第68節 チユとの遭遇
わたしはタケハヤの合図を待たずに部屋を出ると、近くの倉に入った。
祭りもいよいよ盛り上がっていて、いまさらわたしのことを見咎める人などいないことが幸いして難なく辿り着いたそこには、甕をはじめとした土器の他にも、酒や保存のきく食料なんかもしまわれていた。
――酒をいくらかでも薄めて器も詰め替えないことには、どうしてもこの役目を果たせない。
その一心で、我慢できずに飛び出してきてしまったため、急いで辺り物を物色する。
窓一つない倉の中は当たり前のように暗いが、何度か用事で入ったことのあるわたしはどこに何が置いてあるかをおおむね把握している。
(お、意外と……。)
動いてみると意外と背中の傷が気にならないことに思わぬ収穫を得た気分になりながら、わたしは適当な甕を拾い上げると、早速竹筒の中身を移し替えようとしてその栓をキキュッと開けた。
「臭……。」
気分の悪くなる臭気からなるべく鼻を遠ざけて空の甕に酒を注いでゆく。
どうしてこんな物を好んで飲むのか、男たちの理解できない領域に辟易しながらもわたしは竹筒の小さな出口から液の流れ落ちる音に耳を傾けていると――
「ひいちゃん。」
「ひぇいっ。」
トポトポという小気味よい音に気を取られていたわたしは、突然背後からかけられた声に変な声が出てしまう。
「何してるの。」
振り向かずとも分かる。この変に落ち着いて言葉に抑揚の出ない感じは。
倉の入口に立っている声の主は、下女仲間の「大中小」の「中」の人、チユさんだ。
「ひ、人違い……で、は……。」
わたしは今からやろうとしていることへの後ろめたさから、彼女と顔を合わせることもできず、ただ言葉が口から出るに任せて、どうにかやり過ごそうとするのだが――
「……。」
ほんの数歩も歩けば届いてしまうほどに近い二人の距離。
いずれ目が暗がりに慣れてしまえば言い訳もできないほどに、ここにいるはずのないわたしの姿形まで分かってしまうかも知れない。
この倉の中まで十分に届いている祭りの喧騒が二人の間を取り持っている。
そして、彼女の耳にまで届いているのか分からない酒が注がれる音がジリジリとわたしの焦燥を掻き立てていた。
「そう。」
チユさんはそれだけ言うと、何事もなかったかのように中に入り、置いてある大酒甕から彼女が持って来た小甕に酒を注いで、さらにいくつかの器を見繕い、それらを持って倉を出て行く。
「無理しないで。」
「あ、うん。」
わたしが返事をしたときにはもう彼女は行ってしまっていた。
去り際に言われたその一言に、彼女の心の底にある優しさを垣間見た気がして、わたしは、
「ありがとう……。」
と、そう呟いた。
そして気が付けば逆さにした竹筒はいつの間にか空になり、零れ落ちた最後の一滴が甕の中の水面を揺らした。




