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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第八章 クニを盗ル(一)
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第73節 神楽舞う中で(其の二 計略算用)

 再びの舞いが始まると、待ちかねた観衆の間から一斉に歓声が沸き起こった。


(十分に合図は送った。)


 あとは彼女の働きに期待するのみ。

 わしはそう割り切ると、おのれの役割に集中することに決めた。

 己が役割――つまりは目の前のトラひげに気に入られることだが、そのためには今ここで飛び切りの舞を披露してやる必要がある。


(ふふん。トラひげの奴、果報なことよ。)


 せいぜいよく拝んでおくことだ。わしは得意気になって思った。

 何しろ、異国の者が我が神楽舞を目にする機会などそうはないことなのだ。

 ましてや、それが敵対するクニの要人ともなれば何をいわんや。


(貴人も賤人も、まとめて我が舞の虜にしてやるわ。)


 わしを取り囲んでいる観衆は皆、絶えず移ろいながら舞い続けるわしに合わせて、その頭の向きを一斉に変えては同じような感情を(おもて)に表している。

 その光景は、傍から見ていればなかなか滑稽なものだろう。


(むう……それにしても。)


 これだけの数の民を一様に熱中させる自身の舞の冴えに慄きながら、わしは今一番に気にかけるべきトラひげの様子を窺った。

 しかし、相変わらずの限られた視界と絶えず舞い続ける中では、どうやっても奴の姿をはっきりと捉えることはできない。


(果たして奴の気に召しているかどうか。)


 まさかとは思うが、トラひげが下手物趣味であった場合、このような優美な舞は逆に奴の機嫌を損ねかねない。

 だが、わしはそこについてはあまり悲観していなかった。

 その理由はこの歓声と大王という奴の立場にある。

 トラひげ自身の嗜好がどういうもので、我が舞をどう評価したかは知れぬことだが、これほどに民衆の支持を集めた者を捨て置くことはできないだろう。

 自分がどう思ったかなど脇に置いて、一度は召し出して皆の前で賛辞を贈る。それが大王というものだ。

 理想は奴がわしに酌を命じるか、さもなければ直々に褒美を取らすかだが、まあ仮に宮殿の麓に呼びつけられ一言労うだけでもよい。


(あのぐらいの階段、わしならば一っ飛びといったところよ。)


 そして、わしは一瞬の隙を突いて目を白黒させるトラひげを組み伏せる。

 無論、異変を知ったクマの兵がただ黙って見ているはずがない。

 クマ兵はたちまちの内に大挙して押し寄せわしを取り囲むであろうが、そこで現れるのが秘かに「ひいの君」が引き込んだ我が精兵たち。

 クマ兵は突如現れた新手に背後を突かれ為す術なく降伏する。


(それでこの戦は終わりよ。)


 彼女の意にも沿った見事な無血平定劇ではないか。――




 そこまで浚ったところで囃子が静まった。

 我が体に染みついた神楽舞は、たとえ他のことに(うつつ)を抜かしていたとしても間違えようもない。

 わしは囃子に合わせて体を休めると、再び今宵の計画の続きを浚いはじめた。




(――だが、それもこれも「ひいの君」次第よ。)


 彼女が兵を引き込んでくれなければ、我が勇行も果敢(はか)なき蛮行に終わる。

 我が兵が柵内に引き込まれぬままトラひげに召し出されてしまった場合、首尾よく奴を取り押さえることができたとして、その後そこであやつを討ち取ることはできるだろうが、その後がいけない。


(トラひげを討てば、彼女の命は助かるかも知れんが、それではわしの命がない。)


 それはダメだ。

 わしは妄想があり得ぬ方向に進んだことで被りを振った。

 奴と引き換えにするには我が命はあまりに惜しい。

 かと言って、おのれの命こそ大事だというのであれば、そもそも最初からこのような策を練る必要がない。

 己が野望を叶えつつ、彼女もまた救う。

 そのためには彼女自身の助力がどうしても不可欠なのだ。




 そこまで考えると、我が脳裏に一つの懸念が浮かんできた。


(……それに、我が君がいつまでも待ってくれるわけではない。)


 我が君の、その穏やかな居住まいを思い浮かべたわしは、その心の内を慮った。

 悠久とも思える時の流れも人の身にしてみれば限りができてしまうように、我が君の心は大海の如く寛大な方だが、人の身である以上はそれにもやはり限度はある。


――タケハヤ。そなたならば必ずややってくれると、信じておるぞ。――


(お任せください。必ずや我が君の意に適う成果を上げて見せましょうぞ。)


 わしは己が主君からかけられた期待とその旭日のごとき姿を思い浮かべて、我が君の望みの成就を約束する。

 そして、三度目の囃子が鳴り始めた。


(いざ。)


 これが今宵魅せる最後の一差しだ。

 わしは我らが野望を叶えるための勝負の一差しを舞いはじめた。


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