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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第九章 クニを盗ル(二)
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第80節 枯れ落ちた橘花(其の三)

(あの白面(しろおもて)舞娘(まいこ)、やはりわたくしが保護した方が……。)


 その心根は優柔にして不断。

 したがって、一度こうと決めたつもりになっても、きっかけがあればすぐに揺れ動いてしまう。

 そうこうして、いつまでたっても橘花と名もなき草花の間で揺れ動いて、固まる気配を見せなかったわたくしの決意を待ってくれることなく、状況は移ろってしまっていた。

 白面の舞娘は今や大王(おおきみ)に侍り寄って、酒を注いでいた。




 はじめ、大王に呼ばれたあの舞娘はどういうつもりなのか、やりすぎとも思えるほどに時間をかけて息を整えて、その場から動こうとしなかった。

 確かに息を整えている。

 そう見えないこともなかったものの、どこか遠方でも眺めるように頭を上げては戻すことを繰り返すその姿に、もしやこれも舞楽の一部なのでは、と訝しんだほどに頑なにその場に留まり続けようとしていた。

 そしてそのまましばらく待たされた後、十二分に気息を取り戻したらしい彼女はついに大王の元へと歩みを進めてしまった。

 彼女は、大王の待つ宮殿の露台へと続く階段の前まで来るといくらか逡巡したように見えたものの、すぐに気持ちを入れ替えたのか、ゆっくりとした足取りで階段を登り、礼を尽くし、そして今、台上の大王の横に控えて酌をしている。




(酌はよいのです。)


 わたくしはため息を吐きながらそう考えた。

 そう自分に言い訳してみても、その実、彼女の保護に乗り出して大王の不興を買う覚悟がなかっただけ。

 彼女を保護するならば、わたくしとの距離が最も縮まった、階段の前で逡巡を見せていたあの時しかなかった。

 そこで声一つかけることができない自分の不甲斐なさが心の中を干乾びさせた。

 かさついた心に潤いを求めたわたくしはそっと杯を口に運ぶと、少しだけその中身をすすり飲んだ。


「ほぅっ……。」


 乾いた心身にお神酒の潤いが染みわたり、気力が僅かに湧いてきた。

 久しぶりに嗜んだ、あまり好きではないはずの酒の味は不思議と美味しいものだった。

 そうして見上げた露台の上では、白面の彼女がどうにもぎこちない動作で大王に酌をしている。


(面を取ればよいのでは。)


 あのような物で顔を覆っていれば視野が狭まるのも当然で、それに気付いていないのか四苦八苦している彼女がとても滑稽に見える。

 しかし大王は、そのぎこちなさもまた初心(うぶ)の証とでも見たのか、すっかり彼女を気に入ったようで、至極ご満悦の体をしている。

 ああなってしまったらもう、わたくしには大王を止めることはできない。


「はあ……。」


 わたくしは残っていた杯の中身をすべて飲み干すと、ため息を吐いた。

 たとえ彼女がこの後に控えている大王との同衾を拒否したとしても、大王は力づくで彼女を我が物とすることは目に見えているし、もしあの白面の舞娘がそれに逆らおうものなら今度はあの舞娘も、あの憐れなわたくしの下女と近しい運命と辿ることになる。


(どちらを選んでも、あの舞娘には苦痛でしかないでしょうに。)


 それが分かっていたはずなのに、わたくしは彼女を引き留めることができなかった。

 彼女が大王の傍近くに行く前に引き留めるのと大王に意見するのでは、その難しさに天地ほどの開きがあると分かっていたにもかかわらず、どうしてもできなかった。


(やはり、ダメなのですね。)


 またしても自分の弱さ、無力さを思い知らされることになる。

 こうなることが分かっていたから最初から何も考えないようにしていたのに、どうしてわたくしはありもしない橘花復権などという希望にすがってしまうのか。

 ひざに据えていた握りこぶしも弱々しく震えるばかりで、結局自分を奮い立たせる役には立たなかった。


「おひい様、大丈夫ですか?」

「……。」


 わたくしの気落ちした様子を目聡く気付いた下女のタエが話しかけてくるものの、それに応える気もとうに失せていたわたくしはうつむいたまま黙り込んでしまう。

 どうあっても、咲き誇る橘の花を取り戻すことは叶わない。失われた誇りはあの刑苦の渦中に置いてきたのではなく砕け散っていた。


(もう、橘花には戻れない。)


 そのことに気付いてしまったわたくしは、他の者に気付かれないように秘かに落涙することで精いっぱいになっていた。


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