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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第一章 二人の絆
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第4.1節 夜、思ひに耽る 昔の話(二)

※エピソードを分割挿入したため節数が小数点になっていますが、気にしないでください。

 ところで、すぐ近くにあるくーちゃんのムラの存在すら知らなかったこの頃のわたしが、どうして「海のクニ」なんて知っていたのか。

 それは、いつだったか父さまが「海」と「海のクニ」について話してくれたことがあったから。特に海水のことを知った時の驚きと言ったらもう……。




 ――それを初めて教えてもらったのは、さらに小さかった時のこと。

 まず、「海」と言うのは果ての見えない大きな水溜まりのことだ。と、父さまは教えてくれた。

 それから、海の水は波打ったりうねったり絶えず動いていて、岸に寄せたかと思えば返すことを繰り返すのだ――とも。

 また、その水はすごく塩辛くて、沸かすと白く凝り固まる。そうやってできるのが塩なのだ――と、最後にそう付け加えてくれた。


「ほんとうですか?」

「ああ本当だとも。ううむ……よし。今度行った時、海の水を持って帰って来てやろう。」

「え?あ!や、やくそく?」

「ああ、約束だ。」


 その言葉を聞いたわたしは目を輝かせて喜んでいた。だってそんな水、本当にあるなら是非とも見てみたかったのだから。それを持って帰ってきてくれるって言うのだから、これはもう嬉しくないはずがない。

 ――で、そんな他愛もない会話があったことも忘れたころになったある日。


「ほら、見なさい。これが海の水だ。」

「へえ……?……みず、うごいてないですよ?」

「ああ、そうだな。海の水も甕の中じゃ動かないさ。でも川の水だってそうだろう?」

「そっかあ……ふうん。……えい。」

「あっ!いかん――」

「っ!?ぶえぇっ……!」




 ――本当に塩辛いのか確かめたくて目いっぱい口に含んじゃったわたしはたまらず吐き出して泣いちゃったことを今でも覚えている。

 そんなわたし的大事件があったせいで「海」の思い出に比べれば特に印象深いこともないんだけれど、「海」と一緒に教えてもらったのが「海のクニ」についてだった。




 ――海のクニとは、海に面したコーワン集落のことだと父さまは言っていた。


「こーわん?」

「ああ、港のことだな。」

「みなと?」

「ああ、それも分からんか。港って言うのは……あ~……舟がな――」

「ふね?」

「それもダメか……ううむ……。」


 説明の説明すら理解できなかったわたし。すっかり困ってしまった父さまは、いったんその質問は置いといて、その続きを話してくれた。

 ――その「海のクニ」には果てのない海を越えてはるばるやってくる「異人」と呼ばれる人たちがいるのだ、と父さまは言う。

 そして、その人たちはわたしたちとは違う言葉を使って、見た目も様々で、中には青い瞳を持つ人や金色の毛を生やした人もいる。

 さらに、そんな彼らはわたしたちには想像もつかないような高い技術で作られた貴重品や、見たこともないような珍しい物を持ち込んできては、色々な物と交換してくれる。


「俺も人を通して話しただけだが、まあなかなか面白い連中だぞ。とにかく珍しい物を持ってくるしな。」

「これもですか?」


 わたしは渡されたお土産を持ちながらそう尋ねていた。


「ああ、いや。それは海なら割とどこでも取れるような物だな。」

「そうですか。」

「でも綺麗だろう?どれ。貸してみなさい。こうやって遊ぶんだ。」

「はい。」




 ――渡されたお土産。それは貝殻だった。二つ一組になっていて、それがいくつかある。

 父さまは、貝合わせという遊びに使えると思って持って帰ってきてくれたらしいけれど、実はこの時のわたし、こんな貝殻よりも異人さんと舶来品の方に興味を惹かれていたのは、わたしだけの秘密。

 ともあれ、それがわたしの知っている限りの「海のクニ」の情報だった。そのことを聞いて以来、わたしは父さまの教えてくれた海のクニを想像するたびにワクワクするようになっていた。

 コーワンとは何か。それは今でもはっきりとは分かっていない。でも港も舟も分かるようになったのだから、とりあえずはそれでいいやと今のわたしは思う。




 さておき――そういうわけで海のクニに行きたくて仕方がないのに、お留守番を仰せつかってしまった小さなわたしは、思い切り口を尖らせていた。

 兄さまだけ海のクニに行けるだなんてズルい。この目で海を見てみたい。――というのも勿論そうだったのだけれど、海の向こうから来た舶来の品とか言うものがどうしても見てみたくなったわたし。

 だから、必死になって父さまに連れて行ってほしいとせがんでいたのだけど……。


「ううむ……また今度連れて行ってやるから。な?今回は諦めなさい。」


 まあ、予想通りと言うか……戻ってきた返事はてんで釣れないものでしかなくて……。


「いっしょに行きたいです。」

「がんばってあるきます。」

「うみとか、はくらいの品とか見たいです。」


 と、それでも懸命にお願いする健気なわたし。


「いかん。ダメなものはダメだ。」

「しつこいなお前。もう諦めろ。」

「大きくなったら連れて行ってやるから。今回は聞き分けなさい。」


 そのたびに、けんもほろろに返す父さまと兄さま。




 ―でもちょっと待ってほしい。道の険しさを知ってる父さまが反対するのは仕方ないとしても、自分だって行ったことないのに兄さままで一緒になって反対するのはヒドくないだろうか。




「いっしょーのおねがいですから。」

「お前それ昨日も言わなかったか?」

「むう~。」

「はは……面白い顔だな。でもむくれてもダメなものはダメだ。」


 気が付けば、途中から兄さま一人だけがわたしの相手をするようになっていた。相手が一人減ったというのに、それでもどうしたって勝てそうにない。

 でも子どもが大人に口で勝てるわけもないし、こんなやり取り何度も続けてどうにもならない。


「もういいっ!」


 いよいよ怒ったわたしは、部屋の隅で小っちゃくなっていじけることにした。

 勿論、そんなことをしたってこの大の男二人が折れることなんて絶対にない。それでもそうしたのは、単純に怒っていたから以外にも、まだもう一つの理由があった。それは――




 二人の出立当日。

 わたしはまだ夜も明けきらない頃に一人起き出していた。

 そして、そのままこっそりと部屋を抜け出すと、誰にも気付かれないようにとある建物に忍び込む。


(ふん。もういいもん。)


 忍び込んだ建物。それは倉庫だった。

 勿論、意味もなくそんなことはしない。忍び込んだ倉庫に置いてある交易に使う物品が入った袋に用事があったのだ。


(ひい、ふう、みい……。)


 わたしは数えた。全部で四つ。

 良かった。十より沢山あったら数えられなくなるところだった。

 真っ暗いとしか言えない暁闇の中。それでもないよりはマシな朝日の気配を頼りに、一つずつ手探りでそれらの袋の中身を確認してゆく小さなわたし。


(んん~……これは……?)


 一つ目の袋には種もみが入っていた。

 二つ目の袋にはケモノの皮。

 三つ目には割れないように藁で束ねられた土師器(はじき)

 そして最後の袋には麻を織って作られた布。


(う~ん……ま、これでいっか。大っきいし。)


 そうしてわたしが目を付けたのは二つ目の袋。わたしは袋を逆さまにしてバサバサと中身を全部出してしまうと、それを物陰に隠した。


(んふっ……んふふふふ……何だかたのしくなってきたかも。)


 何かちゃんとした理由があるわけでもないのにニヤニヤが止まらなくなるわたし。

 で、空になった袋に自分が入る。


(んふふ……かんぺき。)


 袋の中で丸くなってニマニマとご満悦になるわたし。




 ――そう。これこそが、あの時部屋の隅っこでいじけながら立てたわたしの計画だった。こうすれば、あとはこのまま袋の中に隠れているだけで、勝手に海のクニに連れて行ってもらえる。これはそういう計画。

 この時のわたしは無邪気なもので、計画が失敗したする可能性なんてちっとも考えていなかった。だから、これから目にするはずの海のクニにワクワクする気持ちが抑えられずニマニマとし続けていた。


ムラ・クニ……もう!知りたかったら前の節の後書き読んでよ!

海のクニ ……国名「伊のクニ」。島最大の港湾国家。いろいろすごい。

貝合わせ ……今で言う神経衰弱みたいな遊び。平安時代の遊びですかね?まあ古代からありますよきっと。

倉庫   ……古代の倉庫と聞いて思い出されるのは高床式倉庫ですが、あれの戸ってどうなってるんですかね?引き戸?

土師器(はじき)  ……土器の一種。THE土器って感じの奴。セットで語られるのが須恵器(すえき)。こっちも土器には違いないけれど、土師器よりも青灰色で硬質。

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