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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第九章 クニを盗ル(二)
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第90節 暗い世界で一人 ヒカリ

(何?)


 いつのころから、胸の真ん中にほのかな温かみが触れていたことに気付いたわたしは、もう開くことのないはずだった目を開けて自分の胸元を見た。


(どうでもいい。)


 そう思いながらも、その温もりに何故か心当たりがあったわたしは、それを見てやっぱりそうだったかと納得した。


(尾羽。)


 わたしの胸を温めていたのは首にかけられたオオトリの尾羽。

 掛け替えのない二人の思い出。絆の証。でも……。


(今さらどうして?何のために?)


 そうして湧いて出てきたのは疑問というよりも、激しくもねばねばと絡みついたした怨嗟の念だった。




(尾羽……尾羽!オオトリの尾羽っ!)


 わたしは激昂した。

 ――結局何の役にも立たなかったじゃないか。

 お前なんかがいたせいで最後までくーちゃんの傍にいてあげられなかった。

 お前なんかがいたせいで最後までくーちゃんを励ましてあげられなかった。

 あの日、お前なんかに逢わなければ。

 あの日、お前なんかに魅せられなければ。

 お前なんかに希望を見出さなければ、残された時間のすべてをくーちゃんと……限られた時間のすべてをくーちゃんと一緒に過ごしてあげることができたのに……。




 それは本当にわたしの心から湧いて出た感情なのか――

 タマズサにあるまじき激情に駆られ、これでもかというほどの憎しみをぶつけて、それでも収まるどころかますます激しく燃え上がった怨念の炎は、タマズサとなったはずのわたしの心を激しく焼き焦がした。


(くそ……!くそぉ……。)


 どれだけ悔しくても、どれだけ悲しくても、もうあの日々は戻ってこない。

 わたしは取り返しのつかない選択をしてしまった怒りを尾羽にぶつけ続けた。

 それでも、尾羽はそんなわたしの気持ちのなど意にも介さないのか、その温かみは次第に強く大きく広がってわたしを包み込むと、ついに暗い樹海の中に根付こうとしていたわたしを引き抜いてしまい、わたしはそのまま尾羽の産み出した気流の中に納まってしまった。


(やめろ。わたしに構うな。)


 わたしは抵抗した。

 どうせもうどこにもヒカリはない。どこにも支えはない。わたしは一人では生きられない。だったら放っておいて――

 わたしは、柔らかで心地のよいその中から逃れようと必死になって抗っていた。

 すると、どこからともなくとある声が聞こえてきて、わたしは暴れるのをやめた。


――……いちゃん――


 その声にわたしははっとした。

 その声は懐かしい響きだった。

 その声は忘れるはずのない声だった。

 その声は聞きたくて、逢いたくて焦がれ続けた声だった。

 その声は――その声は、わたしのヒカリ。


(ああ、くーちゃん。)


 茫洋と広がる暗闇の中で不意に出会ったヒカリ。

 そのヒカリによって、わたしは溢れ出る涙と共に心が温かな幸福感に満たされていった。

 そして、その幸せの感情がわたしの心に根付こうとしていたタマズサを取り去った時、わたしは自分の置かれている境遇を悟るに至った。


(そうか、わたし死んじゃったんだ。)


 どうして――

 どうしてそうなったかは思い出せない。

 どうしてここにいるかも思い出せない。

 知る由もない。

 そして、ここは暗くて寂しい場所。

 ここは暗くて怖い場所。

 それでも、もう淋しくはない。


(くーちゃんが……。)


 くーちゃんが迎えに来てくれた。

 くーちゃんと一緒にいられるのならわたしは怖くない。

 くーちゃんと一緒にいられるのならわたしは淋しくない。


(くーちゃん。)


 わたしは親友の声のする方へと向かおうとするが、相変わらず言うことを聞かないわたしがその場から動くことはなかった。


(くーちゃん。)


 精いっぱい呼びかけてみても、声だって出ていない。

 それでも、そんなことはどうでもよくただひたすらにわたしは親友を呼び続けた。


――……いちゃん――


(やった。)


 わたしは親友の返事が来たことに頬を紅潮させた。

 そうして返って来た親友の声は途切れ途切れで何を言っているのかよく聞き取れないけれど、わたしには分かる。

 分かった気がする。

 くーちゃんはきっとわたしを呼んでいる。

 わたしは確信を持って親友を呼んだ。


(くーちゃん。今そっちに行くからね。)


 精いっぱい叫んだつもりでも、まったく声は出ていなかった。

 それでも構わずに姿の見えない親友に向かって、わたしは懸命に呼び続けた。


――わた……で……――


 くーちゃんは一体どこにいるのか。

 彼女の声は遠いようにも近いようにも、前からも後ろからも聞こえる様に感じられ、どれだけ耳を澄ませてみても、その内容は所々でブツブツと切られてしまい判然としなかった。


――早く……――

 わたしの声は届いるのかいないのか。

 変わらない調子の親友の言葉に、わたしも諦めずに話しかけ続けた。


(わたしも早く会いたいよ。どこにいるの。すぐそっちに行くから――)


 そしたら……それで一緒になれたら、今度こそもう二度と離れない。

 わたしの想いは暴れ出し、走り回り、湧き溢れていて言葉にするのが難しかった。

 それでもその気持ちを伝えようとしたその時、それは起こった。


――まったく、なんとひどいありさまよ。――


 聞いたことのない声がわたしたちの間に割って入ってきたのだ。


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