第44節 清掃中に
もう、何を聞き出そうという気にもなれなくなったわたしが、結局あれから一度も彼の部屋を訪うことのないまま、タケハヤは牧の完成を見届けると人足を引き連れ帰って行った。
「馬子としてお使いください。」
そう言われて残された者が一人、タケハヤは出立の前日に彼をわたしに引き合わせると、
「同郷の者同士仲良くしてやってくれ。」
と紹介した。
紹介された彼は何も言わず頭を下げたのみで、名を聞いても「……ない。」と怒ったように答えただけだった。
「はあ……。」
わたしは手を止めてため息を漏らす。
「どうしたの?」
例によって二人でタケハヤが使用していた部屋の清掃をしていると、いかにも楽しそうに手を動しているサヨが話しかけてきた。
口を動かしても手を止めないその姿勢にいつもながら感心する。
「あ、分かった。使者のお兄ちゃんのことでしょう?」
ヨシノのことを考えてたところに予想外のことを指摘されて眉をひそめてサヨを見る。
サヨは何を勘違いしたのかお見通しだよとばかりに続ける。
「分かるよ、その気持ち。それで、うまくいったの?」
こいつ、皆が気を使ってサヨには気付かれないようにしていたのに、いけしゃあしゃあとそれを聞いてくるのか。
どこで憶えたのか、いまいち品のない笑顔を浮かべながら問うサヨにわたしは答えた。
「違うから。あとそういうことは言わないの。」
「はあい。」と間延びした返事をしながら作業を続けるサヨを見ながらわたしは考えていた。
(分かってない。何も分かってないよサヨよ。)
わたしは故郷のことを考えていたんだよ。そう、ヨシノのことを。
タケハヤに紹介された名無しさんとヨシノについて語らうことでもできれば、少しは気も晴れたかもしれない。
だが、名を聞いたときのあの態度、取りつく島も見出せないまま彼の元に飛び込むだけの勇気はなかった。
そもそもタケハヤが置いていった人間が本当にヨシノの人なのか。いや、そんなことはどうでもいい。とにかくヨシノに帰りたい。家族に会いたい。それに…。
(会いたいよ……。)
望郷の想いが顔に出ているのか、サヨが手を止めてわたしを心配そうに見つめていた。
「サヨ。……おひい様やタエさんを大事にしてね。」
今、この子にとって家族と言えるのは、引き取ってくれたおひい様と育ててくれたタエさんの二人だろう。その中には寝食を共にして長いチユさんも入るかもしれない。
どうしても気分を持ちなおせず、寂しさの滲む笑顔を向けたわたしの言葉に、サヨは首を傾げた後、「うん。」と元気よく返事をした。




