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第十七話 雨水、壺三つ分

 ハザマさんがどこかに行ってしまってから、タクトさんと今後の話をしていました。今回の、雨が降らないという一件。これが、今回だけのことか、今後も続いていくのか。仮に今後も続くとしても、定期的にここにお邪魔するわけにはいきません。その場合は今回の作物を収穫した次の作物を乾燥に強い作物に変えることを検討するべきです。しかし、下手に全ての作物を乾燥に強いものに変えて、例年通り雨が降って根腐れしても打撃は大きい。


「あの方…なかなか戻ってきませんね。」


 とりあえず、適度な降水量になり次第、雨雲を散らして近隣を調査。今回の原因が分からなければ、今までのものと新しいものの両方を半分ずつ育てると決めたところで、タクトさんが呟きました。確かに、時間がかかっていますね…最近は慣れてきた雨も、ハザマさんが帰って来ないとなった瞬間恐ろしいものに見えて。すぐさま探しに行こうと思いました。

 隷従の首輪のおかげでハザマさんの場所が分かる私が探しに行くと伝えましたが、ティアストさんが行くと申し出てくださって。私の返事を待たず、どこか慌てた様子で探しに行ってしまいました。大人数で探すのもハザマさんに悪いですし、ここは任せるしかないようですね。


「大丈夫でしょうか…」


「ティアストさんは、信用に足る人物ですよ。」


「い、いえ。ティアストさんを信用していない訳では無く、申し訳なくて…」


 申し訳なくて、気が気じゃなくて。だからといって、今私が出てしまえば信じなかったと思われてしまい、ティアストさんに申し訳ないですし。


「ままならないものですね。」


「と、言うと?」


「いえ、僕も少々、申し訳なくて。僕はずっと、ティアストさんに助けられてばかりだなと。常々思ってはいるのですが…こうして進んで行動している姿を見ると、僕がまだまだ子供で、至らなくて、頼りないから。こうしてティアストさんが動くようになったのかもと。」


 頼りない、ですか。ハザマさんは、なかなか私に本心を見せてくれない。それも、私が頼りないからなのかもしれません。取り柄は、魔法だけ。決断力もない。誰かの為に動こうとしてるのも、結局は許して欲しいだけ。自分を許したいだけ。そんな私だから、頼れるはずないですよね…


「あ、あの…‼︎」


「はい、なんでしょう?」


 震える声で、タクトさんが私を呼びました。彼の表情を見て、予感がしました。触れられたくない記憶に触れられる予感。


「いきなり聞くのは不躾かもしれないですが…それに、答えたくなかったら、答えないで貰っても大丈夫ですが…あなたは何故、領主に?」


 予感は、的中しました。目に見えない手が這い寄るような感覚。その手に、無理矢理鼓動を加速させられるような感覚。


「…噂などが、耳に入ってきたことは?」


「…それが真実かどうかは分かりませんが、聞いたことは、あります。」


「そう…ですか…それは、脚色こそされていても、根も葉もない嘘では無いとだけ答えさせて頂きます。」


「…分かりました。申し訳ありませんでした。触れられたく、なかったですよね。」


「いえ。」


 …きちんと説明するべき。分かってはいるはずなのに、どうしても話す勇気が出ません。タクトさんだけでなく、ハザマさんにも話すべきことなのに。


「こちらこそ、本当に申し訳ありません。」


 気まずく静まりかえった空気の中、私の空虚な謝罪だけが部屋に響きました。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 それから約10分後。非常時用に水瓶に水を溜めて待っていると、扉の向こうから物音がしました。慌てて扉に向かいますが、タクトさんに止められました。そのタクトさんが扉を開けると、汚れて破れた服でフラフラと立つハザマさんと、彼女に肩を貸すティアストさん。


「ハザマさん‼︎」


 反射的に駆け寄り、光魔法で治療。


「ごめんなさい…足元見てなくて、足挫いちゃちゃって…」


 それを聞いた私は、魔法の効果範囲を足に集中させます。そのまま治療を続けると、ハザマさんの「ありがとうございます。もう、大丈夫ですよ。」という声。


「本当に、助かりました。あるじ様。ティアストさん。ありがとうございます。」


 また。あなたは、何かを隠しているように、申し訳なさそうに笑う。隠さずに教えてほしい。そんなこと、「あのこと」を言えない私が言える訳がなくて。


「次からは、こういったとき非常事態のときは連絡して下さい。せっかく魔道具があるのですから。」


「そうですね。そうすれば良かったです。あのときはちょっと、焦っちゃってました。」


 足を動かして治ったことを確認しながら、ハザマさんは答えます。その様子すら、私の目を見て話したくないからかもしれないと杞憂してしまって。彼女と分かり合いたいという願望。分かり合うために、「あのこと」を話すのが怖いという感情。その二つがせめぎ合って。私はそっと、彼女の肩に毛布をかけました。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 晩御飯を食べ終わって、これからの用事確認。あたしがここに戻ってきてから数分後の時点で、雨雲は魔法で散らした。一度に降らせ過ぎても、根腐れの原因になるだとか。けど、今日の分の雨だけじゃ当然足りない。明日の朝から昼にかけてにもう一回雨を降らせて、後処理までしてから帰るって流れ。領主館からそう離れている訳じゃないから夕方までには領主館に着きそう。その情報を書いた手紙を、シロエさんがマグドさんに送った。マグドさん、ねぇ。領主館に戻ってマグドさんと話すのが、今からもう憂鬱だ。なにせ、彼からの「おつかい」を達成出来なかったから。


「あるじ様。雨が降らなかったのは魔力障害の影響って可能性は?」


「…完全には否定出来ませんね…」


「ですよね。だから、近いうちに雨が降ったら、魔力障害の影響だったってことにして、作る作物を今まで通りにする、ってしたら良いと思いますけど。」


「…タクトさんは、どう思われますか?」


「その方針で良いかと。村の皆さんにも情報を共有しますね。」


「よろしくお願いします。」


 そうして話がまとまったのを、ティアストさんは安心したように見ていた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 次の日の朝。昨日の夜と同じように、ティアストさんと二人で料理を作る。窓を見ると、雨が降り始めた。


「おや?雨?ご飯を食べ終わってからという予定だったはずでは…」


「そうですね。あるじ様に聞いてきます。」


 あとは盛り付けだけだったし、ティアストさんに任せて大丈夫。急ぎ足でシロエさんの部屋に向かって、ドアをノックする。返事はない。中を見ると、シロエさんはまだ寝てた。つまり…


「これは、魔法じゃない、普通の雨…」


 ぼーっとそれを見てたけど、そんな場合じゃない。まずはこのことをティアストさんに共有。シロエさんとタクトさんには朝ご飯前に伝えればいいかな。そう考えながらキッチンに戻ると盛り付けも終わっていた。あとは配膳するだけ。


「どうでしたか?」


「あるじ様はまだ寝てました。」


「ということは…」


「はい。これは自然の雨です。」


 答えると、ティアストさんは窓の外を眺める。どこか、遠いものを見るような表情で。


「さぁ、早く準備しましょう。そしたらねぼすけさん達にもこのことを教えてあげるんです。」


「ねぼすけさんって…そんなこと言って…」


「良いんですよ、これぐらい言っても。あたし達しかいないんですから。使用人同士、配膳をしてる少しの時間だけ。好き勝手言いましょうよ。」


「でも…私は…」


「ティアストさんは、足を挫いて困ってたあたしを助けてくれた。だから仲良くしたい。そーいう話です。」


「…タクトさんは、もうちょっと自信を持っていいと思います‼︎」


「シロエさんは、あたしのことを信用し過ぎなんですよ。」


「本人がいないところでは、あるじ様じゃなくてシロエさんって呼んでるんですね。」


「内緒ですよ。」


「それはお互い様です。」


 配膳をしながら軽口を言い合う。こんなの、最初で最後かもね。そんな時間はあっという間に過ぎて、配膳は終わった。あたしはシロエさんを、ティアストさんはタクトさんを呼びに行く。今日もシロエさんはなかなか起きなかったし、心なしかいつもよりうなされてるように見えたのがちょっと気がかり。なんとか起こして、手を取ってダイニングに行くと、ティアストさんとタクトさんはもう席についてた。シロエさんは申し訳なさそうにしてたけど、立場上シロエさんが待つ側になってた方が問題だから大丈夫だよね。食べる前に、この雨が自然の雨だということ、これで昼まで残る理由がなくなったことを話す。

 こうして雨が降ったから、今まで雨が降らなかったのは魔力障害の影響だったという推定を支持すること、今まで通りの作物を作り続けることを決めながらご飯を食べる。食べ終わる頃には、その話し合いは終わって。食器の片付けを終わらせれると、すぐ領主館に戻る準備をした。あたしが食器を片付けている間に、シロエさんがマグドさんへの連絡を済ませてくれたらしい。


「ありがとうございました。」


「いえ。また何かあれば、領主館まで連絡下さいね。」


 そんなこんなで、雨の中魔力車を走らせる。村を後にして、領主館へと向かった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「その…足は、どうですか?」


「おかげさまでバッチリですよ。」


「なら、良かったです。」


 …なんで?二人きりの魔力車の中。気まずい空気が流れる。こっちから話題振った方が良いのかな?だんだん運転にも慣れてきたから、話しかけようと思ったら話しかけれるんだけど…話題なんてそう思い付かないなぁ…


「ハザマさん。少し踏み込んだことを伺っても、よろしいですか?」


 いきなりどうしたんだろ。話題思い付かなかったから、ありがたいっちゃありがたいんだけど。


「まぁ、良いですよ。」


「では…後悔、していませんか?」


「何をですか?」


「あの場で、私の手を握ったことをです。」


 あの場。魔力障害で起きた事故に巻き込まれたとき。あのとき手を握らなかったら、今のあたしはここにいない。それどころか、全部が終わってる。そのことを、あたしは…


「後悔したことが一回も無いって言ったら、嘘になるかもしれませんね。モズさんに殺されかけたときとか。こんな怖い思いをするなら、いっそあの場で終わらせとけば良かったとか。」


「そう、ですか…」


「でも、あのときはあるじ様が助けてくれた。今だって、それなりに充実してます。だから、少なくとも今は、後悔してませんよ。」


 チラッと隣を見ると、シロエさんがサッと目を逸らす。


「ちょっと。何で目を逸らすんですか。話しかけたのはシロエさんですよね?」


「一度でも後悔させてしまったのが、申し訳なくて…」


「だ〜か〜ら〜‼︎今は後悔してないから大丈夫ですって」


「うぅ…」


 いや、そんなしょんぼりした顔されてもね…特に険悪な空気では無くなったし、無理に話す必要も無さそうかな。気を張り過ぎず、落ち着いて領主館に戻ろう。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 想定より早く村を出たのもあって、昼にはもう領主館に着いた。


「やぁ、おかえり。」


 マグドさんが出迎えてくれたけど、仕事でもしてて欲しかったかなぁ。顔合わせるの、個人的にはちょっと気まずい。


「ただいま戻りました。」


 シロエさんがそう言ってくれて、正直助かった。マグドさんがドアを開けてくれた。あたしはただただ、シロエさんの後ろを追って領主館に入る。


「ん?」


 領主館に入ると、ちょっとした違和感。匂い?そっか。強めの香辛料の匂いがするのか。


「想定より早かったのですね。」


 …あぁ、なるほど。やっと香辛料の匂いの意味が分かった。この人、あたしが辛い料理作らないからって、あたしがいない隙に辛い料理作って食べたのね。


「えぇ。早く帰って来れた分、あたしは仕事しますね。」


「そうですね。私も…」


「いえいえ。あるじ様は魔法を使ったばかりなんですから。休んで下さい。」


 そう言いながら、洗濯用具入れに向かう。まったく。移動が多い仕事なんだから、休めるときは休めば良いのに。まぁ、それは付いていくあたしもだし、ブーメランか。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 その日の夜。あたしはマグドさんの部屋にいた。ちょっと報告しなきゃいけないことがあるからね。本当に憂鬱だけど。


「さて、依頼してた件どうなったかな?」


 依頼。マグドさんの札を報酬として、今回の件の犯人の対処をするっていう依頼だった。何で犯人と手口を知ってたかは聞かないのが吉、かな。深入りしても痛い目を見る気しかしない。


「…当初の目的は達成出来ませんでした。」


「…ほう?」


 この密会が憂鬱だった理由。私は依頼を完遂は出来なかった。あと一歩のところで、今回の件の犯人を…


「痛み分けって形になりました。いろいろあったんですよ。」


「ふーん…それで、痛み分けっていうのはどういう形に?」


「あたしは目的を達成出来ず、札を一部使っちゃった。相手側は協力者との協力関係を破棄。そんな落とし所になりました。」


「なるほど。」


 マグドさんが額に手を当てて考え込む。しばらくそのまま考えこむと、胸ポケットから札を取り出してこっちに差し出す。


「…良いんですか?」


「ヤツが生き残ったなら生き残ったで、ヤツを利用する形に計画を練り直せば良い。ポジティブに考えることにするよ。」


「…本音は?」


「嘘じゃないよ。利用価値はある。」


「敵対関係とかじゃないんですか?」


「こっちにもいろいろ事情があるんだよ。」


 相変わらず目的が分からなくて不気味だけど…一旦いっか。


「マグドさんは切られないと良いですね。協力関係。」


「そもそも君の横領が原因だよね?」


 そう。あたしが気の乗らない依頼を受けた理由。いろいろあって、ジェルゴ戦のときにシロエさんが受け取った札のうち、余った札の中から数枚を隠し持ってたのがバレたから。


「まぁ、良いですよ。今は言うこと聞いてあげます。」


「脅迫して無償で働かせていないだけ、僕は優しいと思うけど。」


「あたしが『あのこと』に気付いてるって、察してますよね?」


 それを聞いたマグドさんは、あくまで余裕を崩さない。


「なるほどね。もうそのカードを切るんだ。協力者がいなくなること覚悟で口封じをする可能性があるとは思わないのかな?」


「出来ませんよね?」


 あたしの返答を聞いたマグドさんは、こっちをじっと見つめてくる。


「なるほどねぇ。分かった。今後の依頼を受けるかどうかは君の自由としよう。」


「ありがたいです。ところで、結局バングって何者なんですか?」


 聞いた瞬間、空気が変わった。マグドさんの表情は変わらない。それなのに、彼の中の怒りみたいなのがこっちにも伝わってきて、心臓が押し潰されるような感覚。


「それはちょっと、ライン越えってやつだよ。」


「そーですね。これ以上は詮索しませんよ。」


 反射的に、少し早口で答えていた。話が少し上手くいって、調子乗ったかな。さっき話してなかったら、引くことすら許されずに消されてたかもしれない。少しずつ、空気が元に戻っていくのを感じる。


「じゃあ、私はここで。」


 逃げるように部屋を出て、使用人用の部屋に戻る。部屋の扉を閉めて、耳をすます。うん。流石に追ってきてない。それを確認してから、大きく息を吐いてベッドに寝転ぶ。


「…何やってんだか。」


 自分でも何をしたいかがよく分からない。今回の話し合いの中で、マグドさんに依頼を受けるのは自由って言われた時点で協力関係をやめるという手もあった。なのに、それをしなかった。なんというか…


「もう、疲れた。」


 目を瞑ると、疲れがドッと押し寄せてくるような感覚。あたしはそれに身を任せ、ゆっくりと眠りについた。

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