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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第七章 終焉の到来
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第45節 決別の交渉

 タケハヤが火を着けた郷愁の想いはわたしの心を炙って止まず、憂鬱な日々を過ごすことが増えていた。

 そんな中、彼が現れた。

 色づき頭を垂れた稲穂を刈り取り、豊穣を祝う祭の準備が着々と進められる中、タケハヤが今一度このクニの門戸を叩いたのだ。




 宮殿に通された。此度はここで謁見をするつもりのようだ。

 わしは案内されるまま部屋の中央に座るとそのまま目を閉じこれまでのことを振り返る。

 一度目は俘虜として広場にて縛られた状態で。

 二度目は賓客として広場にて床几を出され。

 そして――

 三度目は貴賓として宮殿に通された。

 このクニに於けるわしの立場もよくよく高まっていると見える。

 はじめクマ大王(おおきみ)はヨシノ国のことを知らないようだった。にも拘らず、わずか三度目でこれほどの信頼を得られようとは、よほど贈り物が気に入ったと見える。


(贈った甲斐があったというもの。)


 つい口元が緩みそうになるがそこはぐっとこらえる。

 大王はまだ姿を見せない。それで勿体つけているつもりだろうか。

 眼を開けば、向かって左手には姫君が座っておられる。

 その佇まいに凛とした気品が感じられ、貴人とはかく在るべし、という見本のような居住まいに、いつ見ても麗しいことだ、と感心する。

 そしてそのそば近くの露台に目立たぬように控えているのが、周囲から「ひい」と呼ばれるあの娘だった。


(そういえばまだ名を聞いていなかったな……。)


 何と迂闊な。相手の名を知らぬなど、これでは信頼を得られなくて当然ではないか。

 しかし、今さら名を問うのも野暮と言うもの。どうにかして彼女の名を知らねば――


(いや、そうではない。)


 今はどうやって彼女に気に入られるかなどということを思索している場合ではない。そう自らを戒めると、あらためて周囲を見渡してみる。

 姫君のほかにも幾人かこのクニの重臣が居並んでいるが、取るに足らないような小者の集まりだ。


(誰も彼も卑屈そうな目をしておるわ……。)


 あまりの残念な光景に意図せずに鼻から息が漏れる。

 こういう者たちを取り巻かせているのがあの男の器なのだろう。

 此度の用向きについて迷いがないわけではなかったが、ここにきて決心が固まる。

 しばらく待つと、十分に焦らしたと見たのかトラひげが部屋に入ってきた。

 わしは深く頭を下げ奴が座るのを待つ。

 一様に頭を下げた重臣どもの前をズカズカと通り過ぎたトラひげは上座にドカと腰を下ろすと、


(おもて)をあげよ、タケハヤ殿。いや、ヨシノタギリビコ殿と呼んだ方が良いかな。とにかくよく来た。急なことで大したもてなしはできないが、ゆるりと逗留されるがよい。」


 トラひげはガハハと豪快に笑いながらこちらを労っていた。

 何とも上機嫌なことだ。此度も何かを傑品を持参したと信じて疑わないらしい。

 ならばこちらもやりやすい、思い切りやってくれよう。


「クマ大王に申し上げる。心して聞かれよ。」


 わしは頭を上げるとトラひげの眼をギッと見据えて続ける。いつもとは違うわしの挑戦的な口調にトラひげの笑顔がこわばるのが見て取れる。


「上意。」


 この言葉に反応した奴の眉がピクリと動く。

 自分が一番上と信じて疑わない者には、この言葉はさぞ不快なことだろう。予想した通りの反応が得られたことに自信を得たわしは威勢よく続ける。


「貴、クマ国は速やかにヨシノ国に従うべし。その証として貴国高女、タチバナヒメをヨシノへと差し出すべし。尚、これに従わぬ場合、ヨシノ国はその武威を以ってクマ国を打ち滅ぼすものである。」


 言い切ると一礼。そして頭を上げることなく静止し、相手の出方を窺う。


(さあ、奴はどう出る?)


 それにしても、いつもながら惚れ惚れする口上ぶりだ。姫君を差し出せなどと適当なことを並べているだけでもこういう手合いの冷静さを奪うには十分な様式であろう。


「……何と申した?」

「……。」


 奴の問いにも姿勢を保ったまま沈黙を以って答えとする。

 顔を上げずとも奴がギンギンに見開いた血走り眼でこちらを睨みつけてくるのが分かる。

 痛いほどの視線だ。

 怖いもの見たさにチラと奴に目線を向ければ、奴の手が、体が、ブルブルと震えているのが見て取れる。


「よくもぬけぬけと言いおったな!」


 奴の怒号が我が身を襲い、通り抜ける。


(かかった。)


 激昂するトラひげに、我が策は成れり。と心の内でこぶしを強く握るとさらに追い打ちをかけるべく、


「ひぃぃぃっ……。」


 と、いかにもそれらしく甲高い悲鳴を上げて尻餅をついて後ずさって見せる。

 想像していたよりもわざとらしくなってしまったか。

 いや、これでよい。今の奴ならこのぐらいわざとらしい方がより頭に血を上らせることができるだろう。


「手厚くもてなしてやればつけあがりおって!生きては返さんぞ!そっ首刎ねてヨシノに送り付けてくれる!」


 トラひげはそう怒鳴ると、傍らに置いてあった十拳剣(とつかつるぎ)をガッと掴んでズラッと鞘から引き抜いてズカズカとこちらに向かってくる。

 それを見たわしはいきなり斬りかかられることだけに注意を払いつつ、それと気取られぬようにわずかに腰を浮かして様子を見守る。


(おおう、憤っておるわ。)


 奴の血走り眼はその顔から飛び出さんばかりの勢いだ。

 あまりにもきれいに策に嵌ってくれるトラひげについ口元が綻ぶ。


「いや、それだけでは済まさぬぞ!生きたまま(はらわた)を引きずり出し少しずつ刻んでくれる。亡骸はバラバラにしたのちに打ち捨ててケモノの餌にしてくれよう!」


 もう十分だろう。あとは包囲される前にここから逃げ出すだけだ。

 怒髪が天を衝きそうなトラひげの口上に、返って笑いがこみ上げて噴き出してしまいそうなのを堪えて退散しようと腰に力を入れた。その時、


「いけない!」


 トラひげに飛びかかる人影がいる。


(何だ?)


 激昂するトラひげに抱き着いて乱入してきたのは例の彼女、「ひいの君」だった。

 彼女はトラひげの剣を持った腕に絡みつくと引きずられるような姿勢になりながら、


「逃げて!」


 と必死の様相で警告する。


(まさかそなたがわしを庇うなど……。)


 なんということだ。

 言われずとも逃げ出す算段であったが、思わぬ乱入者につい体が固まってしまう。

 あのトラひげ、おのれの前に敢えて立ちはだかろうという者に容赦するような手合ではあるまい。

 このままでは彼女が危うい。

 他方、トラひげは腰抜けの使者より、まず利き手に絡みつく女を排除すべしと判断したようだ。

 自身の上体ごと彼女を右に左に振り回して引き離すと、そのまま彼女の髪を掴む。

 そして、思い切り床に叩きつけた。


「あっ――」


 わしにしか聞こえていないのではないかと思われるほどにごく小さく短い彼女の悲鳴と、広い宮殿の外にまで響いたのではないかと思うほど強く床に頭を叩きつけられた鈍く重い音。

 その音に周囲の者の騒音など一瞬にしてかき消されてしまう。

 「ひいの君」は動かない。そのまま気を失ってしまったか、或いは……。


(いかん!助けに入りたいが、しかし……!)


 わしは脳裏をよぎった凶事を必死になって振り払っていた。

 ここでそうしたら、彼女もわしも命はないであろう。それではこれまでの仕込みがすべて無駄になってしまう。得るものが何もない。それだけは……それだけは避けねば。


(くぅっ!すまぬ!)


 わしは血が噴き出しそうなほどに歯を食いしばって横たわる彼女に背を向けると、心中で謝罪を念じながらその場から脱兎のごとく退散した。


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