第42節 夜明けと共に
「明日も早いのだ。わしはもう寝るぞ。」
わたしの拒絶が、実はよほど堪えていたらしいタケハヤは不貞腐れた様にそう言うとゴロンと寝ころび、間もなくがーがーと寝息を立て始めた。
寝ると言って、そしてその通りに寝た。
だからと言って安心できるはずもないわたしは、部屋の隅の方で膝を抱えてタケハヤの動向を監視する。
早く部屋に帰りたいけど帰れない。
彼を袖にしたところで、よもやトラひげに告げ口するとは思えなかったが、万一トラひげの耳に入ろうものなら奴は嬉々としてわたしを罰するだろう。
それにわたしの気持ちを無視して手を出す気はないという彼の言も完全に信じられるものではない。
だからこうして、彼を見張って夜を明かすしかない。
もう寝たのかな。いや、まだ油断できない。そんなことを繰り返しやっているうちにだんだんと眠気が襲ってきて、ふと気が付けばどこからかカラスがカアと鳴く声が聞こえて、朝の足音を感じるころになっていた。
わたしは寝たままの彼を起こさないように足音を殺して部屋を出ると下女部屋に向かった。
まもなく夜明けだ。このまま起きていても良かったのだが、一晩中ひざを抱えて舟を漕いでいただけではさすがに眠い。
こっそりと部屋に入ると、寝ているサヨを踏まないように気を配りながら自分の寝床に戻るなり目を閉じる。
(なんだかとても疲れた……。)
少しでもいいから睡眠を取りたかった。
「ひいちゃん、起きてますか?」
そう言われて目を開ける。声の方を見やればタエさんが部屋の入り口に立ってこちらを窺っている。
「タケハヤ様がお召しですよ。」
わたしと目が合うとタエさんはそう続けた。
ぼうっとする頭を醒ますように大きな伸びと欠伸を一つするとチユさんもサヨも既にいないことに気付く。
外はもうすっかり明るいようだ。鑑みるにもう太陽はてっぺん近くまで登っているのかもしれない。
外に出るとはやり高いところに太陽があった。タエさんに寝坊を詫びると「いいのですよ。」と寛容な答えが返ってくる。
それは良いのだが、彼女はなんだかとても満足したような顔でこちらを見ている。
言葉には出さないが「うまくやったようですね。」と表情が言っている。
そんな温い眼差しが、タエさんが昨夜の事情を誤って察していることを物語っている。
(いや、何もやってないから。そんな顔しないで。)
タエさんは普段は私情を挟むような人ではないのだが、こと男女のことになると、彼女自身にも年ごろの娘がいるせいか、やたらと人の背中を押したがる癖があった。
普段はもっぱら彼女の娘さんとおひい様に矛先が向いているのだが、思いがけずタケハヤからの呼び出しがかかったことで、わたしにもその矛先が向けられたようだ。
「兵舎の前の空き地でお待ちですよ。」
そういえば宴の席で彼が、そこに牧を作りたいようなことを言っていたのを思い出す。
この柵に一つだけある入口の反対側にある一区画を牧にするために、タケハヤは予め人足を多く引き連れて来ているようだった。
どうやら彼は牧の完成を見るまでしばらく逗留するつもりらしい。
タエさんの言葉にうなずいたわたしは指示された場所に向かっていった。




