第31節 タケハヤ
すぐにでも広場に向かいたかったが、わずかな寄り道を余儀なくされた。
わたしはともかく、おひい様は耕された畑に入ったことで泥足になってしまった。そんな沓で公式な場に出るわけにはいかない。そんなわけで沓の交換などしてから広場に向かうと、すでに尋問が始まっていた。
「貴様らか。我がクニに入り込んで好き勝手にウロウロしておった埒外の者と言うのは?」
トラひげはいつもの場所、宮殿に上がる階段に腰掛けている。あの場所がお気に入りなのだろうなとなんとなく思ったりする。
おひい様はトラひげが陣取る階段の右脇に佇むと成り行きを見守る。わたしは彼女の後ろで目立たないように控える。
広場の中央にはいつかのわたしと同じように縛られて広場に引き出されて座っている男が一人とその後ろに下男と思われる者が一、二……五人やはり一様に縛られて座っている。
(おお、けっこうな優男……。)
わたしはあまり男の外見に関心はなかったが、縛られながらも堂々とした居住まいこの者には思わずに目が行ってします。
体つきはしっかりしているようだが、ともすれば女のようにも見える。それが男の印象だった。
男はおびえた気配など微塵も見せず、この状況においても不敵にさえ見える。
トラひげの問いにこの男は凛と響き渡る声で答えた。
「名高きクマのクニの大王にこのような不自由な格好にてお目にかかることをお許しいただきたい。」
不自由な格好にさせたのは他ならぬそこの大王なのだが。この何とも皮肉の利いた物言いに痛快さを覚えたわたしは誰にも注目されていないのをいいことにほくそ笑む。
トラひげは予想外の返しにもまんざらでもないようでにんまりとしている。
「わたしはヨシノのクニより参ったタケハヤと申す者。此度は我が君よりクマの大王に言葉を授かってきております。」
彼の言葉を聞いて胸の内がきゅっと締め付けられる。
タケハヤと名乗ったこの男は膝立ちになり、背筋をピンと伸ばして朗々と謳いあげる。
「名高きクマのクニの大王に申し上げる。我、かねてより貴国と友好を結ばんことを望む。その証として以下のものを贈る。――」
以下、米だ、麦だ、農具だと献上品の目録が続いてゆくが、そんなことはどうでもよかった。
(なに?今なんて言ったの? )
出来る事ならもう一度聞きたいが下女の立場である以上、口を出せないのがもどかしい。
「――以上の寄贈を以って貴国と我国の友好の証とするものである。」
男は言い終わるとうやうやしく一礼し再び座り込む。
それを聞いたトラひげは献上された品に満足と見えて機嫌のよさそうな表情で何度もうなずいており、一方のおひい様は荒事に発展しなかったことに安堵しているようだった。
そしてわたしは……。
(ヨシノ?ヨシノって言った?)
故郷から使者が来た。わたしの頭の中はそのことで一杯になっていた。




