第61節 不退転の決意
その日は朝から大忙しと言った風だった。
早くも祭りの当日になっていた。直前の準備とあって、忙しない気配を部屋の外に感じながら、わたしは賓客部屋で体を休めていた。
背中の傷は未だに癒えず、腫れからくる熱も痛みは一向に引く気配を見せないが、傷は塞がり、どうにかこうにか無理をすれば歩けないことはなさそうだった。
あの夜以来、タケハヤはわたしの前に姿を見せていない。
(もしかして、熱に浮かされてみた幻夢だったのでは。)
現実感の湧かない曖昧な記憶に未だにそう思うことも多い。
しかし、そのたびに毛皮で覆い隠した竹筒がわたしの体に触れて、あれは夢ではなかったことを教えてくれた。
窓から覗く空は高く、肥ゆる季節と呼ぶにふさわしいものだった。入ってくる風はすっかり乾いて冷涼な空気を部屋の中に運んでくる。
(やるのかな、本当に……。)
受ける風にどこか寂しいものを感じながら、決心が鈍っていることを自覚する。
タケハヤの計画を実行すれば、このクニの兵だけでなく民の間にも混乱が巻き起こるのは避けられない。
彼は死人を出すつもりはないと言ったが、実際に彼の兵が乱入すればそんな「つもり」などどこかに吹き飛んでしまうだろう。
(このまま何事もなく平穏に過ごすことはできないのかな……。)
姿勢を変えようともぞもぞと少しだけ体をよじる。
(うあっ……。)
ただ、それだけのことでビリビリとした痛みが背中に走り抜ける。
(やっぱり無理だ。明日になればまたきっとあの棒叩きが待っている。)
背中の痛みがわたしの淡い期待など叶わないということを否応なしに思い出させる。
そうだ、この生乾きの傷があの仕打ちを思い出せと言っている。
繋がれた腕。
冷たい地面。
剥かれた体。
トラひげの嬉々とした顔。
おひい様の昏く沈んでこちらを見ようともしない姿。
振りかぶる音。
迫る恐怖。
数える声。
唸る棒。
走る激痛。
絶叫。
飛び散る血。
……。
思い出すだけでも体が震え、鼻がツンと痛んで、涙がこぼれ出て叫びだしたくなるほどの苦痛。
(嫌だ……。)
それだけは嫌だ。もう耐えられない。
(……だから、やるしかないんだ。)
わたしは決意を新たにして外の様子を窺う。
祭りの準備は着々と進んでいるようで、祭りが始まるまで待ちきれなかったらしい人たちは、一足早く会場に足を運んですっかり思い思いの場所に陣取っている。
まもなく開宴といったところだろう。
「今さら後には引けない……。そう、引けないんだ。」
わたしは、そう自分に言い聞かせるようにして手を握り締めた。




