第63節 祭り潜入
わしは馬子と共に祭りの会場からやや離れた物陰に身を隠すと、その様子を窺った。
どうやら、祭りはこれから益々盛況となるようで、その機を的確に見定めた馬子の判断に間違いはなかったと思い知る。
会場の方々で、櫓に組んだ焚き火を大勢で囲み、その輪の中で踊っている巫女を、皆が笛、太鼓、手拍子、かけ声などで囃し立てているその様は、如何にも年に一度の祝い事と言った風情を感じさせた。
(ううむ。それにしても……。)
やはり人の多い柵だけあって、その規模も相応に大きいものだった。
これほどの人数の民の中で乱戦になってしまった場合、無事に兵をまとめることができるのだろうか。
わしの中では、不安も自信も相半ばでせめぎ合っている。
(そして、奴は……。)
わしはトラひげの定位置と思しき宮殿の方に目を向けると、奴はお気に入りと思われる階段ではなく、その上の宮殿の露台に設えた床几に腰掛けて、祭りの様子を見下ろしながら、大盃で酒をあおっている様が見て取れた。
(よし。まあ、思った通りだ。)
過去に招かれた宴の時はトラひげも下に降りていたのだが、柵内の民のほぼすべてが集う祭りともなると、高台にいた方が何かと都合がよいのだろう。
いつもより目立つ場所にいるが、まあ想定内と言っていい。
大体の位置関係は分かった。わしは馬子に向き直ると互いにうなずき合った。
「それでは、ご武運を。」
「一緒に来てはくれんのか。」
「無理ですね。」
「釣れないな。貴様は人の情というものを知らんのか。」
ニコリともせずに別れを告げ去ろうとする馬子に、冷たい奴め、と非難してみせる。
「わたしにも為すべきことがありますから。」
「であろうな。そうせよと言ったのはわしじゃ。」
そんな軽口など交えて緊張をほぐそうとするわしに、馬子はろくに取り合うこともなく一礼するとその場から去ってゆく。
「あ、待て。」
「まだ何か?」
再び呼び止められた馬子は嫌な顔一つせずに振り返った。
「わしは、臭くはないか。」
わしは不意に浮かんだ疑念を正直に訊ねてみる。
衣には何やら知れぬが、好き香りのする香が焚き込めてあるが、肝心のわしの体の方が、厩の、しかも秣の中に潜んでいたため、馬匹の匂いが染み付いていないか気になったのだ。
「それは……大丈夫だとは思いますが。」
そこまで気が回っていなかったと見えて苦い顔をする馬子。
「――では、これを。」
そう言って馬子が懐から取り出したのは小さな袋だった。
「なんじゃこれは。」
「薬草です。本来は馬に与えるものなのですが、傷薬としても使えますし香りもよいです。燻すなり擦り込むなりしてください。」
秣の匂いを気にしているのに、結局秣ではないか。
わしはそう思い渋い顔をしたものの、渡された袋を恐る恐る鼻に近づけてその匂いを確認すると、鼻を通り抜けるような爽やかさと柔らかな甘い香りが合わさっていて意外と悪くはない。
「……まあ、良いだろう。」
そう言っては見たものの、実はまあ良いどころか、かなり良い。
しかし、こやつのすることを手放しで褒める気もなれず、わしは渋々といった感じを醸し出して見せる。
「もうよろしいですね。」
納得したわしは、そう念を押す馬子に手振りで「もう行け。」と告げる。
わしは、今度こそ忍びながらも足早に去って行く馬子の背中を見ることもなく袋を懐にしまい込むと、この後の手順をぽつぽつと反芻していた。




