02 簡単な錬成と錬金術師の心得
「気持ちわる……さすがに飲みすぎたか」
目が覚めた時には、外は既に明るくなっていた。二日酔いを覚ます薬もあるし、例えなかったとしてもすぐに作ることができる。しかし、俺はそのどちらもを選択しなかった。
もう昼だ。パーティを組まずにいつも1人でダンジョンに潜っている俺は、別に今からでもダンジョンへ行ける。行けるというだけであって、金に余裕のある今は特に行くつもりはない。
「っと……忘れてないよ、師匠」
毎日の日課になっている、師匠の遺影に手を合わせることは忘れない。
恩師ヘルメスは優しい老人だった。食堂を継ぐことをきらい、冒険者という夢のために家を飛び出した俺を錬金術師として1人前にしてくれた師匠は、「ワシの出番は終わった。後は次の世代の仕事だ」とよく零していた。その口ぶりから、さぞ高名な人なんだろうとこっそり調べたこともあったが、俺ではなんの情報も得られなかった。それが返って恐ろしく、尊敬の念は増したように思う。
遺影周りの掃除をしていると、突然外から叫び声が聞こえてきた。
「アベリア! さっさと出てこい! いや、出てこなくてもいいから扉を開けるか何かしろ!」
「またアベリアか……昼間からよくやる」
アベリアというのは、斜向かいに住んでいる錬金術師の名前だ。歳は確か、20になったくらいだったはずだ。
大声を上げているのは、アベリアの父親だ。錬金術師は、家にこもって食事すら惜しんで研究を続けることもざらで、ダンジョンに潜らない錬金術師は特にその傾向にある。だから、店に頼んで定期的に配達員に食事を届けてもらったり、家族が見かねて尋ねてきたりすることがある。
アベリアの親は随分と優しいのだろう。昼間から食事を届けに出向いてやるとは……ああいや、そういえば今日は休日だったか。冒険者は休日をパーティごとに定めているし、家にこもっている錬金術師に休日はあってないようなものだ。日にちの感覚はどうしても薄くなる。
「……休日か……そうだな。家に帰るか」
さて、そうと決まれば行動だ。二日酔いのまま行っても追い返されるだろうから、酔い覚ましの薬も作らないと。先にやってしまうか。
器具が揃っている調合用の部屋に向かいながら着替える。錬金術用の服という訳では無く、「汚れてもいい服」ってやつだ。
錬金術は、即興で行うものと、錬成陣を用意して行うものの2つに大別できる。錬成陣を使えば、本来1人の魔力では足りなくなるような難しい錬成を行えたり、扱う素材に合わせて用意すれば、魔力不足以外では万に一つのミスもなく、非常にスムーズに錬成が行える。一般人でも魔力を注げば錬成が行えるほど、完成度の高い錬成陣もある。
そして今回使うのも、素材に合わせた錬成陣を用いるものだ。それでなぜ「汚れてもいい服」を着るのかというと、師匠の教えの為だ。「錬金術による大きい事故は何度も起こってきた。たとえ万が一にも失敗しない環境であっても、必ず失敗に備えよ」とは、錬金術を学ぶ1番初めに言われた言葉だ。この「汚れてもいい服」には、爆発にも耐えうる耐久性がある。
輝晶石という鉱物を加工して作られた器具に、混じり気のない純粋な水を注ぐ。それを錬成陣の上に置き、素材のひとつを入れて魔力を込める。入れた素材はダンジョン産、ラフレシアという魔物の花びら。ラフレシアは匂いによって神経を麻痺させる能力を持つ魔物で、こういった魔物は麻痺への抗体を持っている為カウンターの素材として使いやすい。
魔力が馴染んだ頃に、次の素材を入れる。ラフラーゼ魔力結晶という名の魔鉱物を入れる。魔鉱物とは、ダンジョンで取れる、魔力を帯びた特殊な鉱物のことだ。アダマンタイトやオリハルコンなんかが有名どころだろう。ラフラーゼ魔力結晶は、水に反応して水以外のものを結晶化する。最初に水を注いだのはこれを使うためだ。ここからは時間との勝負。
この後いくつかの工程を経て、酔い覚ましの薬が完成した。既に飲んでいて、非常にスッキリした気分だ。酔い覚ましの薬は簡単な部類で、抗麻痺薬に似た素材が多いので手馴れているから余計に簡単に感じる。
こういった薬は作り置きしておくのが普通ではあるのだが、酔い覚ましはここ1ヶ月で頻繁に使ってしまっていたため、ちょうど切らしてしまっていた。
よし、もう一度着替えてさっさと向かおう。
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