第19節 神を狩る(後編)
走った。わたしは走った。
ただひたすらにオオトリを追いかけて。
月は明日にも満ちようとしている。
もう猶予はない。
見失ったら終わりだ。絶対に逃してはいけない。
オオトリは矢が妨げになってうまく飛べないように見えた。地上に降りてはまた舞い上がるということを繰り返している。
葉を落とした木々の間を縫うようにして走る。
枯れた藪を突っ切って走る。
迂回している暇はない。
藪を抜ける。
長らく続いた曇天はついに僅かな月明かりを漏らすこともなくなり、もうあたりを照らすことはなくなっている。
頬に一筋の冷たさを感じる。雨だ。雨が降ってきた。
まずい。もたもたしていると足元が悪くなる。そうなっては走って追いかけることは難しい。
足を速める。
息が上がる。
オオトリは、こちらに気付いているのかいないのか、もたもたと移動している。
走る。
木の根に足をとられる。顎から落ちる。立ち上がる。
ムジナが放った矢は折れたか抜けたか燃え尽きたか、もう確認することはできない。
強まる雨。
それでも走る。
胸が苦しい。体の中から湧き上がってくる、むせび返るような血の匂いが鼻に突く。
次第に周囲から木立の姿は消え一面の藪に入る。
走る。
体が動くことを否定し始めている。視界が狭まっていくのが分かる。
走る。
藪を抜ける。そのまま足の長い草原に出る。
走る。
見えた。オオトリ。草原の中をひょこひょこと歩いている。
(もうここしかない!)
走る。
オオトリの首がこちらを向く。
目が合う。気づかれた。だからといって足を止めるわけにはいかない。
オオトリは歩くのをやめ、こちらを見ている。
驚いてるようにも憐れんでいるようにも見える。
なんだその目は。鳥のくせに。そんな目で見るな。
(逃がさない!)
もう足が思うように前に出ない。それでも……。
あと少し。
オオトリは翼を広げている。
(わたしの、わたしたちのために捕まれ!)
もう少し。
もう周囲の景色は見えない。体が、頭が、これ以上駆けてはいけないと警告している。
羽ばたいたオオトリの体が宙に浮き上がる。
あと一歩……っ!
オオトリに向かい走ったその勢いのまま、残されたすべての力で思い切り大地を蹴る。
オオトリへ向かいその手を伸ばす。
(とどけ……っ!)
伸ばした手にツルリとしたものが触れる。それを精一杯の力で握る。
捕まえた。伸ばした手は確かにオオトリの脚をつかんでいる。
不意に人ひとり分の重量が加わったオオトリは宙でもがいている。
無駄だ。こらえられるわけがない。
果たして予想した通りにオオトリは落下し始める。
オオトリを支点にするようにわたしも一緒に落下する。受け身は取れない。もう力も残ってない。背中を強打するだろう。それでもいい。この手だけは絶対に離さない。
肩から落ちるような体勢で着地。
しかし、予想していた着地とは違う。
肩から落ちたわたしの体は着地した後も、そこで落下を止めることなく、転がるようにしてそのまま下方に向かって落ちてゆく。
崖だ。
折からの雨で水を含んだ土はズルズルと滑って、わたしとオオトリを底の方へと引き込んでゆく。
声を上げる余裕もないままわたしはオオトリを巻き込むように谷底へ落ちていった。




