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第十三話 言葉足らずな戦後処理

「なるほど。事情は理解しました。あなたがジェルゴを逃したのは、あくまでも領主の治療を優先したからであり、決して裏切った訳ではないと。あなたはそう言いたいのですね。」


「そういうことです。」


 魔力車での移動は終わり、拠点のあの空き家に戻ったあたし達。目を覚さないシロエさんを何とかベッドに運んでから、リビングでモズさんに事情を話してた。


「まぁ仮にこれからユウリさんが裏切ったとしても、隷従の首輪がある以上はシロエさんに不利益になる行動は自分の不利益になる行動。それを分かりながら裏切るような人じゃないだろうし、今回の言い分は一旦信じて良いんじゃないかな?」


「…分かりました。しかし、あなたはあのとき領主の手を一度取らなかった。そのことまでは忘れません。」


 やっぱり、あれは悪手だったか。モズさんとの一件があったとはいえ、地球に帰ることを急ぎ過ぎたかな。ジェルゴに頼んで地球に帰ろうとしたってバレたら尚更監視の目も強くなるだろうし、ごまかすしかないか。


「そりゃ、誰だって命狙われた直後なら判断力も鈍りますよ。」


「人聞きが悪い。」


「まぁまぁ。お互いに妥協点は見つかってる訳だし、言い争っても何も起きないよ。今考えるべきは、シロエさんが起きた後にどうするか。領主館に戻り、業務を再開する。そのゴール地点までの日程を組もう。」


 こんなとき、第三者のマグドさんが纏めてくれると話がスムーズに進むから良いよね。真意が見えないから信用は出来ないけど。


「そーですね。領主館に帰るまでにここで済ませるべき後始末って何があります?」


「日が昇り次第、避難させていた住民を元の家へ。その後は戦場の復元作業。早急に済ませるべきなのはこの二点でしょう。」


「念の為、ジェルゴがまだ何らかの方法で生き残ってないかを確認する為に周辺地域は警戒を怠らないようにしないとね。」


 何か分からないけど、さっきからマグドさんの発言にちょいちょい違和感を感じる。理由は自分でも分からないけど、直感ってやつ。何が違和感の原因かが分からないっていうモヤモヤが、霧みたいにあたしの頭の中に漂って満たしていく。その霧を払うみたいに、パンっていう手を叩く音が部屋に響く。


「さて。今は寝て、朝からの仕事に備えよう。きっと忙しくなるよ。」


「勝手な仕切りを…」


 そう言いながらも、モズさんに振り分けられた部屋に戻っていく。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 領主館と比べてかなり小さい、この拠点の空き家。間取りは大部屋一つに小部屋が三つ、それにお風呂、トイレ、台所って感じだけど、シロエさん、モズさん、マグドさんに各一部屋ずつ割り振られてて(モズさんの部屋は物置きも兼ねる)、あたしは大部屋で寝てる。パッと見、大部屋を使ってるあたしが一番優遇されてるみたいに見えるかもだけど、イメージとしてはリビングのソファで寝るみたいな感じ。喉が渇いた人が水を飲みに来たら気になるし、まぁ使用人ってこうだよねって扱い。


「じゃあ、おやすみなさい。また朝に。」


「いや、ユウリさん。君には聞いておくべきことがある。」


「今、ですか?」


「今だから、だよ。」


 指パッチンをして、モズさんに振り分けられた部屋の扉の方を見る。あぁ、なるほど。そういうことね。


「なるほど。お互い今しか無いですね。で?何ですか?聞きたいことって。」


「僕は、君が一度ジェルゴ側に付いた理由を、元の世界に帰りたかったからだと考えている。そして、実際にジェルゴならそれが可能なはずだ。それなのに君は今、生きてここにいる。それは何故か。それが知りたくてね。」


 バレてる。やっぱりこの人が一番怖いなぁ。それはさておき、理由。理由ねぇ。単純な理由なんだけど。


「あのタイミングで帰るのは、デメリットが大きかったから。」


「…ほう?」


「そもそも、あたしがジェルゴに出せる交渉条件は魔力。理由は分からないけど、あたしの魔力はあたしの遺体を食べても手に入らないみたいで。契約みたいなことをしないと手に入らない、と。だからあたしがあっちに帰るには、適度な量の魔力をジェルゴにあげて、強くなったジェルゴの魔法で帰らせて貰うってのが一番だった。」


「なるほど。で、君がそれを選ばなかった理由となるデメリットは?」


「これです。」


 あたしは首を指差す。正確には、首に付けられた首輪、隷従の首輪を。


「これ、世界が離れてても、効果が切れることは無いみたいなんです。」


「で、強くなることを求めているジェルゴが、シロエさんを狙わない訳が無い、と。」


「そういうことです。」


 一応、ジェルゴなら隷従の首輪の効果を消すことも出来るらしいけど、それにはかなりの時間がかかる。その間に王家の精鋭みたいな人達を集めた部隊みたいなのを集められたら、ジェルゴに勝ち目は無い。善ジェルゴにした、最後の二つの質問。それが、「ジェルゴに首輪の効果を消す力はあるか。」と、「隷従の首輪は世界が離れてても繋がってるか。」の二つ。その答えが、さっき言った通り。だからこそ、あたしはシロエさんに付くことにした。

 正直な話、その前提はシロエさんとジェルゴの一騎打ちがジェルゴ優勢の状態で終わった時点で覆ってた。シロエさんという大駒を失った時点で、あたしがジェルゴに加担さえすれば数日間は凌げる状況が出来てたから。そしてその数日があれば、ジェルゴが首輪の効果を消した上であたしを地球に送ることも出来たから。それが分かってるからこその、ジェルゴの最後の言葉があって。


「そんな訳で。あるじ様の様子を見てから寝るんで。魔法、解いて下さい。」


「分かったよ。」


 指パッチンの音が響く。最初の指パッチンが響いたときに漂ってた変なオーラみたいなやつが消えた。多分、盗聴対策の魔法か何かだったんだろうね。


「じゃあ今度こそおやすみなさい。か弱い乙女に夜這いを仕掛けないで下さいね。」


「分かったよ。」


 そう笑いながらあたしのジョークを軽く受け流して、マグドさんは自分に割り振られた部屋に向かう。本当に底が知れない。

 さて。本性を見せてくれない化け狐のことは置いておいて。今はシロエさんのところを見に行こうかな。扉の前に立って、迷う。ちゃんとノックしてから入るべきか、起こさないように静かに入るべきか。迷った末に、あたしは音を出さないようにゆっくりとドアを開けた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


 わがままを言ってはいけません。自分を優先してはいけません。他人の笑顔と幸福は、守らなければなりません。それが、罪を犯した私の為すべき償い。


「あるじ様。」


 ハザマさん。ごめんなさい。あなたを救おうとしているのも、ただの私のエゴに過ぎないんです。


「べつに、そんなことどーでも良いんですよ。どーでも。」


 ハザマ…さん?どうされたのですか?確かに、私のした行為は許されないことです。しかし、今のあなたはいつもと雰囲気が違うような…


「もう、どーでも良いんですよ。何もかも。だって、あるじ様があたしをここに連れて来たから。」


 よく見たら、ハザマさんの肩に白い手。手首から先には何も無いのに、それが誰のものかが何故か分かりました。懐かしくて胸が締め付けられる。心惹かれて、握りしめたくなって、それでも私には触れられない。そんな、私の罪の象徴。


「間違えました。あるじ様があたしも、ここに連れて来たからでした。」


 肩に置かれた手が、ハザマさんをどこか遠い場所へ…待って下さい‼︎


「さよなら、あるじ様。」


 私は、ただあなたを‼︎


「あるじ様‼︎あるじ様‼︎」


 遥か上空から、声。目の前にいるハザマさんは喋っていないのに。その声が、光を運んで。


「時間切れか。ま、いっか。自分がしでかしたこと、忘れないで下さいね?」


 ハザマさん(?)の周りに黒い霧が漂って、消えました。霧が晴れた先にいたのは、白く長い髪に、緑色の濁った瞳…そう。私。それを意識した瞬間、世界が切り替わりました。


「やっと起きた…こんな時間に起こして良いか悩みましたけど、大分うなされてたんで。大丈夫ですか?」


 手に温もり。見てみると、ハザマさんが私の手を包み込むように握っていらしました。その手を見つめていたら、ハザマさんは慌てて「水取って来ますね‼︎喉乾いたでしょ‼︎」と言い、部屋の外へ出て行かれました。

 少しずつ意識が目覚め、ようやく状況を把握しました。どうやら、先程の出来事は夢だったようですね。私の、過去に対する想いが夢となって私に襲いかかってきたのでしょう。

 ふと、自分の手が宙を握ろうとしていたことに気付きました。あの温もりを、求めているのですね。私は。


「どこまでも、身勝手ですね。私は。」


「別に良いんじゃないですか?少しぐらい身勝手でも。」


 かすかに全身が痛む中、なんとか身体を起こして扉を見ました。そこにはコップを持ったハザマさんの姿。


「いえ。私は、絶対に身勝手が許されない立場ですから。」


「領主ってのも、ままならないんですね。」


 ハザマさんは、私の寝言を聞いていたかもしれません。それでもあえて追求しないのは、彼女なりの優しさなのでしょうね。その優しさに甘えるように、私はコップを受け取り、水を一口。乾いた喉に、少しずつ染み渡るような感覚がしました。そのまま水を飲む私を、ハザマさんはただ、見ていました。


「まぁ、起こしておいてなんですけど。起きたらいろいろやることあるみたいだから、今はゆっくり寝た方が良いですよ。」


 私が水を飲み干したことで空になったコップを、ハザマさんはゆっくりとした動きで回収して部屋を出ようとします。


「ハザマさん‼︎」


「はい?」


「いつか、話しますから。私が先程見た、夢のことを。」


「…無理しないで下さいね。無理してそれを共有しなくても、あたし達はあたし達ですから。」


 そう言い残して部屋から出たハザマさんの後ろ姿を見届け、私はまた眠りに落ちました。

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