第38.1節(挿入話) 回憶の暮方
【おしえて!タケハヤ先生 ~この節はなんで小数点なの?~】
「むう、わしに教えを請いたいとな。はっはっ……よかろう。そなたのような麗しき女子の頼みを無下に断ったとあれば我が名が廃るというものぞ。
何?そなたは男子じゃと!
……そうか……残念だが、一度引き受けてしまったものは仕方がない。いいか、よく聞けよ。
それはな――」
※詳しくは第35.1節の前書きをご覧ください。
「どうじゃ、分かったか。……うむ、ならばよい。では、わしはもう戻るぞ。」
「……まったくこのようなところに呼び出されて、一体どのような奥ゆかしき女子の仕業かと心軽やかに訪ねてみれば、まさかの男子だったとは……。
だが、これも大丈夫たる者の運命。なればこそ、これも仕方のない事というものか。はっはっはっ――」
再びのクマ国来訪が叶ったその日の宵の口。
早々に謁見を終えると前回と同様、いや、それ以上に盛大な歓待の宴が催されることになっており、わしはその準備の間、しばらく賓客部屋で待機することになった。
わしは、以前訪った時と同じ部屋の同じ壁に同じように背を預けて座り込むと、薄暗い影を作りがちな天井を仰いでふうと息を吐いて肩に入っていた力を抜くと、これまでのことを振り返っていた。
(上手くやれているよな。)
傲慢でも不遜でもなくそう思う。
クマ大王のあの歓迎ぶりからも、それほどの悪手は打っていないと考えることはおかしなことではない。
初めてこのクニを訪れた時は、有無を言わさずに捕らえられ、さすがにこれには肝を冷やしたものだが、その後の大王の変節ぶりや、このクニの要人たる姫君の丁重なるもてなしぶりや対応、これらを勘案してみても、おのれの立ち回りに大きな間違いはないと見てよさそうだった。
(このまま順調に事が運べばよいのだが……。)
このまま大願成就となれば、我が君もお喜びになる。
しかし、そう簡単には行かないというのが世の常であることも、わしは重々承知しているつもりだ。
外の喧騒と室内の冷ややかな心地が眠気を誘って、ついまぶたを落としてそのまま眠ってしまいそうになる。
しかし、今眠ってしまうわけにはいかない。
(こんな時は、やはりあれじゃな。)
そう思い、わしはかつての英雄譚に思いを馳せた。
――あれはヨシノを出てしばらくした時のこと。
柵からほど近いムラから漏れ出る陰鬱な気配に魅かれたわしは、そのムラに足を踏み入れるとそこである老夫婦を見た。
その老夫婦は、好奇の目を向けるわしに気付くこともなく入れ違いでそのムラを出ると、近くにある森の中に入ってゆく。
わしはその二人のあまりの陰気さに何事があるのかと興味を惹かれ、そのまま後を付けた。
そして二人はとある場所まで来ると、よよ……と嘆きながらも、何か祭壇のようなものを設えていた。
「おい、そこな老夫婦よ。そなたらはいったい何者じゃ。そこで一体、何をしておる。」
別に隠れていなければならない理由もないわしは、適当に機を見計らうと二人に声をかける。
「――な、何者じゃ。」
「なに、怯えることはない。わしは――」
そして彼らから得られた回答は次のようなものだった。
――我らはヨシノのクニに仕える職人で、此度は災厄の大神を鎮めるために捧げる贄を乗せる祭壇を拵えているのだ。――
その答えに、災厄の大神とは何かなど敢えて聞かなくとも予想のついたわしは、次のように返した。
「では、なぜそのように嘆き悲しんでいるのか。」
「それは――」
彼らは言った。
――此度、贄となるものは我ら夫婦の娘なのだ。老いてより授かった玉のように美しく育ってくれたかわいい愛娘が、自分たち老人を差し置いて先に旅立つことになってしまったのが悲しくて嘆いているのだ……。――
(何とも酷い話ではないか。)
今思い返してみてもそう思わずにはいられない。
災厄を鎮めるために贄を差し出すこと自体はそう珍しいことでもないのだが、よりによって自分たちの娘を殺すための祭壇を作らされるとは。
(だが、しかしなあ。)
わしはにわかに湧きてきたやり場のない憤りを鎮めて思った。
しかしそれも今となっては昔のこと。すべて済んだことなのだ。
そんなことを考えていると部屋の外から声をかけられた。
「もし。」
「なんじゃ。」
落ち着きを感じさせるその呼びかけに返事をすると戸がすぅと開いて、そこには下女が一人居住まいを正してこちらを見ていた。
「御使者様。宴の準備が整いました。広場までご案内いたします。」
「うむ。分かった。」
わしはそう言って立ち上がると、下女の案内に従って部屋を出た。




