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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第七章 終焉の到来
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第60節 橘花の懊悩

 一人、部屋に籠るとわたくしは頭を抱え込んでうずくまっていた。

 誰も来ることのないわたくしだけの部屋。タエには誰も通さないように言ってある。


(ごめんなさい……。ごめんなさい……。)


 昼間の光景が浮かんでくるたびに謝罪の言葉を繰り返し念じている。

 棒で打たれる彼女のあの瞳。助けを求めてわたくしを見るあの瞳が脳裏に焼き付いて離れない。

 どうしてこんなことになってしまったのか。


(何がいけなかったの?どこで間違えたの?)


 あの日、彼女を牢から出すなどという慈心を見せなければ、わたくしも彼女もこんな辛い目に会わずに済んだのか。


(わたくしに彼女は救えない。)


 自分の無力さへの失意と、彼女への罪悪感がわたくしの心を苛んで止まない。


――心配いりませんよ。わたくしの手の届く限り――


 平時には威勢の良いことを言っておきながら、いざとなったら尻込みして何もできないこの体たらく。自分はそんな卑怯な人間だったのか。


(もう許してください。)


 どれだけ謝っても、知りたくなかった自分の一面を容赦なく突き付けられるこの絶望感。

 それを突き付けているのは彼女のあの瞳だった。

 自分の心の真中に居座った彼女があの瞳で、部屋の隅で威厳も何もないような格好でうずくまるわたくしの姿を見つめている。


(もうやめて。)


 そう念じれば、ほんの一時ばかり彼女は消え失せるが、次の瞬間にはまた同じところに現れてわたくしを見つめ続ける。

 どこからやり直せば、何をやり直せばこの苦悩から逃れられるのか。

 大国クマの姫としての誇りだ、矜持だと自分を律していたつもりでも、今のわたくしはこの有様。


(これが本当のわたくしだというの……?)


 彼女に見られれば見られるほどに、かつての自分の滑稽さ、今の自分の矮小さが惨めに思えてくる。


(彼女が罰せられるなんてあってはならないこと……。だけど。)


 彼女にまったく罪がないわけではないが、あれはやりすぎ。

 だから、刑に苦しむ彼女のことが哀れでもあり、また同時に恨めしく思える。


(わたくしは彼女のせいで高女としての誇りを失ってしまった。)


 どうして、わたくしをあの凛として気高くあったこのクニの姫君のままでいさせてくれないのか。


――心配いりませんよ。わたくしの手の届く限り――


 あの日、あんなことを言わなければ、これほどまでに苦しむこともなかったのか。

 あの時、わたくしにそう言わせたのは彼女。


(彼女が。彼女のせいで……。)


 彼女さえ来なければこんなに自分を責めることもなかった。これほどに懊悩することもなかった。


(いいえ。)


 違う。分かっている。すべては自分の心の弱さの問題。

 そう分かってはいても、雨季の黴のようにわたくしの心をジワジワと蝕み続ける彼女への怨毒を止めることができない。

 弱いから恨む。弱いから誰かのせいにする。


(そう、わたくしは弱い……。)


 今回のことで散々思い知らされた。

 今さら自分が強い人間だなんて思うことはできない。


――心配いりませんよ。――


 あんなものは所詮、弱い人間が自分を大きく見せるために口走った妄言。

 そんな空言を信じてわたくしを慕うなどといい迷惑。


(……そう、迷惑だった。だから、彼女を恨むのも仕方がないのです。)


(いいえ。)


 違う!そうではない。

 彼女を恨むのは筋違いと言うもの。それは分かっている。

 自分の弱さを認めたくても認められない。

 何とか前を向こう、前に進もうとして足掻いてみても、どうやっても悪い方向を向いてしまう。


「く……。う……。ああ……。」


 誰もいない部屋の隅にあって、わたくしの嗚咽を聞くのはわたくし唯一人。

 情けない。自分の弱さが情けない。


――心配いりませんよ。――


 あの日、自信たっぷりに彼女に嘯いた言葉が何度も何度も鮮明に蘇っては、冷え切ったわたくしの心をしつこいくらいにチクチクと苛んでくる。

 知らぬ間に流した涙が一粒、ポタリと落ちた。


(あの娘が……。彼女が……。)


 そう、あの娘が。あの娘がいけない。彼女が悪い。彼女さえいなければ。

 あの娘がわたくしからこのクニの貴人としての誇りを奪っていった。


――心配いりませんよ。――


 あの時のわたくしは確か貴き姫君だった。このクニに在ってただ一輪だけの凛然と咲き誇る橘の花だった。

わたくしになら彼女を護ってあげることができる、そう思っていた。その真心、良心に偽りはなかった。

 そして、それを言わせてくれたのは彼女。


「あ……あああ……。」


 彼女を恨もうとすればするほど、「おひい様。」とわたくしを呼ぶあの娘の笑顔が浮かんできては、自身の性根の卑しさを知って打ちひしがれる。

 橘の花は失われた。部屋の片隅で惨めにうずくまる花など橘ではない。




(ああ、彼女に会えば取り戻せるでしょうか。)


 彼女に奪われたなら誇りなら、彼女に会えば取り返せるかも……。


(そうです。これならば確かに。)


 ふと思い付いた案に伏せっていた顔を上げる。


(いや、だめ。できない。)


 彼女のあの瞳が思い出される。

 絶望の渦中で、ありもしない救いを求めてこちらを見るあの瞳。

 あの瞳を向けられて、助けを求めていることが分かっていても、何もできなかった自分には彼女に合わせる顔がない。


(万一、彼女に恨み言など言われたら、ああ……。)


 想像するだけでも恐ろしい。

 せっかく上げた頭を支えることもままならず、再びひざに顔をうずめる。


――心配いりませんよ。――


 うるさい。あの娘もあの時のわたくしも、いい加減わたくしの中から消えてなくなって欲しい。

 ああ、寒い。考えるほどに、頭は熱くなるばかりなのに体が冷え切っている。

 とても暗い。考えるほどに、火が灯る部屋が暗闇に呑まれている気がしてならない。

 わたくしの部屋はこんなにも寒く、暗かっただろうか。


――心配いりませんよ。――


(ごめんなさい……。許して……。)


 いくら考えがまとまることはない。同じところをぐるぐると回り続けている。

 何について謝って、誰に許しを請うているのか。それすら分からなくなってもなお、わたくしはこの暗い部屋の中で答えを探しもがき続ける。

 それ以外にこの苦悩から解き放たれる手段を思い付くことができなかった。


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