第4.8節 夜、思ひに耽る さあ行こう、憧れの地・海のクニへ(二)
※エピソードを分割挿入したため節数が小数点になっていますが、気にしないでください。
「――兄さま。」
兄さまに連れられて否応なく丘を登り始めたわたしは、疑問に思うことがあって兄さまに話しかけていた。
「なんだ?」
「父さま、おいてっちゃっていいんですか?」
「そんなことか。気にするな。ちょっと考え事してるだけで、すぐに追いつてくるさ。」
「う~ん……?」
本当にそれだけなの?――兄さまの説明が何かしっくりこなくて首を傾げたわたし。
わたしが聞きたかったのはそう言うことじゃなくって、もっとこう……。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「けんかですか?けんかはダメです。」
そう、喧嘩。わたしには二人のやり取りが喧嘩に見えていた。だからわたしは、置いていかれた父さまが気になってしょうがなくて、こうして兄さまに聞いていた。
「ん……?あははっ……そうか。お前にはそう見えたか。……でも安心しろ。喧嘩じゃない。」
「そうなんですか?」
「ああ。ちょっと父上と仕事の話してただけだ。まあ、お前には関係ないことだよ。」
「ふうん……。」
そう言われて後ろを振り返ったわたし。そう言われて見てみれば、兄さまの言ったとおりに、父さまはいつまでもそこに突っ立っているわけじゃなくて、わたしたちのあとを追ってきていた。
(あ、ホントについてきた。じゃあだいじょうぶかな?)
何があったのかよく分からなかったけれど、気が付いたらちょっと気まずい感じになっていた父さまと兄さま。でも、こうして父さまがあとを追ってきているのなら、兄さまの言う通り、別にわたしが気にするようなことじゃないのかも知れない。
そうして心配事が取り越し苦労で済んだわたし。そうしてまた前を向くと、今度は兄さまの方からわたしに話しかけてきていた。
「……なあ。」
「はい。」
「お前、父上にはずっと健在でいてほしいよな。」
「はい?」
頂上を見据えながら独り言みたいな質問をしてきた兄さま。
それってどういう意味?――と、わたしは言われたことの意味が分からなくて聞き返していた。
「……いや、何でもない。」
「……?」
すると、すぐにその質問を取り消した兄さま。
結局、兄さまは何が言いたかったの?――と、分からずじまいのわたしは首をかしげるばかりだった。
「ふう……やっと追い付いたか。」
丘の中腹までもう少しという所まで来たころにその声を聞いたわたし。振り向くとそこには、わたしたちに追いついてきた父さまの姿があった。
「父さま。」
「おう。待たせた。」
追いついて来た父さまを歓迎するわたしと、歓迎されて手を振った父さま。
すると、そんなわたしに続いてすかさず兄さまも父さまに話しかけていた。
「思ったより遅かったですね。やっぱり日頃の過労が祟ってるんじゃないですか?」
「お前はホントに厳しいな……。でも見ろ。息は上がっておらん。」
そう言うと、どうだ。と見せつけるように胸を張った父さま。でも兄さまは、そんな父さまに呆れたような視線を向けて淡泊に言い放つ。
「そりゃ、これぐらいで息が上がるようなら、いよいよ引退を検討していただかないといけませんからね。しっかりしてください、大王。」
「ううむ……。」
兄さまの手厳しい言葉に何も言い返せず、渋い顔をして唸った父さま。
さっきと同じような展開になっているけれど、でもそうなるのも当たり前かもしれない。だって、普段の在り方からして父さまよりも兄さまの方がずっと口が上手なのだから。だからこうして二人が言い争うようなことになったら、こうなるのも無理ないことだった。
「けんかですか?」
でもだからって、またあんな気まずい空気になるのはよくないこと。
だから、二人の様子を見ていたわたしは口を挟んだ。
わたしだって、ただぼーっと見ていたわけじゃない。また二人がおかしな空気を作らないように注意深く監視していたのだ。だから、父さまが言葉を詰まらせたのを見て、わたしはここぞとばかりに口を挟んでいた。
「ん?なんだ、ひい。急にどうした?」
「こいつ、さっきの会話を喧嘩だと思ってたんですよ。」
「ああ、それでか。」
「けんかはダメですよ。」
わたしは兄さまと父さまに、「めっ」とやって見せた。
この「めっ」は、よく母さまがわたしにやって見せる「やってはいけないこと」を示す態度だった。これをやられたのに、言うことを聞かずにまた同じことを繰り返すと、わたしはそのあとでこっぴどく叱られることになっているのだ。
だからわたしがこの態度を取ったからには、二人は大人しくけんかを止めなければいけなかったのだけど、返ってくるのは二人の意外な言葉ばかりで……。
「違うって言ったろ。喧嘩じゃない。お前には難しい話だから気にしなくていいんだ。」
「そうだな。別に喧嘩はしてないぞ。だから安心しなさい。」
「……あ、うん……。」
喧嘩じゃなかった。――当てが外れたわたしは、「めっ」を止めると気の抜けた返事をした。
でも、結局それが決め手になったわけじゃないんだろうけど、二人が言い争うことはもうなくなっていた。
ひい……くーちゃんからは「おひいちゃん(お姫ちゃん)」と呼ばれている主人公ですが、家族からも「ひい」とか「おひいちゃん」と呼ばれてます。
※ちなみに家族以外で主人公を「おひいちゃん」と呼ぶのはくーちゃんだけです。