第十六話 領主の仕事・すみれ色の人助け
あたしは魔力車のハンドルを握った。隣にはシロエさん。前の反省もあって、後部座席には念の為に武器。出発しようとしたタイミングで、窓をノックされた。見てみると、そこにはモズさんの姿が。
「運良く出発前に届いたので、今の内に渡しておきます。もう壊されないよう、警戒して扱いなさい。」
渡されたのは、連絡用の腕輪の魔道具。あたしが使ってたバッシュさんの残したやつはジェルゴに壊されたから、その代わりかな。何か違和感を感じるけど、今はとりあえずお礼を言う。
「じゃあ、行ってきます。」
「えぇ。領主を、任せましたよ。」
ちょっと前から感じてた不思議な感じの理由が少し分かったかもしれない。あたしに敵意のあるモズさんと、あたしを信用してるモズさん。二人が別々みたいに、あたしに対する行動が違う。ジェルゴみたいに人格そのものが別って訳じゃないけど。最初の方は敵意バリバリだったけど、ご飯とかここ数日での関わりとかで情とかが湧いたのかな?だとしたらこのまま関わってれば命を狙われることは無くなるかもだけど、楽観視はしない方が良いかな。
「任されました。じゃあ、行ってきますね。」
受け取った腕輪を付ける。その間に、モズさんがシロエさんに魔石を渡す。多分、事前にこの腕輪に対応した魔石をいくつか作っといてくれたのかな。これでもし行った先でシロエさんとはぐれちゃっても連絡が取れる。四六時中シロエさんといるわけじゃないだろうから、結構ありがたい。前のと違って傷の無い腕輪を軽くみてから、あたしは魔力車を走らせた。
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「さて、僕達は仕事を始めようか。」
あくびと伸びをしながら領主館の扉に向かう。と、僕は後ろから付いてくる気配が無いことに気が付いた。怪訝に思った僕が立ち止まって振り返ると、モズさんは魔力車の去った方角を見つめていた。僕の視線に気付くと、早足でこちらに向かってくる。そのまま速度を落とさずに僕を追い越していく。
「随分と、ユウリさんのことを気にかけているようだね。」
すれ違ったタイミングでかけた声に反応し、足を止める。
「そんな訳無いでしょう。私はただ、彼女が私の目的を邪魔しないように見張っているだけ。」
警告のようなつもりで彼女は言ったのかもしれない。それでも僕には、ただの言い訳にしか聞こえなかった。
「…何を笑っているのです?」
「さぁ。何でだろうね。」
いけない。あまりに滑稽で少し笑ってしまっていたみたいだ。彼女が僕に向ける視線が一段階鋭くなる。
「僕に構っている暇があれば、君は君の役目を全うしたらどうだい?」
「あくまで答える気は無いというわけですね。」
どうやら詮索を諦めたようで、彼女はため息をついて領主館へと入っていった。まぁ付き合いも短く無いし、僕を問い詰めても答えが出ないことを分かっているが故の行動だろうね。ただ、自分自身を見失ってるのはあまりにも滑稽。気付かれていないとでも思ってるのかな?わざわざ新品の通信魔法用の魔道具を用意した理由。
あまり外で考え事をしていても良い顔はされなそうだ。僕も仕事に戻ろう。いくら最近調子が良いとはいえ、調子に乗って足元を掬われるのは嫌だからね。
「じゃあ僕も。今度こそ仕事、始めようか。」
安心して欲しいな。僕の目的を果たせるのは当分先の話だから、君達の邪魔になるようなことをするつもりはないよ。でも、そのかわり。少しでも今が面白くなるように、あくまで裏方として。君達を、この世界という舞台の中心に誘おう。
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「なんか、こうしてシロエさんって二人きりっていうのも久しぶりですね。」
「マグドさん寂しいですか?」
「そんなこと無いですよ。シロエさんと二人きりで落ち着けます。」
シロエさんは、今のところ誰かさんと違ってあたしを殺そうとしたこと無いからね。その誰かさんがいないってだけで多少落ち着けるから、嘘はついてない。
「疲れてきましたか?少し目が遠くを見ているように見えるのですが…」
「大丈夫ですよ。」
いけないいけない。モズさん…じゃなくて、誰かさんのことを考えて少しボーッとしてた。運転中だから集中しないと。でも…モヤモヤする‼︎
「聞きたいんですけど。シロエさんから見たマグドさんとモズさんって、どんな人ですか?大体の印象だけで良いから聞かせて欲しいです。」
「お二人の印象、ですか?マグドさんは仲裁をしてくれて周りの見えている方。モズさんはとても真面目な方といった印象でしょうか。」
さて、あたしが考え過ぎなのか、シロエさんが楽観的なのか。そんなことを考えながらあたしは魔力車を運転する。
「ハザマさん。」
「なんです?」
「あなたは、どんな料理が好きですか?」
あたしが、好きな料理?そんなこと、考えたことも無かったなぁ。でも…
「なんで、そんなことを?」
「以前好きな料理について話していた際に、ハザマさんは聞いているだけだったので。」
「うーん…なるほど…好きな料理…」
運転に支障に出ない程度に、頭の片隅で考えてみる。そうすると浮かんだのは、やたら濃いオムライスの懐かしい味。
「特に、思いつきませんね。」
それを言うのが、なんか嫌で。あたしはそう言って誤魔化した。
「そうですか。なんか、ごめんなさい。」
「気にしなくて良いですよ。悪いのはあるじ様じゃないから。」
うん。本当に気にしなくて良い。悪いのは、シロエさんじゃなくて。
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目的の村に着いた。魔力車の窓から外を見てみると、萎れた作物と、乾燥した土が見えた。
「今日の仕事は、雨が降らなかったせいでダメになりかけてる村の畑の為に雨を降らせることでしたっけ?」
「えぇ。水不足は作物だけでなく、命にも関わりますからね。一刻も早く解決させていただかないと。」
そう言いながら、あたしたちは村の一番大きな建物へと向かった。
建物に着いてドアをノックする。ドアが開いてあたしたちを出迎えたのは、15歳ぐらいの男子。
「お待ちしておりました。今日はお越し頂き、ありがとうございます。僕が村を纏める立場の、タクト・ドジェーヌです。」
事前情報として知ってたから今は驚かなかったけど、村の長があたしより年下って聞いたときはビックリしたなぁ。
彼に導かれるままに建物の中に入る。飾り気のない内装。領主館とは雰囲気が違う。村長用らしき部屋に入る。
「早速で申し訳ないのですが、雨を降らせてもよろしいでしょうか?」
「分かりました。一応村の皆さんに伝えるので、少々お待ち下さい。」
タクト村長がネックレスを掴む。ネックレスを掴んだ手元が光ったのを確認すると、小さく息を吸い込んで喋り始める。
「皆さん。これより領主様により、恵みの雨が降り注ぎます。濡れたくない方々は、早急に室内へお戻り下さい。また、洗濯物等もお取り込み下さい。繰り返します。これより領主様により、恵みの雨が降り注ぎます。濡れたくない方々は、早急に室内へお戻り下さい。また、洗濯物等もお取り込み下さい。」
そう伝え終わった彼は、ネックレスを外すと椅子にもたれかかりながら座り、そっと息を吐く。
「村の皆さんが準備し終わるまで、少々お待ち下さい。」
「分かりました。」
シロエさんが言ったのと同時に、部屋のドアが開いた。
「お茶をお持ち致しました。」
入ってきたのは、175cmぐらいの赤髪ロングの女の人。顔つきの影響か、表情の影響か。身長差があるのに、威圧感を感じない。女の人が言ってる通り、手元にはカップとポットの乗ったトレー。お茶を飲めるのは良いけど…正直、お茶も毒味しなきゃなのは面倒くさい。今回は同じポットから淹れたお茶だから、シロエさんのじゃなくて自分のを飲めば良いからまだマシだけどね。
そんなことを考えていると、女の人がお茶を淹れ終わってた。あたしは配られたお茶を一口だけ飲む。そのまま少し待って、何の異変もなかったからシロエさんに勧める。シロエさんが飲み始めたのを確認してからあたしもまた飲み始める。紅茶とか詳しくないから茶葉の名前とか良し悪しはよく分からないけど、個人的には美味しいと思う。特にエグみとかも無いしね。
「とても美味しいです。ありがとうございます。えっと…」
「あ、ティアストと申します。」
「ティアストさん、ですね。ありがとうございます。」
「いえ。わざわざ足を運んで頂いていますから。これぐらいは当然です。」
ふーん。ティアストさん、か。シロエさんが聞くまで名乗らなかったのはたまたまかな?それともタイミングを逃しただけ?怪しい人にも見えないし、今回毒を盛ってなかったから悪い人とは思えないけど、警戒はしとくかな。そんなことを考えながら飲んでると、先に飲み始めたシロエさんが飲み終わってた。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです。」
「お口に合ったようで何よりです。」
満足そうにニコニコしてるのは良いけど…ちょっとシロエさん、何しにここまで来たか忘れてないかな?
「あ、あたしも飲み終わりました‼︎ご馳走様でした‼︎すっごく美味しかったです。」
「っ‼︎ありがとうございます。」
いきなりあたしが喋りかけたからかビクッとしたけど、ゆっくりした手付きであたしのカップを回収してくれる。
「さて。飲み終わったところで。あるじ様。忘れちゃってるかもしれませんけど、雨降らせなきゃですよ。」
「あっ、そうでした‼︎そろそろ村の皆様も準備はできたでしょうか⁉︎」
「あっ、僕も忘れてました…そろそろ大丈夫だと思います。よろしくお願いします。」
「分かりました。」
シロエさんがゆっくり立ち上がって、きっちりとした足取りで外に出る。あたしもその一歩分後ろを歩く。ドアの前で立ち止まったシロエさんを抜かして、ドアを開ける。あたしに軽く会釈すると、あたしを抜かして外へ出る。目を瞑って大きく息を吸い手を空にかざす。だんだんと空気が湿っていく感覚。風が吹く。空が青から白。白から灰色に。灰色が少しずつ濃くなる。
「雨…」
村を見ると、みんな家の中にいるみたいでガランとしてる。漫画とかであるみたいな、濡れながら久々の雨に喜ぶなんてことはない。砂漠でもあるまいし、そんなもんか。むしろ、この村は近くにある山の影響で、本来は雨が多い地域だから。近くに川がない分の水を、浄化した雨水だけで賄えるぐらいにはね。
「ハザマさん?」
「ごめんなさい。ちょっと、先に戻ってて貰えますか?」
「かまいませんが…どういたしました?」
「ちょっと、この雨を見てたくて。」
「風邪をひかない程度にしてくださいね。」
「分かりました。」
あたしはドアを閉める。傘なんて持ってきてない。雨に濡れながら、あたしは村を歩いた。




