第4.0節 夜、思ひに耽る 昔の話(一)
※エピソードを分割挿入したため節数が小数点になっていますが、気にしないでください。
(くーちゃんと出会ったのって、どれだけ前のことだっけ……。)
わたしはそんなことを考えながら黒々した天井を見ていた。
変わらない夜。変わらない天井。なかなか進まない時間。
全然眠れそうにないわたしは、暇に飽かしてそんなことにも想いを馳せる……。
くーちゃんは柵の外にあるムラの娘だった。
柵の外って言っても柵のすぐ近くで、子どもの頃のわたしの足でも一日で行って帰って来られるぐらいだったから、実際には柵の一部みたいなものだった。それでも柵の外にそんな集落があるなんて知らなかったこの頃のわたしにとって、ムラに暮らすくーちゃんの存在なんて知りようもないことで……。
それがどうしてくーちゃんと親友と呼び合うような仲になったのかと言うと――
「――今回は皇子を連れて行こうと思っている。」
ある日、家族みんなで食事を取っていると、父さまが兄さまを「海のクニ」に連れて行くと言い出したことがあった。
勿論、大王である父さまが言い出したことだもの。ただの物見遊山なわけがない。父さまの目的は交易。
そう。父さまは交易が好きな人だった。
好きにやらせておくと、他の仕事を全部放っぽり出して交易に出かけかねないぐらいのあの熱の入りようは、趣味と言うよりも生き甲斐と言った方がいいと思う。
父さまは大王として柵の内に留まって大王の職責を全うするよりも、自分自身の足で各地に出かけて行って、そこの産物を自分の目で見定めて交渉を行うのが大好きな人だった。
じゃあ、兄さまはどういう人か。
兄さまは妹のわたしが言うのもなんだけど、とても頭がよくて、機転が利いて、それでいてあまり欲を見せない。そんな人だった。誰に対しても人当たりがいいくせに、どうしてか昔からわたしにだけは意地が悪いのがちょっと気になったりもするんだけど……それでも嫌いにはなれない。そんなちょっと変わった人。
で、そんな父さまがこんな兄さまを連れて「海のクニ」に交易に行くと言い出していた。
兄さまは欲を見せない。たぶん人並みに欲しい物とかあるとは思うんだけど「足るを知っている人」と言うか……あれこれ欲しがる人じゃない。だから交易にも関心が薄いはずだった。
なのに父さまは兄さまをだけを連れて行くと言う。
「ずるい。わたしも行きたいです。」
まだ小さかったわたしは、遠慮なく不平を口にしていた。だって、わたしだって「海のクニ」に行ってみたいんだもの。
兄さまは次の大王となる人。だから別に交易の仕方を学ぶ必要もないし、本人も別に興味がなさそう。それでも連れて行くのは兄さまだけだと言う父さま。
一方で、この頃のわたしは知らない物珍しい物大好きっ子。昔から父さまの持って帰ってくるお土産話にも興味津々で、いつかは海のクニに行ってみたいと思っていたのに……。
だから、これじゃわたしが怒るのも当然だった。
ちっとも乗り気そうに見えない兄さまを連れて行くぐらいなら、前のめりで食いついているわたしを連れて行った方がずっといいじゃないか。
「はは……お前にはまだ早い。また今度だな。」
でも連れて行く気なんてさらさらない父さまはそうやってわたしに諦めさせようとする。
――この時のわたしは、父さまの釣れない態度にムキになるばっかりだったけど、でも今のわたしなら父さまの言い分が正しかったことがちゃんと分かる。
海のクニへは、大人の足でも行くだけで数日はかかる道のりだった。行くまでには平坦な道ばかりじゃないし、とても子どもの足で行けるような場所にあるクニじゃなかった。
でもそんなことは成長した今だから分かることなのであって、この時のわたしがそんな大人の気遣いなんて知るはずもなくて……。
柵 ……環濠集落の防衛機構のこと。ですが、基本的に作中ではクニの首都を差してます。
ムラ・クニ……NOT「村」。NOT「国」。似て非なる物……なのですが、ここでは古代集落のことを差してます。つまり現代でいう所の「村」と「国」です。わたしも違いが分かってるようで、よく分かってません。
海のクニ ……港湾集落。外海との窓口。この島で唯一の都市と言ってよい規模の集落。一応「伊のクニ」と言う名がついてますが、今回は重要じゃないので忘れて結構です。