プロローグ 領主館の食卓・黄色の百合を添えて
これは別次元の世界の、いわゆる異世界での物語。今回の舞台は異世界「レイブルス」の第2-3地区島域領土の領主館。長い廊下にドアの扉をノックする音が響く。
「あるじ様〜。料理が出来ましたよ。」
そう言いながら領主室の扉を開く少女。彼女は境界悠里。どこか攻撃的な吊り目と肩にかかるぐらいまで伸ばしたミディアムヘアが特徴の、地球からレイブルスへと紛れ込んだ少女。今はシンプルだがそこそこ良い生地で作られた藍色のワンピースの上に純白のエプロンといった格好だ。首にはどこか無機質な首輪が巻かれている。そんな彼女こそがこの物語の主人公だ。
どうやら部屋の主はまだ眠っているようだ。悠里は部屋の主から、「食事の際は遠慮なく起こして下さいね。」と言われているので、遠慮なく掛け布団を剥がす。それでも起きないので、高らかに拍手。これでようやく部屋の主はゆっくりとまぶたを開く。
「おはよ、あるじ様。」
「…おはようございます、ハザマさん…あっ‼︎すみません‼︎待たせてしまいましたか?」
「それは大丈夫。結構早く起きてくれましたからねー。」
悠里はカーテンを開く。差し込んだ朝日が部屋を照らす。目が覚めたばかりの部屋の主が…レイブルス第2-3地区島域領土の領主、シロエ・レイブルスが目を細める。
「じゃ、朝ご飯食べに行きましょ。二人とも待ってますよ。」
悠里に差し出された手を握り、シロエはベッドから降りる。そうして軽く俯くと、彼女の長い白髪を悠里がリボンで手早くポニーテールにする。そのまま二人は彼女達を待つ者達の元へと向かった。
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「みなさん、おはようございます。」
食卓にたどり着いたシロエが、部屋にいる二人に呼びかける。片方が男性、片方が女性だ。両方20代前半といったところだろうか。
「おはよう、シロエさん。よく寝れました?」
軽い口調でそう問う男性がマグド・レイブルス。シロエの秘書長を務める男性だ。席に向かいながら「はい。休養を頂いた分、今日からまた精進させていただきますね。」と朗らかに答えるシロエ。悠里はシロエの斜め後ろに付いて周る。そしてシロエが席に近付くと、シロエが座れるように椅子を後ろに下げる。シロエは悠里に笑いかけて椅子のあった位置に立ち、悠里は後ろから椅子を押す。そうしてシロエの食事の準備をし終えると、エプロンから出した匙でシロエの分の料理を少しずつ口にする。そこでしばらく立ってから自分の席につく。
「こちらの作法も、様になりましたね。」
その一連の流れを見ていた女性、シロエの副秘書長であるモズ・レイブルスが悠里に声をかける。
「別にここの作法だから従いますけど、正直毒見って意味あります?あたしがあるじ様をどうにかしようなんて、ある訳無いですし。」
言葉の内容とは裏腹に、悠里は笑顔で冗談めかして答える。モズは目を伏せ、その後悠里に鋭い視線を向ける。
「作法は作法。万が一の事態も防がねばなりません。それを努努、忘れなきよう。」
「はいはい。分かりましたよ。じゃあ、食べ始めましょう。」
四人は祈るように手を重ね合わせてから目を瞑る。そして同時に唱える。
「「「「大地に、空に満ち溢れる力に感謝を込めて。」」」」
悠里にとって、最近ようやく言い慣れたこちらの世界の食事前の祝詞。しばらくしてから一同は目を開き食事を始める。
「あら、このスープは特に美味しいですね‼︎」
「君の作る料理は見たことの無いものも多い。とても新鮮だよ。」
シロエとマグドが悠里の料理を見る。モズは勤めて不機嫌そうな表情を作っているが、少し口角が上がっているのを隠せていない。
「あるじ様、お目が高い‼︎そのスープ、結構手間かかってるんですよ。私のいた世界にコンソメスープってのがあるんですけど、こっちにはコンソメスープの素が無い。だから鶏肉といろいろな野菜から出汁を取って、香草を添えてなんちゃってコンソメスープを作ったってわけ。いやぁ、今まで素に頼りすぎてたって痛感させられたなぁ…」
どこか芝居かかったように料理の解説をする悠里に、それを見て優しげに微笑むシロエ。モズはそれを気にせず、冷静を装いながら静かに食事を続ける。そんな三人をどこか遠くにいる傍観者のように見守るマグド。これが境界悠里の現在の日常だ。