第35.1節(挿入話) 回憶の夜
【おしえて!くーちゃん先生 ~この節はなんで小数点なの?~】
「ええ……何でわたしに聞くんですか。
……あの……この節は後から無理やり入れたお話で……だから、節番号振り直すのがめんどくさくなったからって……そう、聞いたことがあります。
ええ!?誰にって……あの、よく分からないです。ごめんなさい……。」
※初めて読む方は節番号など気にせずお読みください。
(一時はどうなることかと思ったが、どうやら乗り切れたか。)
歓待の宴を無事終えると、あてがわれた上等な部屋の壁を背にして一息吐いていた。
(さすがに先触れも出さずに来訪したのは、我ながら乱暴であったか。)
思いがけず虜囚となって召し出されてしまったおのれの不覚に、いささか心に隙が生じていたようだと自らを戒める。
このところ、ここからそう遠くないところに在る海濱の大国をはじめとして、先触れなしに様々な柵を訪ねてみても、どこでも揉めることもなく入国出来ていたので、此度も大丈夫だろうと高を括っていたら、あの仕打ちだった。
(ここは異邦の地。そこを忘れてはならぬな。)
今、この部屋にいるのはわし一人きりだった。
共にこのクニに入った下男どもは、別の部屋にまとめて通されているようだった。
不当な扱いをされていないか危惧しないでもなかったが、あの歓待ぶりからすると、まあ心配するようなことはないと見てよいだろう。
(それにしても……あれは傑作じゃなあ。)
わしは昼間の出来事を思い出して思わず笑みが漏れる。
実は、気まぐれに我が臣を一人、下男と同じ格好をさせて紛れ込ませてみたのだが、見事に下男と間違われ、我らの嫌疑が晴れた後も下男にふさわしいぞんざいな扱われ方をされていた。
あやつはわしの戯れの果てに受けた不当な扱いにも、不満一つおくびに出すこともなく、ただされるに任せていた。
(まあ、奴にはたまには良い薬であろう。)
しかし、わしがそれを反省することはない。
奴の、口が悪いわけではないのに、どうにもわしの気分を害することばかり言うあの性格を思えば、それほど悪いことをしたという気も沸いては来ず、あの時の光景を思い出してはククと笑いが漏れるばかりだ。
(さて、今後のことだが――)
家臣の不遇をひとしきり堪能したわしは、この先のことに思考を巡らせようとしたが、ふと気が変わってそれ以上考えるのを止めた。
今から先のことを考えても仕方がない。まだ、このクニとの友好は始まったばかりで浮動している点が多く、今から立てた予想など簡単に崩れてしまう。
そのような徒労は御免被りたいところだ。であるから、別のことに考えを切り替える。
(ううむ……。しかしなあ、何も浮かんではこんな……。)
そう都合よく四方山なことは浮かんでこない。
ならば寝てしまえばよさそうなものだが、昼間の経緯に心身が興奮したまま未だ冷めきらぬようで、とても寝付けそうにはない。
(ふむ……興奮か。)
興奮と言えばやはりあの事だろうと連想したわしは、以前遭遇した奇妙な出来事に思いを馳せる。
――わしは暗い森の中を歩いていた。
供はいない。
どうにも折り合いのつかないことがあって、家臣も従者もすべて出払っていた。
陽は落ちて久しい。
けもの道とそれほどの違いはない森道を進んでは、次なる地へと急ぐ。
よく生長して通行の妨げになっている枝を剣で払い、地面を覆って道を隠しつつある草を踏み固めて歩みを進める。
ふと空を見上げると、闇夜の中に在って輝く物がふと我が視界に入った。
頭上のことだ。勿論、人などではない。
さらに言えば月でなければ、火でもない。
それは蝶の舞うがごとくひらひらと舞い飛び、我が前に降り立つと、なんと人の言葉を以てわしに語りかけた。
――おお、人の子よ。人の子よ。妾の声が聞こえておるか。――
……そして、その果てに手にしたのは――
(何度思い出しても、夢物語そのものの光景よな……。)
夢、幻でなくては余人に説明できそうもない、その記憶を呼び起こしては何度もそう思ってきた。
しかしそのたびに、あの時授かった霊刃が腹に触れて、夢などではないことを思い知らせる。
(うむ。やはり、あれは夢などではない。)
今も懐にしまわれているその刃に手を触れると、昂っていた気持ちが落ち着いてくる気がした。
(ふふ……。わしもよくよく大物になったものではないか。)
元より大人物のつもりではあったが、このような物を賜ったことにより、いよいよその威厳に箔がついてきたというものだ。
わしは部屋に一人きりなのをいいことに、何の遠慮もなく口元を緩ませる。
大人物……大物、傑物、英傑、英雄……。
「ふ……くふふふ……。」
おのれを賛辞する言葉が次々と連想されて、つい鼻から笑息が出てしまうほどに気分が良くなってしまう。
もしこの場にもう一人でもいたならば、どれだけ気味悪がられたことか。そう思えば、臣に下男の扮装をさせたことで、予期せず一人部屋になったわしの判断は会心のものだったということだ。
「もし。」
不意に部屋の外から声がかけられた。
(何奴か。)
突然のことに緩み切った顔が一瞬にして強張り、一人色めき立って戸を見やる。
「もし……使者の方。」
再びの呼びかけに、どうやら女人が訪ねてきたのだと悟る。
(はて……。このような夜分に何用であろうか。)
わしは宴を終えてこの部屋に通されたことで、もう本日の務めは終わったつもりでいた。
だからこそ、これほどまでに取り留めのない妄想空想に励んで暇をつぶしていたのだが――
わしは思いがけず現れた訪問者にいささか訝しんで、狸の如く寝入りを決め込んでしまおうかと考えては見たものの、本当に女子であれば、いつまでも外に待ちぼうけさせておくのも忍びない。
(せっかく女子が訪ねてきたのだぞ。)
ましてそれが麗しき者で、わしを慕ってやってきたのであったなら、ここでやり過ごしては一生の不覚となるやも知れぬのだ。
ならば、答えは一つしかあるまい。そう心を定めると直ちに行動に移る。
「誰か?」
わしは僅かな疑念と秘かな期待に胸を膨らませながらも、声色を整えて返事をして相手の返答を待った。




