第十話 バラバラな視線
私はイラつきを隠さぬまま、割れた氷の先にいる「彼」を責めた。
「何故邪魔をした‼︎」
「素が出てるよ。」
「うるさい‼︎早く答えなさい‼︎何故このような邪魔をしたのです‼︎」
この男も‼︎領主も‼︎そんなにもあの者が大事なのですか‼︎私が責めても、意に介さずにニヤニヤと笑っている。その傍観者のような態度が気に食わない。傍観者なら傍観者らしく、黙っていれば良いものを…
「ですがモズさん。あのまま戦っていたら、あなたはハザマさんを巻き込んで攻撃していたでしょう。」
「それの何が悪いのです⁉︎人質戦法が有効だと思われれば、いつになっても動けなくなる。そうなるぐらいなら、人質にとられた時点で見捨てて、ジェルゴを討伐した方が効率が良いでしょう‼︎」
「そもそも、ハザマさんが人質にとられたのはモズさんがハザマさんに無茶させたからではありませんか?」
一見冷静に見えるけれど、その裏に静かな怒りを感じる。
「そんなにも彼女が大切なのですか⁉︎」
「大切に決まっています‼︎」
言い切る彼女の視線で、身体を縛られるような感覚。乱れた髪も相まって、普段とはかけ離れた凶暴さが見えて。
「こんな視線も足並みもバラバラな状況じゃ、ジェルゴ討伐は夢のまた夢。僕の判断の妥当さ、分かってくれますか?」
「ですが、あの場であなたも動いて頂ければ、ハザマさんを救出することが出来たのではありませんか?」
「シロエさん。もしかして、ちょっと勘違いをしてませんか?」
「…え?」
「僕は彼女を助ける為に仕切り直しにした訳じゃない。彼女を助けるか助けないか。その方向を統一してからことを構える為に仕切り直しにしたんですよ。幸い、彼女は隷従の首輪を付けている。居場所は分かっているのだから、いつでも行動を開始出来る。」
…イラつく。誰にも肩入れをしないことで誰からも嫌われないような立ち回り。
「…お二人とも、ハザマさんを助けないという選択肢を是としているのですか?」
「彼女がここにいないのは、彼女の選択の結果かもしれない。その事情を考慮すると、手放しには助けるべきだという判断を下せないんですよね。実際問題、彼女はシロエさんの手を取らなかった。」
…領主の背中の後ろからしか見えませんでしたが、領主が手を伸ばしたあのとき。彼女はその手を取らなかった。恐らく、あそこで手を取ってジェルゴ討伐に成功したとしてもまた私に狙われるとでも思ったのでしょうが、裏切りと勘違いされるのなら好都合。
「現状、僕も見捨てる側に傾いてる。多数決の上ではこちらが有利。それでもユウリさんを助けたいと言うのなら。それを覆せるだけの理由を提示して貰いたい。」
そう問いかける彼は、どこか試すような目で領主を見つめる。普段は不真面目な癖に、こういったときだけはでしゃばる。本当に不愉快な男です。
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あたしが目を覚ましたら、ほっぺたに人肌の感触。意識が目覚めていくにつれ、なんで寝てたのかを思い出す。確かあのあと、めちゃくちゃ揺れるから絶叫してたら、「うるさい。それに、舌を噛むよ。」って言って魔法で眠らされたんだっけ。そのことを思い出してる内に、ほっぺたの感触から今は誰かの肩を枕にして寝てたってことが分かる程度に意識が目覚めた。壊れた腕輪が目に入る。シロエさんに連絡する手段は無いわけか。
「お目覚めですね。」
聞き覚えのある声のはずだけど、それとは口調が違ったから一瞬知らない人かと…顔を上げて声の主を見ると、優しく微笑むジェルゴの姿。いや、顔はジェルゴなんだけど雰囲気が違い過ぎて、ほんと誰?って感じ。
「まぁ、そのような反応になるのも当然ですよね。現在我々は、2にして1、1にして2の魔霊と呼ばれているようですが。我々は一つの身体を二人で共有しているのです。」
要は二重人格ってことか。あたしと会ったときの人格とのやりとりとかは出来てるのかな…警戒はするべきだろうけど、どこかシロエさんに似たオーラのせいで争う気になれない。
「情報は多くて損はないはずです。少し、話を聞いてくださりますか?ハザマユウリさん。」
魔法で照らされた洞窟の中。トレイトジェルゴという悪魔の片割れの囁きに耳を貸した。
分かりにくいから、最初のジェルゴを悪ジェルゴ、今話してるジェルゴを善ジェルゴと呼ぶね。
善ジェルゴ曰く。悪ジェルゴがあたしを守ったのは、あたしの持つ異常な量の魔力を得ることで、現状の「通常より弱い魔霊」という状態を脱する為らしい。ただ、ワケあってあたしを殺してその死体を食べて強くなる…ってことは出来ないらしい。そこで悪ジェルゴは、あたしの魔力を得る為に、自分では使えない魔法が使える善ジェルゴと入れ替わったらしい。(悪ジェルゴは攻撃的な、善ジェルゴはサポート的な魔法が得意。)
「という訳で、おおよその状況はご理解いただけましたか?」
「分かったけど…その割にはあたしの魔力、減って無いんですけど?」
「あぁ。それに関しては、ジェルゴに魔力を与えたら人々を傷付けるからあまり魔力を与えたくないという思いと、ジェルゴの指示には従わざるを得ないという副人格が故のジレンマがあるからですね。だから今は、落としどころを探しているところです。」
そう言いながら、落ちてる小石を両手に一つずつ拾い見比べて、片方をそっと地面に置く。残した方の石をいろんな角度から見て、満足したみたいに石を両手で包み込む。
「で?その落としどころ、見つかりそうなんですか?」
「えぇ。あなたの魔力をジェルゴに受け渡す際の制限は大体決めていますので。あとはそれをどう形にするかだけです。」
しばらく考えこんだ善ジェルゴは、何かを思いついたみたい。さっき拾った石が光り出す。集中させてあげる為に、しばらくは黙るかな。
そのまま2分ぐらい待って。光が収まったのに気付いたあたしが善ジェルゴの方を見たら、彼女は満足気に手の中のものを見ていた。あたしの視線に気付くとゆっくり近付いてきて、作りたてであろう何かを手渡してきた。渡されたものを見たら、掌に乗るぐらいの小さな立方体の箱。そこらの石で作られたとは思えない、綺麗な黒い輝きを放ってる。まるで黒曜石。真ん中に切れ目があるから開くはず。中身を見ようとしてみたけど、切れ目なんて無いみたいに硬くて開けられない。
「その中に、切り札となり得るものを用意しました。ただ、簡単にジェルゴに利用されたく無いので、ロックをかけさせて頂きました。その箱は、あなたが誰かと心を通わせなければ開かない。」
「心をジェルゴと通わせる、って制限じゃ無いんだ。」
「えぇ。これはジェルゴの為でなく、あなたの為の切り札ですから。ジェルゴ以外の方との心の繋がりで開けるだけでなく、その心を繋いだ方に魔力を渡すことすら可能です。その他にも効果はあるのですが、それは使ってみてのお楽しみということで。これからその力の持ち主として、誰を選ぶかはあなた次第です。」
ジェルゴ以外の、心を繋ぎたい人。一瞬、白髪の麗人の優しい笑顔が頭をよぎったけど、それを一回拒んじゃったからここにいるんだってことを思い出す。そう。あのとき。ジェルゴ、シロエさん、モズさんの三つ巴状態だったときに、シロエさんは隙を作ってあたしを助けようとしてくれた。でも、あたしはその手を取らなかった。ジェルゴに付けば、元の世界に戻れる可能性があったから。いや、まだ戻れる可能性はあるのか。
「質問、良いですか?」
「どうぞ。制限のせいでジェルゴに不利益な情報は開示出来ませんが。それ以外のことなら、なんなりと。」
「なら遠慮なく。心を通わせるってやつ。信用とかじゃなくて、利害の一致でも大丈夫なんですか?」
「えぇ。利害の一致という形でも、心が通えばその箱を開くことが可能です。」
第一段階はクリア。これはジェルゴと交渉する為の材料に出来るかな。
「次に。ジェルゴの力を使えば、あたしを元の世界に戻すこと、出来ますか?」
「…可能です。あなたの状態を詳しく説明することは出来ないのですが、あなたが元の世界に戻るのは意外と容易なので。」
…なるほど。帰れるっちゃ帰れるけど、あたしに知られたら面倒なこともある、と。今のところはジェルゴ側に付いて良さそうだけど…これだけは聞いておかなきゃ。
「じゃあ、あと二つだけ、質問です。」
その質問の答えを聞いて、あたしは誰に付くかを決めた。
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私は、窓から建物を出ました。着地の衝撃を和らげる為に使った風魔法が運ぶ夜風は、とても冷たくて。まるで私の自分勝手な行動を咎めているように感じました。あのとき私がハザマさんのことを助けさせていただいたのも、今こうしてハザマさんをジェルゴから取り返そうとしているのも、ただの私のエゴに過ぎないのですから。
「…私を、止めに来たのですか?」
「まぁ、やっている事が事ですし。そう思うのも当然といったところですね。」
物陰にあった気配に向けて半信半疑で声をかけましたが、そこにはマグドさんが隠れていたようです。マグドさんはあくびをしながら、ゆっくりとこちらへと向かって来ます。
「結局、あなたは僕達を説得することが出来なかった。だからあなたは僕達にバレない内に一人でジェルゴを倒し、ユウリさんを助けようとしている。領主として正しい判断と言えるかどうか。」
…分かっています。私が間違っているということを。それでも…
「それでも、あなたは彼女が救いたいと。」
無言で頷きます。罪悪感が喉に詰まったような感覚で、言葉が出すことが叶わなかったのです。そんな私を、呆れたようにマグドさんは笑います。
「しょうがない人だ。」
表情とは裏腹に、優しげな声で。彼は私に封筒を差し出しました。受け取って中身を拝見すると、そこにはマグドさんの武器である札。
「…良いのですか?」
「えぇ。今あなたを止める為に魔力を消耗するのは賢くない。ならばあなたの自分勝手が成功する可能性を上げる方が賢いですからね。」
そう言いながら、彼は建物の中へと戻って行きました。私は生き残って、彼に余った札を返さなくてはなりません。
「行ってきます。」
小さな声で呟きます。これは、ただいまを言うという契り。私も、ハザマさんも。無事に領主館に戻り、四人で暮らす日々を。




