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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第八章 クニを盗ル(一)
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第78節 櫓を征く

「……そうだ、火。」


 大の大人が二人して道端で眠りこけている何とも言えない光景に、気持ちをすっかり奪われていたわたしは、忘れていた役目を思い出すと早速すぐそこにある階段に手をかけて櫓を見上げた。


(高いなあ……。)


 わたしは不用意に見上げてしまったことを、固唾を飲んで後悔した。

 櫓のてっぺんに見える赤く揺らいだ光のさらに向こうには、黄色い光を放つ丸い月が空高くに輝いて、この程度の高さで尻込みするわたしを笑っている。

 今のわたしに登れるだろうか。

 この櫓の階段は、階段と言っても実際には梯子と言って差し支えない急なもので、手をつかずに登れるような緩い造りの代物ではなかった。

 まして今のわたしでは、手をついたとしても登ることは難しいように見える。


(落ちたら痛いだろうな……。)


 不安と緊張で手のひらにジワリと汗が滲んでくる。

 いや、痛いでは済まないかもしれない。どうなるかは想像したくないが、きっとただでは済まない。

 賓客部屋を出てからこっち、もはや一体どうやって立っているのか自分でも分からないほどに四肢に力を感じられなくなっている。

 こんな状態ではまったく登りきれる気がしない。むしろ、途中で転落してしまう予感ばかりが湧いてくる。

 重なって見える台上の赤と天空の黄、二つの明かりを視界に収めるほどに動悸がしてきて、握った手のひらに冷や汗が滲み出てくる。


(ああ、もう。)


 心の中に臆病風が吹いていることを自覚したわたしはきゅっと目を閉じた。

 女は度胸。

 ここでうじうじしていても事態が好転することはないし、タケハヤの計画ももう始まってしまっている。彼もきっとわたしの成功を待ちわびているだろうし、今さら後に退きたくても退くことはできないのだ。

 そうして腹を括ったわたしは目を開けるとそのまま階段に足をかけて、試しにグッグッと踏みしめてみた。


(よし、いける。)


 覚悟していたような痛みは襲ってこない。

 これならきっといけると自身を得たわたしは「えい」と一息に脚に力を込めて体を持ち上げた。


「くあっ……。」


 背中が上げた悲鳴がわたしの口を通して体の外に出てきた。

 痛い。やっぱり痛かった。

 小さな歩幅で足を擦って来たここまでの道中や、倉庫の緩やかな階段とは比べ物にならない。

 先ほどから感じていた吐息の熱さがさらに増した気がする。


(だけど、そのくらいのことで!)


 今さら痛いだの熱いだのと気にしても仕方がない。そんなことはやる前から想像がついていたことだ。

 わたしは滲んだ涙を拭ってへその下に力を籠めると、容赦なく襲いかかって来る痛みを迎え撃ちながら、一段目を登った。

 こんなことに負けるか。そして二段目を登る。

 体が壊れたってかまわない。続けて三段目を登る。

 もう、ここにはいられない。立ち止まることなく四段目。

 帰るんだ。見上げた先には篝火の明かり、五段目。

 わたしはヨシノに帰るんだ。その明かりの先には黄色い月、六段目。

 みんなが待ってる。ヨシノのみんなもこの月を見ているだろうか、七段目。

 それに、くーちゃんも……。景色が滲んでぼやけてゆく、八段目。

 わたしは涙が零れても構わず登り続けた。九段目。

 一段一段がわたしの郷愁の想いの表れだった。

 それから十段目、次の段目……と登ったところでわたしは、わたしの体に起きている不思議で不快な感覚に気付いて自分の脚に視線を移した。


(あ、あれ……?)


 脚に力が入らない。持ち上げたつもりの体が持ち上がっていない。わたしの体はいつからこんなにも重くなったのか。


(え?)


 いや、それだけではない。再び頭上を見上げれば、いつからそうなっていたのか、登ったつもりの段にも登れておらず、篝の明かりは相変わらずわたしよりもずっと高いところに在り続けていた。


(何で?)


 自分の体調を確認してみても、痛みは感じていない。痛いというよりはモヤモヤとぼやけている感じだ。

 だけど体が熱くて脚が上がらない。それに腕が重い、頭が……。


(それでも!)


 もう弱音なんか吐かない。泣き言なんか言わない。

 わたしは自分にそう言い聞かせ、上がらない脚を無理やりに持ち上げて次の段にかけると、「えいっ」となりふり構わず精いっぱいの力をかけて体を持ち上げた。

 その気合の甲斐あって、今度こそ気のせいでもつもりでもなく、確かに体が持ち上がっていった。


(そう、いける。)


 自分の体の奮闘に気持ちが昂ったわたしは、再び頭を上げて遥か頭上にある篝の明かりを見上げると――


「あっ。」


 脚のかかりが浅かったのか体を持ち上げ切る前に段を踏み外してしまった。

 無情にも支えを失った自分の体重が階段をつかんだままの両腕を容赦なく伸長させ、そしてそれだけでは飽き足らず、満身創痍の背中にまでその負荷を押し付けてきた。


「ぎゃっ!」


 階段を踏み外した震動が背中を強烈に刺激し、わたしは色気のかけらもないような絶叫を上ると、為す術なく階段から転げ落ちてしまった。


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