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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第七章 終焉の到来
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第46節 凶刃

 わたくしは急変する事態についてゆけず、呆然とその成り行きを見守っていた。

 あれほど良好だと思われたヨシノ国の使者が、突然の服従勧告のみならず、わたくしを人質に、と通告してきたことだけでも即座には理解が追い付かなかったところに、養父(ちち)大王(おおきみ)の激昂、ひいちゃんの乱入、タケハヤ様の逃亡と、続けざまに起こる出来事にどこから手を付けてよいのか分からず、ただただ自失するばかりだった。


「よくもやってくれおったな!」


 養父は直ちにタケハヤに追手を差し向けると、そのまま流れるように気を失っているひいちゃんの髪をむんずと掴み上げてその顔を悪鬼のごとき形相で睨みつけていた。


「やはり間者か!」


 そう言うと手にした剣をひいちゃんの首に当てる。そして、その憎悪の念のこもった刃で彼女の命を奪おうとしたその時、


「いけません!」


 我に返ったわたくしは咄嗟に制止の声を上げる。


「お養父様(とうさま)!いけません!」


 養父に聞こえているか不安になって、今一度制止の声を上げる。

 養父は鼻息荒くギラギラと殺気立った眼だけをこちらに向けてきた。


「ひっ……。」


 その獰猛な眼差しに気圧されて、たまらずに吸息の音が漏れる。

 どうにかして養父を諫めたいが、あの眼で睨みつけられた途端に言葉が出てこなくなる。

 心臓が鷲掴みにされたようにぎゅっと痛み、全身から汗が噴き出してくる。


「何卒……何卒……。」


 必死に寛恕の言葉を紡ごうとするが、あまりの恐怖に言葉が続かない。

 恐ろしい。

 以前から養父の粗暴さを憂いてはいたが、自分にその矛先が向けられることはなかった。


「お願い……申し上げます……大王様……。」


 情けなくも抜けてしまった腰で平伏して乞い願う。

 ひいちゃんの命がかかっている。できる事なら彼女に覆い被さってでも聞き入れてもらいたかったが、恐ろしさのあまりその場から一歩を踏み出すことができない。

 言うことを聞かないのは脚ばかりではない。手も、体も、汗、涙、心臓、呼吸……すべてが自分の意思とは反対に働いて、この状況から逃れようともがいている。


「……。」


 顔を上げることができない。言葉も続かない。ひたすらに平伏し床を見つめ続ける。

 はっ、はっ、という自らの呼吸の音が不自然なほどに脳裏に響く。


 ――それは大変な苦労を――


 不意にひいちゃんと初めて言葉を交わした時のことが思い出されれる。


 ――苦労にどのように報いれば――


(わたくしは何もわかっていなかった。彼女が何と戦っていたのか。気持ちを分かって彼女に寄り添った気になっていただけ……。)


 ――心配いりませんよ。わたくしの手の届く限り――


(ひいちゃんはこんな人に立ち向かっていたのか……。わたくしは可哀そうな彼女に救いの手を差し伸べる自分に酔っていただけなのだわ……。)


 なんという浅ましさであろうか。誰かを助け、慈しんだ気になって自分が立派な人間であると思い込んでいただけだった。


「どうか……。」


 必死の思いで絞り出しても口を突いて出てくるのは、このたった一言が精いっぱい。

 わたくしはこのクニの貴人として誇り高くあろうとしていたし、自分にはそれができると思っていた。

 しかし、今こうして養父の殺気紛いの怒気に怯え、自分にその矛先が向かないように小さく丸まっているのが現実だ。


(これではわたくしはただの匹婦。)


 恐ろしい。逃げ出したい。できる事ならそうしていたかも知れない。しかし体が言うことを聞かない。

 どれだけ振り払ってもふつふつと湧き出てくる卑小な感情に覆い尽くされないように唇をかんで耐える。

 額づいて乞い願うことしかできない。


(ああ、わたくしはこれほどに無力だったとは。)


 滲んでくる涙がこぼれないよう目元にためて伏せったまま養父の出方を待つ。


「よかろう。」


 と養父の言葉。

 願いが聞き届けられたことがにわかには信じられず、半信半疑のまま額づいていた面を上げて養父を見る。

 見上げた養父の形相は、まだいくらか険しさを残していたが、平静を取り戻しているように見える。

 養父はわたくしと目が合うと、ひいちゃんの首にあてがっていた剣をおもむろに離した。

 よかった。諫言を受け入れていただけた養父の寛大さに感謝の念を抱く。


「だが。」


 安堵の吐息も束の間。

 養父は酷薄な笑みを浮かべると今一度彼女に刃をあてがい、そのまま息もつかずにその凶刃を引いた。


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