第16節 森を征く(前編)
オレたちの思いとは裏腹に時ばかりが過ぎてゆく。何の手掛かりも掴めないまま一回目の月が消え、間もなく二回目の満月になろうとしている。
オオトリを狩る。
もともと雲をつかむような話だ。無理は承知の上だったはず。
分かってはいるが焦燥ばかりが募ってゆく。
体を冷やしては動けない。冷やさぬよう心掛けているが食料が十分でなければそれにも限界がある。
夜の冷気で冷え切った体を温めるために起こした火の向こう側ではおひい様が、黙々と食事を取っている。
態度には出さないがひどく不機嫌そうだ。疲れがそうさせていることは容易に想像がつく。
そのように殺気立っては獲物が逃げてしまう。注意したいが言葉が出てこない。
いつもの調子で言おうものなら怒らせてしまう気がしてならない。
人生の中で自分の回らない口を恨めしく感じる時があるが今がまさにそうだ。
このところは食料の補充に戻っていない。
ムラに戻ることをしなければそれだけ捜索領域は広がる。
この森、想像していたよりも奥に深く広がっている。
奥に進むほど木々が閑散として見通しがよくなる。
(キジがいそうな場所だな。)
オオトリがキジのようなものだとするならばこれは好い傾向だ。
おひい様が食事を終えるのを待って移動を開始する。もっと森の奥に行きたい。
オオトリは心を許した者の前にのみ姿を見せない。
ならば、おひい様がいたところで、自分が一緒にいては姿を現さないのではないか。そんなことが常に頭の片隅にある。
しばらく行くと川にぶつかった。
川の向こうはこちらよりもなお開けているようで、自分の勘が向こう岸へ渡れと告げている。
(行くか。)
夕暮れも近く迂回路を探している間はない。
なるべく浅瀬と思われる個所を探す。
ここだと思う場所を見つけると足結と解いて褌をたくし上げる。
横ではおひい様も同じように褌の裾をまくりあげている。
一歩踏み出す。温かくなってきたとはいえ、まだ水は冷たい季節。
(彼女は大丈夫だろうか。)
と見やれば、おひい様はこの水の冷たさにも悲鳴一つ上げず歯を食いしばってついてくる。
忍耐強い娘だ。
妹のためにここまでしてくれることに感謝の念を禁じ得ない。
足場が悪い。あとに続くおひい様のために少しでも足場を固めるように踏みしめてゆく。
川の中ほどまで行くと、いくらか深くなるが足元はかえって安定していた。
幸い、流されることもなく無事渡渉した。
おひい様はたくし上げた甲斐もなく、びしょびしょに濡れてしまった褌を気にしているようだったが、今はもう少し先に行った方がよい。
「もう少し行く。雨が来る。」
冷たさからしびれが残る下腿にまとわりつく水を手で払い、褌を下ろすと足結もせずに先を急ぐ。
少し行ったところにある高台で野営に入った。小さな丘といった風情で見通しがよい。
川に入ったため大分体温を失っている。
火を起こし、褌を脱いで近くに干す。
ふとした拍子に視界の片隅に白いものが入って、思わず注目してしまう。
見ないようにしていたのだが、彼女は自分と同じように褌を脱ぐと枝に掛けて干していた。
そのような格好では当然、彼女の白い脚がよく見えてしまう。
彼女もさすがにいつまでもその格好のまま恥ずかしいと見えて、衣の裾を引っ張って何とか隠そうとしている。
(それでは無理だ。防寒用の毛皮を使え。)
そう言いたいが言えるわけがない。
おひい様は視線に気が付いたのかこちらに目を向けてくる。
あわてず騒がず何でもない風にまた余所を向いてやり過ごす。
彼女はしばし警戒していたようだったが、何かを思いついたように荷をほどいて毛皮を取り出す。
そして肩から被るようにして下が十分に隠れることを確認するとそのまま座った。
(よかった……。)
ひそかに胸をなでおろす。
自分も同じように毛皮を被ると近すぎるぐらいに近づいて火に当たる。
こわばっていた手足から安息感が広がる。思わず眠ってしまいそうなほどの心地よさ。
忘れかけていた脱いだ履を火の近くに寄せ、さらに火に当たる。温かい。手足にへばりついた氷が解けてゆくようなじんじんとした感覚。
おひい様は取って置きがあったのか、ふところから今朝方食べていた果実を取り出しほおばっている。如才ない娘だ。
自身とこの娘のためにも少しでも長く火を使いたいが暗くなる前には消さなければならない。それまでに乾くだろうか。
火にあたって疲れが出たのかウトウトとし始めたおひい様を見ながらそんなことを考えていた。




