第41節 一夜の出来事(後編)
ああ、穴があったら入りたい。今すぐ消えてしまいたい。こんな夜半にノコノコと男の部屋に出向くなんて……。
自分の迂闊さが恨めしい。
思い返してみれば、タエさんもチユさんもなんで何も教えてくれなかったのか、その理由がようやく分かった。
(言えるわけないよね、サヨが起きてたんだから。)
さすがにあの子にはまだこんなことは聞かせられない。もっと大きくなってからでないと。
――しっかりね。――
タエさんがすれ違い様に忠告してくれたことの意味もようやく理解する。
聞き違いじゃなかった。でも気付くのが遅い。今さらそれに気が付いたところで何になろう。
わたしがサヨぐらいの齢ならまだ何も分かってないから、で済むだろう。
だが情事に関心が薄いとは言え、わたしはもういい大人だ。
それとなく忠告まで受けておいて、この有様では無垢というより無知、純情というより鈍情。
「そんなに落ち込まなくてもよかろう。」
タケハヤの目も憚らずに頭を抱えこんで丸くなるわたしの背をポンと叩くタケハヤ。
(ちょっ……ち、近寄らないで……。)
頭の中も気持ちもぐちゃぐちゃになっているところに彼からの不意の接触を受けて、わたしは腰を上げる余裕もないままドタドタと逃げるように離れる。
そのまま逃げ場のない部屋の隅まで退避すると、わたしは全身の毛が逆立つほどに警戒心を露にして彼を睨みつける。
一方のタケハヤはそんなわたし勢いに押されて「うおっ。」と言いながら尻餅をついたままこちらの様子を窺っている。
そしてそのまましばらく膠着が続いて……。
いつまでも部屋の隅で手負いの動物よろしく心を許さないわたしに飽いたのか、タケハヤは大きなため息を一つ吐き眉尻を下げて言った。
「……そなた、わしに聞きたいことがあったのではないか?」
その指摘にわたしは今までの緊張感がまるで霧の如く消し飛んで何のために彼の部屋を訪ねたのかを思い出す。
「ヨシノのことを教えてください。どうなってますか?」
「教えられんな。」
今の今まで警戒態勢であったことも忘れて姿勢を正して、前のめりに詰め寄って問うわたしに座りなおしたタケハヤが答える。
「なぜ?」
「クニの大事。」
わたしの要求は、このあいだと同じやり取りで拒絶されたが、ずいぶんと簡潔になった。
しかし、ここまでは想定内。わたしはこの状況を打破すべく「むむ……」と思索にふける。
(何でもいい。どうにかして彼から情報を引き出したい。)
すると、とあることが閃いた。これならいけるのではないか。
「……友国の大王をトラひげ呼ばわりするとは不敬ではありませんか。」
確かにこいつはトラひげのことをそう呼んでいた。これをダシにして強請ればあるいは……。
「そなたとておのれの主君をトラひげ呼ばわりしておるではないか。わしはそれに倣ったまで。」
「わたしは大王ではなく、おひい様に仕える者ですから。」
「詭弁じゃなあ。」
何とか押し通そうとするわたしにタケハヤも一歩も引かない。
「ではこのことを大王にお伝えしてもよろしいので?」
「あの男がそなたの言を信じるとは思えんが?」
「……。……そんなことはありません。」
「間者ではないかと疑っている者の言を誰が信じるものか。」
痛いところを突かれる。こいつの方が一枚上手か。
「どうしても教えてもらえませんか?」
「うむ。無理じゃな。」
たとえ得られた答えが「知らない」、「分からない。」でも上出来だと思っていた。
それならば彼がヨシノの人間ではないことがはっきりするのだから。
しかし、「言えない。」では何も進展するものがない。
「ところで……。」
彼を言いくるめるための次の句がどうしても出て来ずに歯噛みするわたしに、タケハヤが肩を落として話題を変えて言った。
「……わしはそんなに気に召さんか?」




