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第一話 始まりを告げる朱花

 ねぇ、君は知ってる?身体がぐちゃぐちゃになって死にかける苦しみを。先が無いとしか思えない絶望を。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 何も感じない。頭がボーッとする。視界も霞んでるし、音もガサガサに聞こえる。さっきまでは痛みしか感じなかったけど、今では一周回ってその痛みも痺れに感じる。人間は過度の痛みを感じると感覚が麻痺するって話は本当だったんだね。あーあ。あたしの人生、終わり方すらこんなに雑なんだ。前世でやらかしたって言われても納得出来るぐらい神様に愛されてない。


「誰か、生きている方はいませんか?」


 なんだ。まだちょっとは聞こえるじゃん。それともあたしがまだ生きたいって思ってるせいで聞こえた幻聴かな?だとしたら、惨め過ぎて笑えるよね。


「た…す、けて…」


 あぁ、本ッ当に惨め。あんなにも見捨てられて。あんなにも痛い目を見て。それでも、あたしは幸せになれるっていう小さな可能性にすがるしかないんだ。それでも、あたしは死ぬのが怖いんだ。だからこうして、自分の幻聴かもしれない言葉に答えてるんだ。


 足音が聞こえる。誰かが近づいてくる感覚。ぼんやりとした視界から見える世界のなかではその誰かがこっちに来て、そっとあたしの身体に手をかざした。その手から暖かい光。あたしの身体に鈍い痛みが蘇る。それはあたしを攻撃したからじゃなくて、あたしの身体を治したから。それが分かったのは、その痛みが強くなるにつれて視界や音が少しクリアになったから。

 その少しクリアになった視界で目の前の誰かを見ると、多分あたしより少しだけ歳上に見える白髪の美少女。

 理由は分からないけど確かに今の光で多少はマシになった。けれど、結局その場凌ぎにしかならない。自分の身体を見れるぐらいには視界が戻ってたからそれが分かった。だって、こんな身体でそう長く保つ訳無いよ。いくらさっきの光でも、多分これは治せない。身体を治してもらったおかげで自分が助からないって知る。なんか皮肉な話だよね。

 目の前のこの子はこうなることを知ってて治した訳じゃないらしく、申し訳無さそうにこっちを見てる。やめてよ。まるであたしが悪いみたいじゃん。でも目の前のその子は覚悟を決めたみたいに口を開いた。


「今の私には1つだけ、あなたを助ける方法があります。しかし…言い辛いのですが、それをすればあなたはもう自由にはなれません。それでも、絶対に悪いようにはしないって誓います。だから、あなたの命を助けさせてくれますか?良いなら…この手を握り返して下さい。」


 あたしの右手に一つの温もり。少し湿った暖かさ。あたしはその手を、少しだけ考えてから強く握り返した。自由に生きられない?そんなの、今までと変わらない。相変わらず生きてる意味なんて分からない。特にやりたいこととかもない。だからといって、死んであげていいとは思わない。

 白髪の美少女はあたしの手を握ってた手とは逆の手に持ってた『何か』をあたしの首に当てる。それは、何かに導かれるようにそれはあたしの首に巻き付いた。カチっていう、小さいけど確かに存在を主張する甲高い金属音。さっきと比べ物にならない強さの光があたしを包み込む。さっきのそれよりも暖かくて、そしてどこか懐かしい光。その光が消えたら、あたしの身体は治ってた。完全にピントが合った視界。あたしを助けてくれたにもかかわらずどこか申し訳なさそうな白髪の美少女の後ろでは、血に濡れた花が潰れてた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 まずは二人で情報を整理することになった。あたしは境界悠里(はざまゆうり)。どこにでもいる高校一年生。で、あたしを助けてくれた白髪の美少女がシロエ・レイブルス。18歳らしい。なんとこの辺の地域の領主様ってのをやってるだとか。まぁ、あたしのいた世界の領主とはちょっと役割が違うみたいだけど。

 そう。どうやらあたしは、学校からの帰り道で異世界転移ってのをしちゃったみたい。で、あたしは転移した先の魔法有りの世界「レイブルス」で起きた魔力障害っていうやつのせいで起きた衝撃波に巻き込まれたらしい。シロエさん曰く、あたしみたいに異世界から転移して来る人は結構稀だけど前例は多少あるらしい。

 その魔力障害に巻き込まれたのは、あたし、商人の馬車、シロエさん一行の乗った馬車。この魔力障害が引き起こした事故の中で生き残ったのは、あたし達二人だけみたい。あたしはもう一回、血に濡れて潰れた花を見る。その血を辿っていくと、ぶつかってひしゃげた二つの馬車。その片方には、シロエさんと従者2人が乗ってたらしい。そのことを話しているシロエさんはすごく悲しそうな顔をしていて。泣くのを我慢してるみたいで。あたしがいなかったら、シロエさんは死んだ従者の二人と商人のことを想って、きっと泣いてたんだと思う。人一倍誰かの為に涙を流す優しさがある。その上で、自分も辛いのに、異世界に来たばかりで右も左も分からないあたしを心配させない為に涙を堪える優しさもある。そんな、とんでもないお人好しがシロエさんなんだ。


「それで、問題はこれからどうするかなんだけど。」


 なにせ、何の準備も無く異世界に放り出されたからね。もちろん家も金もない。換金して儲けられるような金目の物すらない。それどころか、何故か服とかの元の世界で持っていたもの全部が見当たらない。だから今は、シロエさんが商人の馬車から見つけたボロボロの毛布を羽織っているわけで。せめて服だけでも欲しかったなぁ…まぁ、あったとしてもこの事故で即台無しだっただろうけど。


「え、えーっと。その、これからのことなんですけど。」


 シロエさんが話し始めたけど、正直嫌な予感しかしない。シロエさんがずっと申し訳無さそうな顔をしてるし、首輪を付ける前に何か不穏なことを言っていたから。なるべく考えないようにしてたんだけどなぁ。


「ハザマさんの傷を癒したのは、『隷従の首輪』の力です。」


 はいアウト。終わったわ、あたし。名前を聞いただけでどんな首輪か簡単に分かったよ。


「名前の通り、首輪を付けた相手を奴隷に出来る魔道具です。私が命令をすれば、境界さんは強制的に従う。それから隷従する側が、つまり私が死んでしまったら、ハザマさんも死んでしまいます。」


 証拠と言わんばかりに、シロエさんが私の首輪に向けて手をかざす。私の首輪から1本の光の筋が現れて、それがシロエさんがかざした手に当たると光は重厚感のある鎖に変わる。奴隷。奴隷かぁ。シロエさんが鎖を手放すと、その鎖が光になって消えた。


「先程言った通り、絶対に悪いようにはしません。私が何も命令をしなければ、あなたを縛るのはその首輪を外せないという制約と私が死んだらあなたも死んでしまうという制約だけなので。」


 まぁ、これが無かったら死んでたって思えば仕方ないのかもしれない。

 …いや、むしろこの状況を上手く利用しないと私は生きていけないかもしれない。きれいごとなんか言ってたら生き残れない。一回醜く足掻いたんだから、ここまで来たらもう躊躇うことなんかない。何回でも足掻いて、醜く生きよう。


「じゃあさ。私をシロエさんのところの使用人にしてよ。」


「え?」


「いや、さっき言った通り、あたしは何も持ってない状況でここに来ちゃったんだよね。だからあなたに付いていく。だってさ、そっちとしても使用人の枠に穴が空いちゃったでしょ?命令すれば絶対に言うことを聞く使用人。あたしはこう見えても家事は得意だよ。さ、シロエさんはどうする?」


 優しいシロエさんの良心を利用してる自分に何も思わないわけじゃない。けれどこの状況を逆手に取ってシロエさんに取り入られないと絶対に詰む。それに、同居人があまり家にいなくてほぼほぼ一人暮らしだったから、家事全般が得意ってのは嘘じゃない。シロエさんはしっかりと考え込んでから言った。


「分かりました。私が主として、あなたを守ります。」


 しばらく悩んだ末に、シロエさんは私を従者として認めてくれたみたい。これで最初から詰むっていう最悪の事態は避けれたし、まぁ一安心かな。そうだ。せっかくだし、このシロエさんって呼び方も変えてみようかな。


「まぁそう固く考えなくて良いですよ。それじゃ、これからよろしくお願いしますね。あるじ様。」


 あたしが立ち上がり、毛布の切れ目から手を差し出す。シロエさんがあたしの手を握って立ち上がる。


「こちらこそ、よろしくお願いします。ハザマさん。ただ、あるじ様はちょっと…」


「良いんですよ。せっかく使用人になったんだし、あるじ様って呼ばせてください。」


「分かりました。あなたが、私をそう呼びたいのなら。」


 こうして、あたしのロクでもない日常が始まった。始まりを祝うみたいに、シロエさん改めあるじ様の肩に鳥が止まった。

 …で、さらっと流したけど、この鳥は何?

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