表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第八章 クニを盗ル(一)
81/149

第71節 神楽舞う中で(其の一 合図送々)

 わしを中心にして起きたどよめきの渦が歓喜の嵐に変わるまでそう時間はかからなかった。


(落ち着け。舞いは心の在り方が肝要。)


 このクニにはそれほどの巫女がいないことは承知していたが、まさかこれほど熱狂的なまでに支持を集めるとは。


(まさしく舞い上がるとはこのことよ。)


 我が予想を大きく超えて急速に膨らんでゆく歓声と熱狂を一身に受けたせいで、体の運びがぎこちなくなっていることを自覚したわしは、久方ぶりの地に足の着かない感覚に気味悪さを感じながらも、気を静めることに腐心する。


(おっといかん。)


 今度は振付に集中するあまり、囃子よりも先に先に動こうとしていたことに気が付いて、よく音を聞いて呼吸を整える。


(呼吸を合わせろ。)


 音と呼吸を合わせればおのずと舞いだけが先走ってしまうことはなくなる。

 いくらか拙い動きを見せてしまったが、それに気付いた者がいたかどうか、歓声は変わることなく辺りに渦巻いている。

 囃子と呼吸を合わせ、体の先端にまで意識を集中させ舞っていると、次第に周囲の喧騒が耳に入らなくなってきた。


(彼女は合図に気付いてくれただろうか。)


 彼女と申し合わせた合図は歓声と光の二つ。

 一つ目の歓声は申し分なかった。

 ――そんなものは合図になり得ないでしょう。――

 彼女との面会を終え、これこれこういう手筈となったと伝えた時の馬子のしかめ面が浮かんできて、わしは鼻で笑い飛ばしてやる。


(どうだ、見たか。)


 あやつはこのクニの巫女の拙さを知らぬからそんなことが言えるのだ。

 わしの天女の舞いと、ここの巫女の地女(ぢおんな)舞いを同列に語るなど片腹痛いというもの。

 だからこそ、わしは絶対の自信を以ってこの歓声を合図としたのだ。


(だが……。)


 合図に不安がないわけではない。

 二つ目の合図である光――

 先程から手にした鏡で彼女の部屋を照らしているつもりだが、面をつけているせいで辺りがよく見えない上に、なにぶん舞いながらのことなので上手く合図を送れているか分からない。


(違う合図にした方がよかったか。)


 しかし、あの時思い浮かんだ候補の中ではこれが最も適当なのは間違いなかったのだ。

 もし声を上げるなどを合図にしていたら歓声でかき消される上に、巫女の正体が男だと喧伝して回るようなものだ。

 ――今さら後悔したところでどうしようもない。

 面に遮られた視界の中では彼女が部屋を出たか確認することもままならない以上、ただ彼女を信じて合図を送り続けることが、今のわしにできることなのだ。




 囃子に一呼吸入ったので、わしは舞うのをやめて息を整えた。

 すでに我がの精神は、惜しみない賞賛の嵐にも舞い上がることはなく、平静を取り戻していた。

 これならば、もうこちらの心配はいらぬ。もう一差しでも二差しでもいけるだろう。

 そうして視界に入ってきたのは、本来出番のはずだった巫女が居心地悪そうにこちらの様子を窺っている姿だった。


(すまぬ、巫女殿よ。)


 突然出番に割り込んで舞台を奪ってしまったあの巫女には悪い気もしたが、我が独壇場はもうしばし続く。


(それにしても……。)


 わしは首を流れる汗を拭うと眉をひそめた。

 此度の祭りでは座の中心に焚き火が設えてあり、巫女はその火の周囲を回りながら舞を披露する。

 それはいいのだが、焚かれた火が強すぎはしないだろうか。

 ただでさえ舞い踊って火照っている体をさらに炙りつける炎の勢いに、不快感を覚えたわしは面の下で秘かにイラつきを露にする。

 少しでも熱を取りたいのに、焚き火に照らされた半身は冷えるどころか、更なる熱を帯びて汗が滲み出してくる。

 合図に使う光はこの焚き火に頼っているので弱すぎても困るが、これはいくらなんでも――


(合図……そうじゃなあ。)


 この焚き火の中から薪の一本も取り出して賓客部屋に投げ込んでしまえば――

 彼女に対する合図にもなるし、この灼熱からも少しは逃れることができる。


(うむ、名案じゃな。)


 もはや乱心したとしか見えないあまりの名案にわしは笑みを浮かべたが、これは勿論却下する。

 次の曲が始まるまで手持無沙汰だからと言っても、いくらなんでもこれは酷すぎる。


(そうか、今ならば。)


 わしは、今度こその妙案が浮かんで何食わぬ風に賓客部屋の方を向くと、鏡を傾けて遠慮なく鏡を傾ける。

 すると、炎の光は帯となって窓を通って部屋の中へと突き刺さった。


(もう隠すことでもないのだ。)


 わしの舞いを見ながらも、不快感をあらわにする者がいた。

 わしは彼らのことを、随分と感性の鈍い者がいるものだと侮ったが、それは違った。

 わしは舞いながら、彼女への合図となる光を意図せずに周囲の者に当ててしまっていたのだ。

 彼らはそれが眩しくて眉をひそめていたのだ。

 であるから、わしが手鏡を持っていることは、すでにここにいる多くの者が承知している。

 ならば今さらこそこそと舞いに紛れて合図を送ったりせずに、今この時に堂々とやってしまえばよい。


(どうせ、それが何を示しているのか判る者などおるまい。)


 もっと早く気が付けばこんないらぬ気苦労を背負いこむ必要もなかったのだが、まあこれも我が愛嬌と言うものだろう。

 そうして十分に合図を送り満足したわしはもう一差し舞うために姿勢を整えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ