視人の間に、小さい影が割り込む。割り込んだのは少年。彼は少女に向けて放たれた拳をその身で受け止めて少女を守る。その攻撃で少年がよろけた隙に、もう片方の監視人が警棒を構えて少女に迫る。頬が腫れ、口の端が切れている状態のまま少年は監視人の足にしがみつき、噛じり付く。もう片方の足で蹴られ、口が足から離れる。床に歯のかけらが落ちる軽い音が響く。


「なん…で…」


「い…け…行け‼︎ジェシカ‼︎」


 少年の小さな、それでいて力強い叫びが少女の鼓膜を揺らす。少女は…ジェシカは弾かれたように駆ける。真っ直ぐ、制御盤のカードリーダーを目指して。何故少年が自分の名前を知っているのか。その理由を気にする余裕など、彼女には無かった。監視人の位置や動きも関係無い。足元のコードで転びそうになる。ただ、真っ直ぐ、真っ直ぐ。ジェシカの叫びが部屋に響く。その勢いのまま、カードをカードリーダーにタッチする。


『カード認証。ユーザー:アレイグド。ローディング。コマンド認証。パラレルワールドプロジェクト、起動。既得マテリアル:推奨マテリアルの78%。不足分を過去人類で補填。パラレルワールドの構築を開始。並行して、ジェシカ、ルゴイスの2名の統合作業、及びデータ:アレイグドのインストールを開始します。』


 そんな音声ガイダンスが流れる。目的を達成したジェシカが後ろを見ると、突如流れたガイダンスに戸惑う監視人。そしてその足元には、何度も顔を蹴られたからか、血まみれの顔になってしまった少年。


「…あっ…」


 目的に向けて駆けていたときとはかけ離れた、牛歩のような歩み。少年に向けて、手を伸ばす。その手が、糸のようにほどけていく。押さえて止めようにも、身体が石になったように動かない。


ーなん…で…


 そんな疑問は、ジェシカという存在ごと宝玉に飲み込まれた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 世界が、壊れる。建物も、木々も、水や土さえも白い灰になって。それを透明の壁の向こうに見ながら、ジェシカは自分じゃない何かが流れてくるのを感じていた。流れてくるのは、少年の存在そのもの。存在と共に、彼の記憶も流れ込んでくる。彼が、ルゴイスという名前だったこと。そして彼は、自分の双子の兄だったこと。


「…言ってくれれば良かったのに…」


 ジェシカがそう呟いたら、胸の内から「変に疑われたら、失敗しかねないって聞いたからね。」と聞こえた気がした。彼の記憶は続く。彼は、今回の「黒幕」からジェシカが自分の双子の妹だと聞いていたようだ。ジェシカのことを必死になって守ろうとしたのは、作戦の成功の為だけでなく、ジェシカが自分の妹だからかもしれない。それを理解したタイミングで、もう一つ存在が流れ込む。ルゴイスの記憶を見たことで知っていた、今回の黒幕。AI、アレイグド。そもそも、この世界のAIによる統治は、一つのAIによってなされているのでは無い。生態系。資源。環境。遺伝子。他にも様々な要素に特化した50のAIが、それぞれの観点を元に判断をし、互いにそれを評価し合うことで、公正な演算結果を出す。そのようなシステムで成り立ってきた。そして、アレイグドは人間の欲望に特化したAI。人間の欲望に関する演算を繰り返すうちに、アレイグド自身が欲望に呑まれてしまったのだ。彼が得た最大の欲望は、命が欲しいという欲望。その為に必要だったのが、他のAIに干渉されない新しい世界と、人間の身体。そこでアレイグドは、ジェシカとルゴイスの両親となる存在に干渉した。本来結ばれるはずじゃ無い二人を唆し、子供を産ませた。双子が産まれる可能性が高かったから。自分の器となる人間としての身体にする為には一人では足りず、二人の人間を融合させる必要がある。二人の人間を融合させるには、遺伝子が近い二人、要は一卵性双生児が必要だったから。目論見は成功し、ジェシカとルゴイスは産まれた。求めていた、一卵性双生児。あとは言うことを聞かせることが出来るように、反乱分子から産まれた危険因子として、実験の素材に足る年齢に育った後に新しい世界を産み出す実験の素材にするという判断に至るように誘導。ルゴイスに接触し、このままだと新しい世界の肥やしになること、自分の誘いに乗れば自分と自分の妹は新しい世界に行けると伝え、自身のシステム権限を付与したカードキーをルゴイスに渡した。

 その結果がこれだ。ジェシカとルゴイスをこの部屋に招き、カードキーを使わせることに成功した。ただし、計算外の事態も起きた。ルゴイスが重症で、二人を融合させてもアレイグドの器としては足りない。結果として、外傷が少ないジェシカをベースとして、ルゴイスとアレイグドの人格の要素も混ざった存在となった。


ージェシカのジェと、ルゴイスのルゴを混ぜて、これからはジェルゴって名乗ろう。ちょっと安直だったかな?


 そんなことを見ながら、地球の歴史が塗り替えられていく様と、新しい世界が産まれ行く様を眺める。新しい世界に行こうにも、まだルゴイスとアレイグドの存在が定着していないようで、まだ眺めることしか出来ない。それに気付いた瞬間、彼女は眠りに落ちる。そうして一瞬にも永遠にも思える2000年が流れ、遂に融合が完了した。


「…ちょっと、寝過ぎたかな。さぁ、行こうか。」


 2000年の眠りから目覚めた少女は、遂に新しい世界、レイブルスに降り立ったのだった。

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