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第十四話 帰還、雨天、紫陽花。

「あーもう‼︎髪の毛ぐっしゃぐしゃじゃないですか‼︎せっかく綺麗な髪なのに‼︎」


「誰かの前に出る訳でもありませんし…」


「前も言いましたけど、そーいう問題じゃないんですって。」


 あたしはシロエさんの髪を櫛で整える。まったく、真面目なんだかズボラなんだか。見た感じ、普段は真面目でマメだけど、自分の事になると妙にズボラっていうか、無頓着になるんだよなぁ。


「とにかく‼︎シロエさんはもっと自分を大事にして下さい‼︎」


 そんなことを言いながら、パパッとポニテ風に纏めてあげる。鏡を見たら、シロエさんと目が合って。


「何ですか?こっち見て。」


「いえ。あなたが、生きているんだなって、思っただけです。」


 そう言うシロエさんは、どこか遠い目で鏡越しの私を見る。空気が暗くなりそう。それは嫌だな…


「まぁ、あのときはあるじ様が無茶したから、あたしも大分ヒヤヒヤしたなぁ。」


「あれは‼︎あれは‼︎」


「あっはは‼︎冗談ですって‼︎」


 話してる内に髪のセットは終わった。「終わりましたよー。」って声をかける。シロエさんの手をとって立ち上がらせて、急ぎ足気味に部屋のドアに向かって、ゆっくりと開けてシロエさんを待つ。シロエさんが部屋から出たら、ドアを閉める。この空き家と、二度目のお別れだね。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 ハザマさんに起こしていただき。髪を邪魔にならない程度に纏めて貰い。朝食を作り、食べさせていただき。そして、こうして髪をきちんと整えていただき。そんな、貰ってばかりの日常。

 本日、私達は領主館へと向かいます。その際に魔力車を運転するのもハザマさん。そんな彼女に、私は何を返せているのでしょうか?仮にも私は、彼女の主。それに相応しい言動が出来ているのでしょうか?ハザマさんに限らず、マグドさんにモズさん、亡くなったジャックさんにバッシュさんにも、貰ってばかり。

 領主館に着いたら、少しは主らしい働きを。そんなことを考えながら、私は扉の向こうへと歩きました。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「では、頼みますよ。」


「分かりました。」


 あたしはこの空き家に来てからの数日で魔力車の運転をなんとかものにしたけど、こんな長距離を運転するのは初めてだから結構緊張するなぁ。前にジェルゴのいるところまで運転したのとは訳が違う。


「初心者だから、安全運転を心がけます。速さに関しては安全の次って感じなので、そこはごめんなさい。」


 そう前置きして、あたしは魔力車のハンドルを握った。握ったハンドルを通して、魔力を魔力車全体に流していく。魔力車の運転が難しい理由。それは、四つの車輪の回転速度を、それぞれの車輪に流す魔力の量で調整する必要があるから。真っ直ぐに進もうとしても、一つでも回転の速さが違ったら真っ直ぐに進めない。

 そんなことを考えながら進む。数十秒に一回ぐらいの頻度で初日に魔力障害の現場から空き家へと向かうときに使った、自分の居場所が分かる地図を見ながら。車内は不気味なほどに静かで、謎の緊張感に包まれて。


「…静かにされすぎるのもなんか申し訳ないですし、普通に喋ってて良いですよ?」


「とはいえ、特段この場で話すようなことなど無いのですが…」


「静か過ぎる方が緊張するんですよ‼︎話題が無くても捻り出して下さい‼︎例えばほら‼︎子供の頃の話とか‼︎」


 途端に、シーンってなった。体感としては、さっきより静かになった。え?何なの?もしかしてこの車内、話せる幼少期が無い人しかいないの?まぁ、あたしが喋れないってときだからこそ出した話題だから、こっちも人のこと言えないけどさぁ…


「じゃあ小耳に挟む程度に聞いておくので、好きな食べ物とか話してて下さい。今後の献立の為に少し参考になるかもですし。」


「ハザマさん本当に大丈夫ですか?」


「多分、こうやって話すよりかは楽ですよ。」


 あたしがそう言うと、考えるような間のあとにみんなは好きな食べ物の傾向とかについて話し始めた。

 シロエさんは特に好きな料理なんかは無いけど、辛いのが苦手。どちらかというと肉より野菜とかの方が好きって感じらしい。

 マグドさんは、特に嫌いな食べ物は無いらしいけど、強いて言えばあったかい麺類が好きらしい。

 あぁ、ついでに。これは本当にどうでも良いけど、モズさんは辛いのが好きらしい。シロエさんが辛いのが苦手だから、食卓にはきっと辛い料理は並ばない。あくまでシロエさんが苦手だから並ばないのであって、決して今までやられたことの仕返しとか当てつけとかじゃないからね?そんなことを考えながら領主館に向けて運転を続けた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 あれから結構運転して。夜になったから近くの町の宿に泊まることになった。あたしはベッドに入って、今日の車の中での一幕を思い返す。あれからも少ないながらも会話はあった。その中で分かったことで重要そうな話を挙げるとこんな感じ。


・シロエさんは領主になってからまだ半年ぐらい。マグドさん、モズさんも今の仕事に就いたのは同じタイミング。

・領主館のメンバーが変わるのはシロエさんが領主になって初めて。

・シロエさんは本来、もっと研修みたいなのをしてから領主になるはずだったけど、前の領主が病死したから予定が前倒しになった。

・モズさんは副秘書長になる前は王家の警護や雑用をしてた。

・マグドさんは秘書長になる前は王家で魔法の研究とかをしてた。


 運転中は運転以外のことを考える余裕が無かったけど、落ち着いた状況で整理したらいろいろ気になるところがある。こうやってシロエさんが領主になる前のそれぞれ何をやってましたーって話を聞いても、どこか経歴に空白を感じてモヤっとする。それだけじゃない。こっちの世界の秘書のする事務仕事って観点で、一番面倒な仕事は本部にいる下っ端がしてる。秘書長の仕事は、素人目に見たら下っ端と比べて単純なものに見える。とはいえ、もともと領主の秘書って仕事と関わりが無い二人をシロエさんに付けたのが納得いかない。下っ端だった人物を昇級みたいな流れで秘書長にする方がスムーズに見える。それに、そもそもシロエさんが領主になるタイミングでメンバーを一新する理由が分からない。


「お疲れ様です。」


 そう言って、シロエさんが掛け布団に包まるあたしの顔を覗きこんできた。


「あるじ様も、お疲れ様です。車の中で寝てても良かったのに。」


「それは、流石にハザマさんに申し訳ないですから。」


 あぁ、ちなみに。宿の部屋数が足りなかったから、マグドさん以外は同室。誰かさんに寝首を掻かれないか心配だけど、二人っきりじゃないし大丈夫だと思う。どっちにしろ、今日はずっと運転してたせいで疲れた。起きて警戒してるなんて無理だし、寝首を掻かれないって信じるしかない。

 そんなことを考えてたら、小さく寝息が聞こえてきた。安らかなようで、どこか不規則な寝息。


「使用人。外で話が。」


「…今、ですか?」


「えぇ。今です。」


 …掻かれるかも。寝首。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「あのとき、私は私のすべきと思う行動をしました。」


 外に出たモズさんの第一声がそれだった。細かく言わなくても分かる。あたしがモズさんにジェルゴ諸共殺されかけたときの話だ。


「だから、許せとは言いません。ただ。」


「ただ?」


「私は、こういう生き方しか出来ない。それを理解していて下さい。」


 …要は、これからもあーいうことをするかもしれないって警告?意味が分からない。


「話はそれだけですか?眠いんですけど。」


「いえ。今のは、ただの気の迷いのようなもの。真に受けず忘れなさい。本題はまた別にあります。」


 ならそっちから話して下さいよって言いかけるけど、やめる。疲れ過ぎてちょっと沸点低くなってるかも。


「じゃあ、本題って何ですか?」


「明日の件です。魔力量などに異常はありませんか?消耗が激しいのであれば、午前中だけでも運転を変わりますが。」


 …あたしの運転が信用出来ないのか、それとも単純に気遣ってくれてるのか。正直どっちか分からない。


「まだ自分の魔力の量とかはよく分からないですけど。とりあえず体調は大丈夫だから、このままあたしが運転しますよ。」


「分かりました。仮に何かがあれば、すぐに報告するように。話は以上です。」


 言うだけ言って、モズさんは建物に戻っていった。本当に訳が分からない。寒いし眠いし、今日は早く寝よう。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 日付が変わって。宿の朝食を食べたあたし達はまた領主館に向かってるんだけど。正直昨日のモズさんが言ったことが忘れられなくて、モヤモヤするし集中出来ない。そんな中、当のモズさんは普通に手紙か何か書いてるし。てか、あっちの車より揺れがあるのに良く酔わないなぁ…

 昨日で話題が尽きたのか、車内は終始静かだった。シロエさんは凄く眠そうにしてるけど、あたしに悪いからって言って寝る気は無いらしい。別に気にしなくて良いのになぁ。実際、マグドさんも普通に寝てるし。CDとかあればなぁ。そんな無駄なことを考えながらしばらく魔力車を走らせてると、後ろから聞こえる寝息が二つになった。シロエさんも我慢しきれなかったみたい。起きたらどんな反応をするのか、ちょっと楽しみ。


「モズさんも、疲れてたら寝て良いですよ。」


「いえ。運転を変わる可能性がある以上、私が寝るのは賢いとは思えません。」


 本当に、モズさんのことが分からない。あたしのことを殺そうとしたくせに。また心の中のモヤモヤが濃くなる。そのモヤモヤを誤魔化すみたいに、少し魔力車を加速させた。

 そんなこんなで領主館に戻ってきて。起きたときのシロエさんの慌てた様子で、胸のモヤモヤは少し晴れた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 何時間も魔力車を走らせて。夕方ぐらいの時間に、あたし達はようやく領主館まで戻ってきた。起きたときのシロエさんの慌て方は、申し訳ないけどちょっと可愛かったし面白かった。久々に感じる領主館のキッチン。実際は少し滞在しただけですぐにジェルゴ討伐に向かったから、そんなに長い間ここにいた訳じゃ無いはずなのに、何故かちょっと安心する。理由は分からないけど。モズさんによると、明日と明後日はジェルゴ戦のダメージや消費魔力、旅の疲れを癒す為に、シロエさんは休み。あたし、マグドさん、モズさんは明日から活動再開とのこと。


「もう面倒事が起きないと良いなぁ。」


 料理を始めながら、そっと呟いたけど。我ながら、盛大なフラグにしか聞こえないや。

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