第十一話 トレイト・ジェルゴとアイビーの花
僕は胸ぐらを掴み、睨まれていた。胸ぐらを掴んでいるのは、僕の部下であるモズ・レイブルス。何故僕は彼女に胸ぐらを掴まれているのか。それを説明する為には、さっきあった出来事から説明する必要がある。シロエさんがユウリさんを助けに行ったのを確認した僕は、そのまましばらく動かずに気配を消していた。どうやっても追いつけないぐらいの時間が経ったのを確認してから、わざと慌てているように建物内を走り回る。その物音で起きたモズさんに、シロエさんが建物からいなくなったということを伝えたら、上述の通り胸ぐらを掴まれたってわけだね。
「僕は関わっていないって言ってるのに…」
「それが信用出来ないと言っているのです‼︎」
まぁ、今まで散々揶揄ってきたし、そもそも今回の件に関しては裏でシロエさんに協力してる訳だし。シロエさんの動きをきちんと把握する必要がある立場上、ただでさえいろいろなことを警戒してるモズさんから信用されなくて当然か。まぁ、警戒してても詰めが甘いのが可愛いんだけどね。
「関わってたらそもそも起こさないよ…」
とりあえず、今のところはそう言って誤魔化すしか無い。半信半疑といったような様子で解放される。襟を直し、モズさんの目を見る。
「ひとまず、二手に別れよう。僕はジェルゴと交戦した辺りを探すから、モズさんは念の為にシロエさんがこの建物のどこかに隠れてないか確認してくれないかな?」
「冗談はよしなさい。普通は逆でしょう?」
「いや、あってるよ。発見した時点でジェルゴとシロエさんの戦闘が始まっていた場合。必要なのは相手を弱体化させる力では無く、意識外からとどめを刺して戦いを終わらせる力だ。真っ向勝負の勝率が低い以上、一刻も早く戦闘を終わらせる必要があるからね。」
イラついて髪を掻き、イラつきながらも僕の発言の妥当性を理解したモズさんは、急ぎ足で物置部屋に向かい、領主館から持ってきていた上着を持って戻ってくる。
「これを着て、すぐに向かいなさい。この建物に残っていないと分かり次第、魔力車で追います。」
「助かるよ。ありがとう。」
彼女の立場上、本来なら僕達の邪魔をしなきゃいけないんだけどね。それでも非情に徹しきれない中途半端さが彼女らしいというか。悪い意味じゃないよ?ただ、その甘さに本当に悪い奴がつけ込むんだよ。例えば、君の目の前にいる上司みたいな奴が、ね。そんなことを考えながら上着を受け取って、着る。さぁ。シロエさん達の元へと向かおう。その頃には、戦況も終盤だろうしね。シロエさんには渡さずに取っておいた札で自身を強化し、高速で夜の街を駆ける。
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目の前の少女は、こっちを見据えて剣を握っている。まさか一人で襲撃してくるとはね。ただ、本当は一人じゃなくて、姿を隠して誰かが潜んでいる可能性もある。それに、仮に一人でも侮れない相手だと認めざるを得ない。全盛期の僕なら相手じゃなかったかもしれないけど、魔力を集められていない今では、この魔力体を撃破してまた霊体として彷徨うハメになるレベルの脅威。
「ハザマさんを、返していただきます。」
「もういなくなった、とは考え無いんだね?」
「えぇ。私達には、これがありますので。」
そう言うと、彼女の手元に鎖が現れる。隷従の首輪。本当に厄介だね。主人は意識すれば奴隷の位置がいつでも分かる。冷静さを失ってがむしゃらに付近を探し回って無駄に時間を使ってくれた方が助かったけど…一人めんどくさそうなのがいたから、そいつの指摘かな?
「戦う前に、言わせて下さい。」
「何かな?今更僕の目的を聞きたいのかい?それとも僕のかつての罪を、又は君の奴隷を…」
「奴隷ではありません‼︎彼女は、私の大切な従者です。」
毅然とした、張りのある声が後ろの洞窟を通じて響き渡る。僕は、何故かその姿に気圧されてしまう。目の前にいる彼女の圧で喋れなくなっていると、僕にのしかかっていた毅然とした雰囲気が消え、優しい微笑みに変わる。
「私の大切な従者を丁重に扱って下さり、ありがとうございました。」
「…それ、なのかい?それが、君が言いたかったことなのかい?」
「えぇ。何か間違っていますか?」
あぁ、そうか。ようやく分かった。何故僕が全盛期の僕の足元にも及ばない彼女に気圧されたのか。目が、雰囲気が。彼女に似てたんだ。僕が憧れ、欲して、最終的に取り込んだ、彼女に。強い魔法の才と、朗らかに見えて鋭く純粋な正義を持つ彼女に似た存在に、どこか打算的な性格をした、何も持たない異世界人。
「あぁ…損得関係なく、潰しておくべきだったかな。」
思ってもないことを口に出す。
「で、どうするの?僕があの娘を丁重に扱ったから、いろいろ自分勝手するのを見逃してくれるって?」
「申し訳ありませんが…それはそれ、これはこれ、です。」
そう言いながら彼女は、右手で剣を持ち、左手を腰の鞘に添えて構える。幾ら木製だからとはいえ、片手で持つのに適した大きさや形状では無いはずだけど。何か仕掛けるつもりなのか、それとも風魔法で剣の速さをブーストするときには片手の方がやりやすいからなのか。だとしても、片手持ちで剣速に特化するのは、敵に剣を弾かれるだけで飛んでいってしまう可能性があるから、得策とは言いがたい。何か仕掛けがあることを前提にして、その仕掛けを警戒して損は無さそう。
「良いのかい?君が攻撃したら、僕は遠隔魔法で人質を…君の大切な従者を仕留めるかもしれないよ?」
「あなたはそれをしないはずです。彼女には、あなたにとって人質以外としての意図や用途があるはずですから。彼女を生かしているのはあなたの優しさもあるのだと思いますが、それ以上に何らかの利用価値を見出しているという理由が大きいのだと思います。」
当然バレてるか。ただ、これからどうするか…洞窟の入り口だけ崩壊させて籠城しながらバトンタッチしてテレポートして逃げるってのも手だけど。人格を入れ替えるときにどうしても生じる動けなくなるタイミング。その隙に落とした入り口を開通、襲撃されたら一巻の終わり。だったら…
「さぁ、来なよ‼︎」
手元に魔弾を用意しつつ開戦を告げ、一歩下がる。距離を取って、魔弾を用いた遠距離戦を仕掛けていると思わせる為に。まんまと引っかかった彼女は風魔法と光魔法を使って半飛行状態でこちらに急接近。僕は魔弾を彼女の頭上に。僕に接近する為に洞窟の入り口付近にいた為、彼女は落石に襲われる。その石を破壊する為に急回転。仰向け状態での飛行へと移行し、剣で石を破壊する。その隙に、複数の氷塊を生成。妖属性と雷属性を付与し、発射。地面スレスレを飛び、彼女の真下で急上昇。剣で弾けない為、風で破壊。氷塊は砕けたけど、飛び散った飛沫が彼女に付着した。飛沫に残った雷属性の効果が発動し、一時的に動きを阻害する。その隙に…
「セイッ‼︎」
魔弾と火の玉を生成、発射。追加で雷撃も。と、動けるはずない彼女が動く。進行方向と逆向きの風を吹かせて停止し、着地。剣に光と水を纏わせて魔弾と火の玉を切り裂き破壊。流れで剣を地面に突き刺し、妖魔法で壁を作り雷撃を防ぐ。ひとまず水魔法で足元を水浸しにし、光魔法で浮遊してから氷魔法を発動。地面一帯を凍らせて一旦足止めし、水魔法と炎魔法で蜃気楼を生み出して姿を隠す。風魔法で蒸気を飛ばされたら見つかるから、そうなる前にいろいろ考えなきゃね。
見たところ、彼女の得意魔法は風魔法。その一点だけに絞れば、かつての僕と同等か、それ以上って感じの素質はある。だからこそ解せない。雷による麻痺を解除したからには、光魔法を使ったはず。ただ、怪我という具体的なものと違い、麻痺という抽象的なものを短時間で治癒するにはかなりの素質が要求される。あの時代ならともかく、魔法が衰退したこの時代に二つの属性の魔法をこのレベルで扱えるのは最早バグの類い。あり得るわけがない。何かしらの仕掛けがあるはず。
「そこです‼︎」
かまいたちで攻撃してくる。思考に集中し過ぎて対応がワンテンポ遅れたけど、なんとか氷の壁を展開して防ぐ。氷が軋む音。このままだと押し負ける。すかさず炎弾を展開。風の中の酸素を取り込んで威力を増して反撃の一矢となる炎弾。彼女はかまいたちによる攻撃を中断してその場を離れる。さて、彼女が念の為に水壁を作って妖魔法を付与されていた際の備えをしなかったのは、単に作れなかったからか、作れるけど回数制限か何かがあったから躊躇ったのか、炎弾の動きを見てからでも対応出来ると判断したからか…
考えるのも面倒になってきた。一回接近戦に持ち込んで種明かしをさせよう。ひとまず妖魔法を付与した炎弾で攻撃。全方位から攻撃。彼女は薄い水壁を三重にしてそれを受け切った。一枚一枚が弱いから三重にしたと考えると、水魔法は一応使えるものの、そこまで得意じゃないらしい。そうして炎弾を防ぐ為に止まってる間に、光魔法で身体能力を上げて接近。氷魔法で水壁を凍らせて逃げ場を奪いつつ、足に闇魔法を付与して後ろ回し蹴りを放つ。対して彼女は光魔法を付与した剣を両手持ちにして受け止める。計画通り。足に纏わせた闇魔法を強化して剣の切れ味を落とし、足で挟み込む。バランスを崩させ、一足早く体勢を戻して彼女の腰の鞘を膝で蹴る。
「そんな仕掛けか。」
鞘の裏には、どこかで見た札があった。やはり彼が関わっていたようだね。魔力を注げば、登録した魔法を使える。使い捨ての魔道具みたいなもの。これがあれば適正の無い魔法でも高い水準で効果を発揮できる。さっきの水壁は、使い捨てのものを消費するのは賢く無いと判断したが故に、素の力で使った魔法だった。だから三重にして受けた、と。まぁ、この時代にあの風魔法と光魔法を使えるのに、ギリギリでも僕の攻撃を凌げるレベルの水魔法を使えるのは充分異常だけど。
「さぁ、勝ち目は薄くなった。帰るなら今の内だよ。」
「いいえ。普通に戦えば勝てるのに降参を勧めるということは、戦うことで不都合が生じるからのはずです。例えば、今は魔力や体力を消耗せずに、可能な限り温存したいという思惑などが推測出来ますね。」
これでよし。今逃げられたら面倒だ。勝てる可能性が高い今、彼女は確実に殺して喰らうべきだからね。普段より弱い状態で復活したからなおさら力が必要。なんとしてでも。
「引いてくれないか。なら…全力で‼︎」
全力で叩き潰すだけ‼︎こうなったら出し惜しみは無し‼︎光魔法で身体能力を向上させる。次に地面を蹴り、変質させて2本のロングハンマーを創り出す。強引に力を借りた代償で強い頭痛に襲われるけど、今は関係ない。先端に闇属性を混ぜた黒い炎を纏わせたら、攻撃開始‼︎僕は魔力を大量に消費済みで、彼女は切り札たる札を失った。これが、恐らく最後の攻防だ。




