第30節 俘虜の来訪
日々はあっという間に過ぎていった。
木々のつぼみが綻び、あたりの風景一面がとりどりの色に染まると、やがてやってきた南風にあおられるように舞い散り、みずみずしい葉が姿を見せ始めた。
そんなある日のこと。
「俘虜?」
「うん。五人くらいでね、なんかケモノをつれてきて、柵の入口のところでさわいでるのをつかまえたんだって。」
小の方がそんな噂を持ち込んできた。
最年少で年相応に小柄なこの娘、とにかく噂好きでよく喋るし、なぜか知らないが出会った時からわたしになついている。
わたしは慣れた手つきで振るっていた鍬を土に突き立たてると、彼女の方を向きやった。
あれから、当初の話通りにやることがない。おひい様も「お好きになさって。」と言うばかり。あまりに暇を持て余して、思いつきで農作の手伝いをしているところに彼女がやってきたというわけだ。
「ケモノ?何それ?」
「さあ?わたし見てないもん。でもなんかすっごいおっきいって。せなかに人が乗ってたらしいよ。」
それって馬のことかな、と思ったが口には出さなかった。
わたしも馬を見たことがあるわけではない。ただ、人や物を乗せて移動できるケモノがいると聞いたことがあるだけだ。
それで?と続きを促すと彼女は嬉々として話を続ける。
「そんでねそんでね、なんかいろいろ持ってたから全部取り上げて、あと……殺すとかなんとか……。」
山賊のような行為を口にしてだんだんと言葉の勢いが尻すぼみになっていく。
どうやら本気で山賊まがいの行為が行われると思っている様子だが、無理もないことだ。この子が言い淀むにはそれなりの訳があった。
わたしがここに来る少しのこと。
とあるクニの使者がこのクニを訪れた。
はるばる遠方からやってきたその使者はとてもうやうやしい態度でトラひげを讃え、奴もまた満足そうに聞き入れていた。
だが、何が気に障ったのかトラひげは突如として怒り出し、その使者を捕らえると首を刎ねた。
そしてその後、首は焼き棄て、残された体は野に晒すなどという暴挙に出たらしい。
その時おひい様は所用によってクニを空けておりどうすることもできなかったのだとか。
そういったことがあったから、この子が蛮行の噂に対して敏感になるのも仕方がないことだった。
(優しい子だね。)
無礼を働いた使者がこのような目に会うのはそう珍しいことではない。ある種の達観のような心境のわたしとは大違いだ。
わたしは彼女の頭を撫でながら、もう少し大人しく出来るともっといい子なんだけどな、と思う。
「おひい様は?」
「知ってるよ。いっしょに聞いてたもん。なんかあわててた。」
彼女の言葉を聞いてふとした予想が湧き出てくる。
「それって俘虜じゃなくってどこかのクニの使者が来たのを捕まえちゃったんじゃ?」
「ええ~、そうなの?見張りの兵たちがあわてて飛び出してってつかまえたって聞いたよ。」
このクニ、全体としてはまとまっているように見えるが、実際にはトラひげ派とおひい様派に分かれているようだった。おひい様自身がトラひげと対立する意思がないから剣呑な空気はまったく感じないのだが。
おひい様派の兵であれば穏便に事を済ませることもできたのではないか。そう考えると、今回の件はトラひげ派の兵が先走ってしまったのかもしれない。
「先触れ出してなかったのかな?」
「さきぶれってなに?」
「これからそっちに行くよって教える人。」
もう長いこと、きな臭いにおいが鼻に突く何かと物騒なご時世である。先触れもなく使者の本体が来るとも考えにくい。
「これから広場のほうで、ご……ごうもん?するみたいよ。」
拷問……。せめて尋問と言って欲しかったが、あのトラひげなら本当にやりかねない。
そうは思っても、結局何を考えたところで想像の域を出ることはないし、わたしにできることは何もない。
そんなどうにもならない話で暇をつぶしていると視線の先、宮殿の方におひい様の姿が見えた。
おひい様はこちらの存在を認めるとぱたぱたとした足取りでやってくる。
小の方の言う通り、分かりやすく慌てているように見えるが、この人がこれほど急いでいる感じを醸し出したのは初めてのことだ。
「探しましたよ。こんなところにいたのですね……あら、何をしているのかしら?」
鍬を突き立てて話し込んでいるわたしたちの姿を見たおひい様は首をかしげて問うてくる。
「まあ、ちょっと……。」
実のところおひい様付きの下女はお勤めがない時はなにをしていても構わないのだが、体を動かしていないといろいろと思い出して気分が塞がって仕方がない。
だから、たびたび柵内をうろついていたし、おひい様もそのことは承知していたはずなのだが、さすがに農作の手伝いをしているのは予想外だったようだ。
「サヨがいるということは、何があったかは聞きましたね。」
彼女の噂好きは当然おひい様も知っている。言われたサヨはえへへとそっぽを向く。
「使者の接待はわたくしの役目。万一かの者たちが他国からの使者であったならこれは一大事です。ですから、わたくしも尋問に立ち会わねばなりません。」
凛とした真剣な表情のおひい様の言う通り、このクニの接待饗応は彼女の役割である。
実際の事情は分からないが、もし捕らえたのが他国からの正式な使者であれば、あの粗暴なトラひげに任せておいてはクニの一大事である。
わたしたちはおひい様の説明にこくりとうなずく。
「ですから、助役が必要です。ひいちゃん、ついていらっしゃい。」
「はえ?」
変な声が出る。なぜそこで、わたしの出番なのか。助けが欲しいなら、わたしより年嵩で経験もあるタエさんもチユさんもいるではないか。
わたしよりタエさんの方が適任では?そう異議を申し立てる前に脇で聞いていたサヨが声を上げる。
「あ~、わたしも。わたしも行く。」
おひい様と下女の関係にしてはずいぶん馴れ馴れしい態度のサヨだが、これが二人の普通だ。
何でも幼いころに両親と死別し、おひい様に引き取られたんだとか。実際に育てたのはタエさんのようだが、おひい様にもずいぶんとなついている。
「だ、め。サヨにはまだ早いわ。あなたはお留守番よ。」
屈んで目の高さをサヨに合わせて告げるおひい様に、なんで~!?と頬をぷくーっと膨らませるサヨ。
「さ、急ぎますよ。」
と急かして宮殿へと向かうおひい様に是非を言う暇もなく、むくれるサヨをその場に残しついて行くよりほかになかった。




