第10節 わずかな希望をつかむための出立
「やるからには、やりきってこい。」
「行ってこい。お前ならやれるよ。」
「気を付けてね。くれぐれも無理しちゃだめよ。」
見送りに来てくれた皆の思い思いの別れの言葉を受け取ると、しんみりとした気持ちになってくる。
特に母さまは今生の別れであるかのように抱擁してくるものだから、行く前から里心が付いて仕方がない。
天気は快晴。この季節にふさわしい晴れ晴れと澄み渡った空気が鼻を突いて涙が出そうになる。
「大丈夫です。わかってますから。」
わたしは抱きついたきり離れようとしない母さまを引き離すと笑顔でそう答える。
本当は抱擁の心地よさに、ずっとこうしていたかったのだが、くーちゃんのお兄さまがいる手前、気恥ずかしさが沸いてきたのだ。
わたしは見送りに来てくれたそれぞれに向き合って「行ってきます。」と挨拶を済ませる。
そして……。
「……行ってくるね。」
「うん。待ってる。」
くーちゃんと言葉を交わす。少ないようだが言いたいことはもう全部言ってある。
くーちゃんはいくらか吹っ切れたように見えたが、それでもその笑顔に浮かぶ寂しさの色は隠せていない。
次に会うときはお互いに満面の笑顔で向かい合いたい。これはそのための別れだ。そう決意を新たにする。
一方の大王はわたしを迎えに来ていたくーちゃんのお兄さまに告げる。
「ムジナよ。二回目の満月までだ。忘れるなよ。」
くーちゃんのお兄さまはこれに黙ってうなずく。
そのきつく引き締めた口元からは決意が満ち溢れている。
くーちゃんのお兄さま、ムジナはクニでは知られた狩人だ。
足手まといにならないように喰らい付いていかねばならない。
そのムジナはくーちゃんの方に向き直ると、
「必ず戻る。気をしっかり持て。」
「うん。お兄ちゃんも気を付けて。」
とあいさつを交わす。
今生の別れになるかも知れない兄妹のあいさつとしてはずいぶんと簡潔だとも思ったが、交わす言葉が多ければよいというものでもない。
あれがこの二人の距離感なのだろうと考え直す。
ムジナは最後に皆に向かって「では。」とだけ告げ一足先に出発していった。
「それでは、行ってまいります。」
わたしもあらためて皆にそう告げるとムジナの後に続いて歩み始める。
「体に気を付けるのですよ。」
最後まで別れを惜しむ母さまの声を背中に受けながらわたしは柵を出た。




