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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第九章 クニを盗ル(二)
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第88節 神楽舞う中で(其の八 急転直下)

「随分と大きな手だな。」

「っ!」


 トラひげが掴んだ袖口の先には、奴には決して見られてはならぬものがあった。

 それは手――

 美しき薄絹の衣のひらひらとした袖の先からは、何ともそれに似つかわしくない逞しき男子の手が露出していたのだ。


(しまった!)


 わしは今度こそ驚愕し、慌てふためいた。

 袋の口を結わえようとすることに気を取られるあまり、つい素手を外に晒してしまった。

 酌をする際には、手から正体を気取られぬように袖で覆い隠して甕を持つという気の使いようだったのに、よもやこんなつまらぬことで巫女の正体が男だと露見してしまうとは……。

 油断、とそう言ってしまえばそれまでのことながら、ここに至るまでの神経のすり減らしようでは、いつかこうなることは目に見えていたはず。

 それに目を瞑って無理に事を推し進めようとした結果がこの有様だった。


「っ!……っ!」


 わしはおのれの迂闊さを悔やむ暇もあらねばこそ、どうにかして振り解こうとするが、奴の剛腕はわしの手首をがっちりと掴んで、離れるどころかびくともしなかった。


「おお秀麗なる眉目隠せし香佳(きょうか)の君よ。君は一向に顔を見せんな。どうじゃ、面を外してその愛らしき素顔をこのわしに見せてはくれぬか。」


 焦燥を露にしたわしをただの巫女ではないと看破したトラひげは、余裕たっぷりにそう言うと、握りつぶされるのかというほどの力でギリギリとわしの手首を締め上げてきた。


(ぐっ……ええい、馬鹿力め!)


 常軌を逸した力で圧し潰され粉砕されようかという状況に追い込まれた腕の骨が、今さらになっても苦悶の声一つ上げようとせぬわしに代わってミリミリと悲鳴を上げる。

 すると、失態の元凶である薬草袋がその手からポロリと零れ落ちた。


(おのれ……。)


 中背のわしと矮躯のトラひげ――

 背丈で比べた場合、単純な力比べならばわしの方に分があるように思える。

 しかしながら、奴はその背丈に似つかわしくない非常に恰幅の良い体格の持ち主で、その腕も脚も棕櫚の木と見間違えるような太いものを持っていた。

 体格で比べた場合、果たして強く見えるのはどちらだろうか。そして実際に強いのは……。

 その答えはたった今、こうして示された。

 単純な膂力では奴に勝てそうにないことは分かっていたつもりだったが、まさかこれほどまでとは。


(放さぬか!)


 トラひげは、この拘束から何とか抜け出そうともがくわしを子猫がじゃれている程度にしか感じていないのか、そのまま悠然と立ち上がると掴んだその腕をグイと勢いよく引いた。


(うおっ!)


 わしはその勢いに抗うこともできずつんのめるように奴の前に引き出され、どうにか踏ん張って転倒を堪えるのがやっとだった。

 奴はすかさずに、そんな無様なわしの首に腕を回すとギリと締め上げてきた。


「どれ、その愛らしき素顔をこのわしに見せてみよ。」


 奴の唇が触れるのではないかというぐらいの近さで我が耳元で囁かれたその文句は、それだけ聞けば甘い香り漂いそうなものにも拘らず、本来含まれるはずの男女の色艶の気配などは微塵も感じられなかった。

 代わりに漂ってきたのは絶対的な優位に立った者の余裕と、絡みつくような害意が満ち満ちた猛者の圧力。


(おのれ、この様なことで!)


 わしは渾身の力を己が両腕に込めてどうにか引き剝がそうと試みるが、奴の腕が緩む気配を見ることはできなかった。


(ならば止む無しよ。)


 もはや策の決行を躊躇う必要なし。それが例えトラひげの暗殺という下策であったとしても――

 そう判断したわしは隠し持っていた匕首を引き抜こうとする。

 しかしそれも奴は見越していたのか、もう片方の手で押さえられてしまった。


「おっと。いかんな、悪戯が過ぎるぞ。」


 そうしてトラひげがニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、首に回された腕がぐぐと膨らんでゆく。


「かは……。」


 首が締められる圧に耐えきれず息が漏れると、口で咥え持っていた面がポロリと落ちた。

 ここまでひた隠しにしていた巫女の素顔がついに晒されてしまったのだ。


「ほう、貴様か……。どういうつもりでノコノコと戻って来たかは知らぬが、よほど死にたいらしい。」


 ついに巫女の正体を見破ってしまったトラひげが締め付ける力をいっそう強めると、にわかに我が視界が狭まってゆき、その端々にジリジリと点滅する点々が見え始た。

 そして意識が徐々に薄れ遠のいてゆく。


(いかん、このままでは……。)


 だが、どうすればこの剛力から逃れられる。

 膂力で敵わぬ。匕首出せぬ。

 何ら手立ても思いつかぬまま必死に足掻いていると、腕に何か固いものがツンツンと当たっていることにわしは気が付いた。

 ――むう、そんなところに何か仕込んでいただろうか。


(そうか、これじゃ!)


 もはや迷っている猶予はない。

 わしは手珠(てだま)と共に手纏(たまき)の紐にぶら下げてあったそれを手にすると、奴に向けた。


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