第5.2節 夜、思ひに耽る くーちゃんとの出会い(三)
※エピソードを分割挿入したため節数が小数点になっていますが、気にしないでください。
(よっし、やるぞ~。)
父さまの注意を「いってらっしゃい」と受け取ったわたしは、特に何をと言うわけでもないけれど、とにかく気合だけは十分でムラの中を駆け抜けていた。
実はこれ、わたしにとっては遊びに行く前の儀式とかおまじないみたいなもので、こうやって気合を入れることで、このクニのおひいさまから、どこにでもいるただの子どもへと身を変えるのが、わたしの習慣になっていた。
決して大きくはないこの集落「ムラ」の中をまっすぐに通り抜けると、わたしはまあまあの大きさの野原に出くわしていた。
この野原、向こうには川があって、その川を境にしてさらに向こう側には葉を落として茶色いばっかりの森が広がっているのが見える。平らで日当たりもいいし、季節ごとに色んな遊びができそう。
つまりここは、子どもが遊ぶのにぴったりの野原だった。
(あ……!んふふ……みーつけた。)
その野原でこのムラの子どもたちっぽい人影がじゃれているのを見つけたわたし。
勿論ここは初めて来たムラだし、あそこにいるのも初めて見る子たち。だから相手がどういう子たちなのかなんて、わたしが知るわけがない。
でも人見知りしない性格のわたしは、早速仲間に入れてもらおうと、真っ直ぐにみんなのいるの所へと駆け寄ろうとしていた。すると――
(ん?んん?)
わたしはみんなの方にどうにも嫌な気配が漂っているような気がして、駆け寄る足を緩めていた。
遠くからじゃ何をしているのかまでは見えなかったみんなの遊び。でもここまで近づいてみれば、さっきは見えなかったものだって見えるようにもなる。
わたしに見えたのは、みんなで輪を作っている姿だった。その輪の中には、両手で顔を覆ってうずくまっている子が一人。みんなはその一人を中心にして、ぐるぐる回ってなんやかんやと騒ぎ立てている。
「――め!――め!」
「――の――の――は!」
みんなが囃し立てる声がわたしの耳にまで届いてきていた。
(あ~あ~……。)
その様子を見て、遊びたい気持ちが萎えてしまったわたし。だって、あんなのどう見たってみんなで寄ってたかって一人をいじめているようにしか見えない。
(う~ん……やっぱり、たすけた方がいいかな?……たすけた方がいいよね?)
ちょっとだけ悩んでいたわたし。だってあんなにいっぱいいるんだもの。わたし一人でどうにかできる人数じゃなかった。それに、もしかしたら悪いのはあのうずくまってる子の方かも知れないし……。
でもそのあと、わたしはすぐにこう思い直していた。
(やっぱり、これはよくない。どっちがいいわるいじゃなくて……たすけなきゃ!)
もしあの子が悪かったとしたら、その時はその時。みんなに謝っとけばいいや。――一度そう決めちゃえば、もう悩まないのがわたしと言う娘だった。
でも相手は見ての通りいっぱいいるし、中にはわたしよりも大きい子だっている。わたし一人が真正面から「やめなさい!」なんて言っても、きっと聞いてはくれないだろう。
(う~ん……じゃあ……。)
わたしはすぐに作戦を決めた。それから「やるぞっ」と決意を固めて目標を定めると、みんなが作る輪の中心に向かって駆け出す。
どんな理由なのかは知らないけど、寄って集って一人をいじめようだなんていけないこと。そういう燃え盛る正義の心がわたしの体を突き動かして止まなかった。
――そのあとの展開は、我ながらびっくりするぐらい思い通りにいって、会心の出来だった。
たまたま邪魔な場所に立っていて、まだわたしに気付いてなかった子の背中を「えいっ!」と思い切り突き飛ばしたわたしは、その勢いのまま輪の中心でうずくまっている子の手を取っていた。
「にげるよ。」
「え?」
突然現れた救いの手にキョトンとした顔を見せたその子。
わたしはそんなふうになっているその子の答えを待つ暇も惜しんで手を取ると、脱兎のように駆け出していた。
そんな急な展開に、何が起きているのかと驚いたその子だったけど、それは周りの子だって同じこと。
一体何が起きたのか分からずにわたわたおろおろする他の子たちを尻目に、わたしたちはバチャバチャとくるぶしまで浸かりながら冷たい川を越えて、その向こうに広がる森へと入って行った。
これがわたしの立てた作戦の一部始終だった。あとはあのいじめっ子たちに会わないように適当に森を抜けてムラに戻ればいいだけ。
(んふふ……かんぺき。)
わたしは、自分の手際のあまりの良さに酔い痴れるばかりだった。
「あ、あの……。」
ざくざくと落ち葉を踏んで歩く音が響く森の中、その子は声を上げていた。
「ん~……あっちからはいってきたから、こっちにいけばたぶん……。」
だけどわたしは森を征くのに夢中になって、そのことに気付かない。
「……っねえ!」
その子はもう一度……今度はさっきよりも大きな声を上げていた。
そしてその子を引いていたわたしの手も重くなる。
「んあ?ああ、ごめんね。」
そこで声をかけられていたことに、やっと気付いたわたし。
わたしはいったん落ち葉を踏み鳴らす足を止めると、謝りながらその子の手を放していた。それからきちんとその子と向かい合う。
(あ。この子……女の子、だったの……?)
それはわたしにはとても意外な事実だった。
だってこの子、遠目からじゃどっちとも言えないような格好だったし、近づいてからは他のことに気を取られちゃってたから、この子のことをちゃんと見ていなかったのだ。
そんなわけだったから、わたしはてっきりこの子は男の子とばかり思い込んで引っ張りまわしていたのだけれど……。
「えっと、あの……なんなん、ですか?」
でも、そんなわたしのちょっと失礼な勘違いなんて知るはずもないその子は、うつむきがちでたどたどしくはあったけれど、そう言って自分を助けてくれた理由を尋ねてきていた。
「あ、えっとね。あなた、いじめられてたみたいだったから、いっしょににげちゃおうって。」
「え?」
わたしの答えに驚いたその子。
でも無理もない。たった今会ったばかりの知らない子が自分を助けてくれるなんて想像もしてなかっただろうし。
良い意味で相手を驚かせることができたことを、わたしは密かに誇った。
こんなこと、たぶんわたしにしかできないすごく偉いこと。――そんなふうに思ってご満悦になっていた。
すると、その子はどういうわけか、どこか申し訳なさそうな感じで口を開く。
「……あの……いじめられて、ない……です……。」
「え?」
その言葉に驚かされたのはわたしの方だった。
「……。」
「……。」
そのまましばらく静かな時間だけが過ぎて行く……。
森の様子を照らしてくれているのは、葉っぱを落とした木々の間から漏れてくるお日さまの光。そのおかげで、ここは森の中なのにすごく明るくて相手の顔もしっかりはっきりと良く見えている。そして、そのしっかりはっきり見えている相手の顔には、明らかな困惑の表情が写っていて……。
ざっざっと、小鳥が落ち葉の中から餌を探そうとする音が、わたしの耳に入っては消えていっていた。
「え?」
わたしはもう一度聞き返していた。
今何を言われたのかちょっと分からなかった。できれば聞き間違いであってほしい。そう願っていたのだけど……。
「……だから……その……いじめられて……ない、です……。」
返ってきた答えは無情なものだった。
「え?……だ、だれ……が……いじめられてない、の?」
「……あの……わたし……です……。」
どうにかしてこの告白をなかったことにしてしまいたい。そんなわたしの願いもむなしく打ち砕かれる。
それから最後に「ごめんなさい」と、小さな声で付け足してきたその子。――なんで謝られちゃったの……。
「……。」
「……。」
それからもう一度訪れた誰も何も喋らない時間……。
不意にがさっという音が聞こえていた。今のはたぶん小鳥が飛び立った音。それから聞こえてくるのは、がぁがぁとカラスの世間話の声。
いくら日差しが入ってきて明るいって言っても、やっぱり森の中じゃ寒く感じるのもしょうがないことだった。特に足が寒い――と言うよりも冷たい。そういえば、さっき川を渡ってきたんだった。
「え……だって、みんなでわぁってかこんで、なにかわるくち言ってて――」
「あれ……うしろにいる人がだれか当てる……そういう……あそび……。」
「あ……。」
その遊び、わたしも知っていた。どのへんが面白いのかよく分からなかったけれど、わたしもそれは柵でやったことがあった遊びだった。さっき他の子たちが囃し立てていたのは、悪口なんかじゃなくて囃し唄だったってこと……?
(うう……なんかおしりムズムズしてきた……。)
濡れている足元だけじゃなくて、お尻の穴まで寒さを感じてきたわたし。
「えっと……ごめんなさい。」
結局、絞って絞って絞り出してわたしの口から出てきた言葉は、たったのその一言だけだった。
野原 ……何の手も入れないで人が遊ぶのにちょうどいい丈の草が生えた野原なんて、ないっ!(断言)
川 ……実際の冬の川の水は冷たいですよ。ええ。死ねます。まあ、くるぶし程度の深さなら、その限りでもないですが。
囃し声 ……なんか必殺技叫んでるみたいに見える。でも違います。
森 ……実際の冬の森は寒いですよ。ええ。死ねます。まあ、南国ならその限りではないですが。
そういう遊び……あれ、何が面白いのか未だに分かりません。好きだったのはかくれんぼ。




