第24節 救いの手
牢が開く音がしてわたしは目を覚ました。
背の低い扉の外には人影が一人、屈み込むようにこちらを見ている。その人影は「出ろ。」とわたしに告げた。
わたしはありったけの力を振り絞ってみるが仰向けになった体は起こせない。
頭だけならば辛うじて起こせる気がするが体は無理そうだ。
体が重い。何かが乗っている。
視線を足元に向けると毛皮が覆いかぶさっていることに気が付いた。
手足に触れるガサガサとした感じから地面にはむしろが敷かれているらしいこともわかる。
(いつの間にこんなものが……。)
何があったかまるで覚えていない。だがとりあえずここから出られるようだ。
力の入らない体をもたもたと動かしてどうにか毛皮を払いのけるが、次の動作が続かない。体を横に向け腕の力で上体を起こそうとするが、力が思うように入らない。
それでも何とか起きようと四苦八苦していると見かねた人影が入ってきて、いささか無骨に腕を取ってグイっとわたしの体を起こすと、そのまま肩を貸してくれた。
久しぶりに立ち上がった体はふらふらとして力が入らず、目の前も真っ暗になる。そのまま半ば引きずられるような形で運ばれる。
体に、衣に張り付いたままの泥土はすっかり乾いて、動くたびにパラパラと音を立ててはがれ落ちる。
やがて暗くぼやけていた視界がはっきりした丁度そのころに牢の外に出た。
外の世界は眩しかった。たまらず眉間にしわを寄せるように目を細める。吸い込む空気が温かい。
もしかしてわたしは天上のクニに来てしまったのではと思ったが、そうではないとすぐに思い直す。
あらためて吸い込む空気のにおいが、芽吹きの季節がもうそこまで来ていることを知らせてくれていた。
「運のいいやつめ。」
連れて行かれた先はいつかの広場だった。やはり、あの時と同じようにトラひげの男が面白くなさそうなしかめ面で宮殿へ続く階段にドカッと腰掛けている。
兵はわたしをトラひげの前に引き出すとその場に座るところまで手を貸した後、去っていった。
体の支えが失われたことでかなり上体がふらついたのだが、どうにかこうにか座ることができた。
「しかし、まだ間者ではないとは言い切れん。ううむ、ここは足の一本も切り落として逃げられんようにしてやろうか。」
トラひげは何か得意気になってしゃべっているようだが、倒れないようにすることで精一杯なわたしの耳には入ってこない。
「お父様!」
きつくたしなめる声の主に何事かと視線を向ける。女だ。わたしより年上のようだ。兄さまよりも上ぐらいか。
「……覚えておくがよいぞ。少しでも胡乱な行動をとればすぐにでもそっ首刎ねてくれる。」
トラひげは一瞬むっとした顔で女の方を見たが、すぐさまわたしの方に向き直るとそうまくし立てた。
そして、むすっとした表情で、
「逃げられると思うなよ。」
と吐き捨てると、どすどすと音を立てながら宮殿の奥に消えて行った。
なぜこうなっているのか。
状況が理解できないままその場に座っていると女が駆け寄ってきた。
「もう大丈夫ですよ。さ、立てますか。まずはその体を清めねば……。いえ、先にお食事ですね。誰か。誰かある!」
そう捲し立てながら、包み込むようにわたしの手を握る女に、
(なんか、くーちゃんに似てるな。)
と思う。見た目はまったく似ていないが何かが似ている。でもなんだろうか……。
考えるほどに安心するやら寂しいやら複雑な感情が湧いてきて、たまらずに考えるのをやめてしまう。
寄ってきた下女になにやらテキパキと指示を出す彼女の様子を見ていると、その視線に気が付いた彼女はにっこりと微笑み返してきた。
(悪い人ではなさそう。)
そんなことを思いながら今は成り行きに身を任せることにした。




