第35節 考えがまとまらぬままに
外に出ると辺りはすっかり暗くなっていて、広場に残された宴会の焚き火の明かりがそう遠くない下女部屋にまで届いている。
なぜか執拗に付き添いたがるサヨと別れ、おひい様の待つ部屋に行くと彼女は待っていた。
おひい様の部屋にも灯りが付いていて、その明りがゆらゆらと彼女の顔を妖しく浮かび上がらせている。
どうぞ座ってと促すその言葉に従うと彼女が口を開いた。
「大丈夫ですか。頭とお腹と脚が痛いと聞きましたが?」
「は?」
何のことだか分からず、ぽかんとするわたしに彼女は口元に手を当てふふと笑うと、
「そういうことにしておいたのです。サヨ以外は信じませんでしたが。」
と答えた。
ああ、だからサヨがやたらと手を貸したがっていたのかと得心する。
「呼んだのはほかではありません。ヨシノのクニから来た使者のことです。」
その言葉にドキリとする。
「……様子がおかしかったのでもしやと思いましたが、やはりそうでしたか。」
「……はい。」
わたしの態度から察したようだ。おひい様はお見通しと言うことか。
「わたしを同席させたのもそのことを見越していた、と言うことですか?」
「いえ。相手が何者かも分かっていなかったのですからそれはありません。いい機会だから、わたくしの仕事を見せておきいと思っただけですよ。」
もしや、と思ってぶつけたわたしの問いに、おひい様はあら?と言う顔をして答えた。
「まさか、ひいちゃんの故郷の方だったなんて思いもよりませんでした。」
そう言われて、早合点した自分に気恥ずかしさを覚えると、耳にわずかばかりの火照りを感じて顔を伏せる。
「それで、あなたはどう考えますか?」
「……どうとは?」
「わたくしたちクマのクニはあなたの故郷であるヨシノのクニを信じて手を取ってよいのかと言うことです。」
「それは、もう。」
迷いなく即答する。
信じてよい。父さまは理由もなく裏切るような人ではない。理由があっても裏切れない、そういう人だ。
「けど……」
「けど?」
ぽつりと漏れたわたしの一言を聞き逃すことなく先を促すおひい様に、何とか続きを伝えねばと思うのだが、なかなか考えがまとまらない。
あのタケハヤとかいう男は本当にウチの使者なのか?それに、おひい様のことは好きだし信頼できる人だと思うが、あのトラひげがこのクニの大王である以上、ヨシノの方がこのクニを信じていいのか分からない。
「…………。」
宴の後片付けをする音がここまで届いてくる。おひい様は続きが出てこないわたしを急かすでもなく待ってくれている。
「……ごめんなさい。まだ、ちょっと……。」
「……そう。」
どこまで話していいか分からない。
そもそもわたしの頭の中では分かっていることと、想像で埋めたこと、こうあって欲しいという希望がごちゃ混ぜになってしまっている。今からでは、それを整理して答えられるような状態ではなかった。
申し訳なさから彼女と目を合わせられない。
うつむいて絞り出すようなわたしに答えに、残念そうに返したおひい様。しかし、一呼吸置いた彼女は気を取り直したように後に続けた。
「こちらこそごめんなさいね、あなたを悩ませてしまったわ。今日はもうおやすみなさい。」
わたしの気持ちを汲んだように温かな微笑みを見せる。
「……はい。……おやすみなさい……。」
その笑みが彼女の期待に応えられなかった失意に暮れるわたしの心を優しく締め付けた。




