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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第三章 神を狩る
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第22節 トラひげの男

 環濠の底から引き揚げられたわたしが引き出されたのは柵の中にあるこの集落の中心と思われる広場だった。

 広場の先にある宮殿と思しき建物の露台に、そこの主と思われるトラひげの男が立っている。


「は、はなせ!」

「黙れ!」


 連行してきた兵に背中を蹴り飛ばされたわたしは、両手と両腕を縛られた状態ではどうすることもできず、あえなく倒れこんだ。じゃりっとした頬を擦った感触に、それでも怯まずにわたしはもう一度言う。


「はなせっ!」

「黙れと言っている!」

「ひぐっ……。」


 今度は脇腹を棒の先で突かれ、たまらず息が詰まりうずくまる。

 トラひげの男はずんずんと階段を降りわたしのすぐ前まで来るとしゃがみ込み、ほどけかかったわたしの揚巻の髪をグイと掴んで持ち上げると顔を一瞥する。そして、


「醜女だな。」


 と、ふんと鼻で笑って言い放つと、つかんでいた髪を放した。

 トラひげ男はしゃがんだの姿勢のままわたしに問いかける。


「お前はどこの手のものだ。何をしていた。」


 脇腹を突かれた苦痛も癒えぬままの問いかけに、それでも無言ではこの身が危うくなると感じたわたしは何とか答えようとして、「わたしは――」と身の上を話しかけてやめる。

 他国の領域、しかも環濠に侵入したのだ。きっと間諜か何かだと疑われている。本当のことを言ったところで信用されないだろう。

 まして、ウチのクニの名前など出せるわけがない。もし口にすれば戦の口実なりかねない。

 ウチのクニが平穏でいられるのは大王(おおきみ)の柔和な性格の賜物だ。

 反対に言えば戦になったらあの大王ではウチのクニはろくに抗うこともできずに踏みつぶされる。

 わたしは少しだけ間を置くと改めて語りだした。


「わたしは……あそこの森にある小さなムラに暮らす者です。森での暮らしに嫌気がさして出てきたら、闇夜の中でそれと気付かずに濠に滑り落ちてしまいました。」


 どうにか倒れた体を起こして座りなおし、思い付いたことを慎重に並べたわたしの言葉をトラひげの男はしかめ面ではありながらも、うんうんとうなずきながら聞いていくれた。


「それだけか。」

「……。」


 そして、無言でこくりと頷くわたしをしかと見届けた男は、立ち上がりスッと手を挙げる。

 すると取り囲んでいた兵のうち一人がわたしのすぐ横までやって来て、手にした棒を振りかぶり――

 次の瞬間、バシッという衝撃が背中を襲った。


「っうあっ……。」


 思わずその場に倒れこむ。倒れたわたしの背中に続けて浴びせられる衝撃は二回、三回と続き、男が手を下げると終わった。


「……お前はどこの手のものだ。何をしていた。」


 淡々と同じ質問が繰り返される。だが本当のことは言えない。同じ答えを繰り返すしかない。


「……わたしは――」


 そんなやり取りが何度か続いた。




「う……あ……」


 額を地面にこすりつけるような形でひたすら痛みに耐える。

 打たれた箇所の皮が裂けていると見えて、血を吸ってぬるりとした感触になった衣が背中に張り付いているのがわかる。

 トラひげ男はいつの間にやらわたしから離れ、宮殿へ続く階段にドカッと腰を掛けている。


「首を刎ねよ。」


 その言葉にはっとして、思わずトラひげの顔を見る。

 わたしの背を打っていた兵は引き、新たに三人が前に出る。

 二人がかりでわたしを這いつくばわせるように押さえつけると脇に立った一人は腰の剣を抜き放ち、わたしの目の前に刃を突き出して首に狙いをつける。


(だ、だめだ……。)


 あのトラひげ、わたしの噓を見抜いている。このままでは殺される。

 準備が整うまでつまらなそうな表情でこちらの様子を見ていたトラひげがスッと手を挙げると、兵もそれに呼応するように剣を大きく振りかぶる。

 そしてトラひげが手を下ろそうとしたその瞬間、


「――オオトリを追っていた!」


 わたしの声に振り下ろしかけたトラひげの毛むくじゃらな手がピタリと止まる。


「オオトリを追っていた!あと……あとちょっとのところで逃げられた!」

「オオトリだと?」


 悲鳴にも似た声で白状するわたしを、わっはっはと笑い飛ばすトラひげ。


「嘘をつくな。オオトリは誰にも捕らえられん。ましてお前のような醜女に。」

「嘘じゃない……。」


 押さえつけられていた体を無理くりに起こすと、ずっと握りしめていた右手を開く。

 開いたその手にはオオトリの羽根が握られている。

 兵の一人がその羽根を取り上げるとトラひげの元へ持ってゆく。

 羽根を渡されたトラひげはそれを天にかざすなどして物色し、脇に控えていた腹心と思しき男と二三、言葉を交わすとわたしに向き直り言った。


「お前はオオトリに逢ったことがあるのか。」


 こくんと頷く。この事はこんな奴に知られてはならない気もしたが、いまさらどうしようもない。


「なぜ追っていた?」

「……友達を、助けるため。もう時間がない。」

「いつ?」

「月が……満ちるまで……。」


 わたしの答えに「ふむ……。」と言って曇天を仰ぎ思案するトラひげ。


「わたしを解放して、ください。……お願いします……。」


 言葉を慎重に選びながら頭を下げると、トラひげは再びわたしの前まで来てしゃがみ込み、頭を下げたままのわたしの肩をたたいて憐れむように言った。


「友達のことは諦めろ。もう間に合わん。」


 その言葉に体がびくっと反応する。

 聞きたくない。聞きたくなかった。

 背を打たれることなどどうにでも耐えることができたが、それだけは言わないで欲しかった。

 悲しいやら悔しいやら、そんな気持ちが湧き上がるわたしを余所にトラひげは続ける。


「それよりどうだ。お前、わしのために働かんか。」


 松明のはぜるパチッという音が聞こえる。わたしはうつむいたまま動かない。


「……断る……。」


 顔を上げてトラひげの顔をきっと睨みつけて、もう一度はっきり言う。


「断る。」


 ぐつぐつと湧き上がる怒りが抑えられない。

 簡単に諦めろなどと言うこいつに怒っている。

 わたしを拘束したこのクニの兵に怒っている。

 あと一歩というところでオオトリを取り逃がした自分に怒っている。

 きちんとオオトリを仕留められないムジナに怒っている。

 くーちゃんを贄にすることを決めた父・大王に怒っている。

 マガツホシなんてものを見つけた大ババさまに怒っている。

 あれにも、これにも……。

 いろいろなものが憎しみの対象となってわたしを奮い立たせていた。

 トラひげは牙をむくようにして言い放ったわたしの言葉に「そうか。」とつぶやくと、やおら立ち上がり、


「この者を牢にぶち込んでおけ。」


 そう言って踵を返すとわたしに興味を失ったかのように宮殿へと戻ってゆく。

 兵は命令を直ちに実行すべくわたしを引っ立てる。


「やめろ!はなせ!」


 と言うわたしの言葉にも、トラひげは振り返ることなく宮殿の奥へと消えて行った。




 それから、連行されたわたしは投げ捨てるように土牢に放り込まれると、そのままガチリと格子扉が閉じられる。


「出せっ!」


 わたしは扉に張り付きそう叫ぶも兵たちは誰も取り合わず去ってゆく。


「出せ……」


 もはや周囲には誰もいなくなった。

 どうして、どうしてこんなことになる……。


「あ……ああ……ああああ……」


 ケモノの咆哮にも似た慟哭が、わずかな月明かりを通すだけの曇天にむなしくこだました。

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