本野ジン 死す
ゆったり、ゆったりと、深い、深い、底から浮かんでゆく、すこしづつ、すこしづつ離れてゆく、どこか心地よく、おぼろげで、懐かしい何かから。
少しづつ、少しずつ水面に近づいて……そして………
何度聞いても好きになれない、朝から騒がしい時計に急かされ、誰かが入ってきて瞬間接着剤で固めていったのかと考えるほど重たい瞼を上げる。
おそらく全日本の男子高校生が嫌いであろう月曜日の朝、クソ真面目なうるさい奴にいつもと同じ時間に起こされてしまった。
まだ起きるのを拒否しているのか、やけに重たい腰を上げ、最近ではほとんど見ないガスコンロに、これまた見ない普通の鉄のフライパンを乗せて、昨日ほとんど使った薄くスライスされた大根と、豆が腐り始めた豆苗を卵で閉じて朝飯にする。
こんな退屈でもう何千回も繰り返した毎朝の行動をなぞりつつ、脳波読み取り式とかいう大層な名前を持ちながら、やけにカクつく国からの支給品のデバイスで視界上に映る青い鳥がトレンドマークのSNSをチェックしていく。
こんなモノで本当に情報格差が狭まると国は考えているのだろうか?
リアルでは同い年の友人よりも、週に三回学校の帰りにスーパーによるせいで増えてしまった世間話をするような関係のおばさんの方が多い自分だが、こっちではそこそこ友達もいる。
というか、最近では直接会話することよりこっちでやりとりしていることの方が多い気がする。
そんな高校生男子としてはどうなのか非常に悩ましい問題を考えていたら、豆苗と大根と卵は姿を消してしまった。
あとはもう歯磨きや着替えといったことでしか家にいる時間を引き延ばすための自分向けの言い訳がない。
そして、男の身支度などどれだけ頑張っても20分程度しか時間を稼げなかった。
月曜日の朝という点を除けば素晴らしい快晴のもと、青い鳥片目に通学路を渡っていく。
昔は歩きながらこういうことをしていると学校にクレームを入れる控えめに言って暇な方がいらっしゃったらしいが、今となってはその暇人が注意していた行為を何も考えずにやっている。
なんと嘆かわしいことか……歩きスマホとかきょうびやる奴アホやろ……
そんな明らかに自分に向かって投げられた豪速球にツッコミを入れたくなったのか、元暇人の現愚者の乗ったトラックが背骨が折れ、首がひん曲がり、臓物を溢れさせるほどの強烈なツッコミを入れていき、あっけなく男子高校生本野 ジンの人生は幕を閉じた。