第33節 ひいちゃんの独り言
部屋に戻ったわたしはふうっとため息を一つ、気持ちを落ち着かせる。そして誰もいない部屋のまんなかにごろんと寝そべると、頭の中をぐるんぐるんと暴れ回っている情報の整理を始めた。
一つ。ヨシノ、つまりウチのクニから使者が来た。
一つ。使者の代表はタケハヤと名乗った若い男。
一つ。ケモノ(たぶんウマだ。)に運ばせるほど多くの献上品がある。
こんなところか。他にもくーちゃんのこととかオオトリとかいろんなものが綯い交ぜになって襲ってくるが、いま整理できるのはこれぐらいだ。
まず一つ目。ヨシノ、わたしの故郷から使者が来た。
これは別に構わない。友好の使者。荒事が嫌いな父さまの考えそうなことだ。いいことだ、うん。
気になることがあるとすれば、わたしはここに来るまでこのクマ国のことを知らなかったことだ。森を彷徨い歩いた結果、どうやってここに来たのかもいまだ分かっていないぐらいだ。
なのに父さまは知っていた。でも父さまは大王だし、近隣のクニについて知っていてもそんなにおかしなことでもない。
二つ目。タケハヤと名乗ったあの若い男、こいつが分からない。
これでもわたしはヨシノ大王の娘だ。大王に重用されている者の顔ぐらい知っている。クニを代表してここに来たからには大王に近い人間のはずなのだが、あの男には見覚えがなかった。
それに若すぎる。実際にはどうだか知らないが、わたしとどっちが年上だと思うぐらい若く見える。兄さまよりは年下だろうと思う。だったら兄さまをよこせばいいじゃないか。
三つ目。献上品。いくらなんでも多すぎる。ウチのクニにあれほどの量をタダで渡す余裕があるとは思えない。
タケハヤの言上を思い返してみる。
「米と……麦と……農具、『これらの農具は我がクニにて研ぎ出した黒鉄を用いたものです。』だっけ。」
ついタケハヤの言葉が口を突いて出てくるが、ぼーっと聞いていた割によく覚えている。
農具はまだ良い。黒鉄は希少なもので、原料となる鉄塊は海のクニとの取引で手に入れているが、それだけに贈り物として適切だろう。くーちゃんのお父さまはその手の加工を得意としてるし、ウチで作った農具を贈るのはごく納得のいくことだ。
問題は米と麦だ。ウチのどこにそんな多くの食料を供与する余裕があったのか。別に瘦せた土地と言うわけではないが、飢饉に備えて貯めこんだり、何より父さまの商談……母さまに言わせればただの浪費だが、そのせいでウチの食料事情はカツカツのはずなのだが。
(何よりも気になるのがあれだ。)
広場に引き出されてきたあのケモノの姿を思い浮かべるもののその名前が出てこない。
(……えと……そう、ウマ。)
ウチのクニにウマはいない。いや、野山にはいてもいいけど、ヨシノの人間が使ってはならない。
「確か、ばばさまの代だったっけ……。」
またしても考えていることが口を突いて出てくるが誰に聞かれるわけでもなければ、独り言が悪いわけでもない。
父さまの母さま、つまりばばさまが大王をしていた頃のこと。
ウマは珍しいし、貴重で飼うのも難しかったけど禁止はされていなかった。
だからウチのクニでもウマを使ってみようという話が持ち上がり、試しにウマを一頭飼ってみたことがあったという。
しかし、そのウマが夜中に突然暴れ出して、人死にが出るということがあった。
それ以来ウチのクニではウマはご禁制となり、飼うのはもちろん使う者もいない。
使ってはいけないケモノを使って多すぎる贈り物を運んでくる見たことのない使者が故郷から来た。
(いくら何でも無理があるよね……。)
納得のいかないことに眉をひそめる。
ならば、あのタケハヤとかいう男がヨシノを騙っているというのはどうだろう。
(でも、何のために?)
無関係のクニを名乗って友誼を結んだところで、そのクニに何の得があるのだろうか。
結局分からないことだらけだ。
天井とにらめっこしながら結論を出せずに時を浪費してばかりだった。




