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07.休める時は休んで欲しい

 一部屋しかないということは、それはつまり、使者が来るまでの間はクラウスと一緒に夜を過ごすということに他ならない。


 さすがにこれにはマルタも戸惑った。男性と床を共にするのは初めてであったし、加えて、それがマルタ本人も知らないうちに芽吹き始めている恋慕を抱く相手となると、そう簡単に「はいそうですか」とは言えないのである。


 私はどうしたら良いのかしら、とマルタは大量に汗を掻く。すると、クラウスが眼を細めてすっと一歩引いた。


「……お嬢さま、私は夜は近くの別の宿で過ごさせて頂きたいと思います」

「えっ……?」

「主従が寝室を共には出来ませんし、それにお嬢さまは最近どうにもお疲れのご様子。……一人のお時間はあればあるだけよろしいでしょう」


 クラウスの至極真っ当な提案であり、まだ心の準備も出来ていないマルタはホッとした。ただ、明確な線を引くその言葉に、一方で少し寂しくて悲しいという複雑な感情も抱いたりしたけれど……。


 自分自身の心だと言うのに、どうにも全く思う通りにはならない。そして、その状態はクラウスにも分かってしまう程のものらしく、『お疲れのご様子』なんて言われてしまった。


 異性として意識し始めてしまっていることは、まだ当人には気づかれていないようだけれど……ただ、何かしらの変化があることは分かられてしまったようなので、気づかれるのも時間の問題かも知れない。


(……私の心を知ってしまったら、クラウスはどうするのかしら)


 マルタはとりとめもなくそんな事を考えつつ、目を伏せて「分かったわ」と頷いた。





 昼はクラウスに来て貰い夜は一人で過ごす――そんな生活を始めて三日が経った。

 ロイヤル・ワラントだけあって宿では何不自由無く過ごせており、昼に修繕工事の音が僅かに聞こえて来る以外、問題らしい問題は何も無い感じだ。


「……」


 夜になって穏やかに浮かぶ月を眺めていると、ふいに、公爵家が燃え尽きてしまったことがウソのようにマルタには思えた。

 少し厳しい父も、淡々と仕事をこなしてくれていた使用人たちも、郷里に戻ればまた会えるような気がした。そんなことはありえないと言うのに。


 夜風が吹いてマルタの頬を撫でた。生暖かい風であり、それが妙に心地よかった。


「そろそろ寝ようかしら……」


 と、窓を閉めようとした所で、ふいにマルタは眼下に一つの人影を見た。よく見るとクラウスである。腕を組んで壁に背を預け、目を瞑っていた。


「……別の宿に泊まるって言っていたのに」


 マルタは困ったように眉をひそめた。クラウスは確かに別の宿に泊まると言っていたのだ。でも、それはウソだったらしく、夜もこうして近くでひっそりと護衛を行っているようだ。


 職務だからと言えばそれまでだけれども、けれども、そうだとしてもクラウスの寝る時間すらも奪ってしまうのはマルタの望む所では無い。


 特別な危険が考えられる場合であれば別だけれども、今はそういった心配は無いのであって、普通に休んでいて欲しいのだ。


 しかし――今の様子を見る限り、その気持ちはどうやら言葉にしないと分かって貰えないらしい。なので、マルタは取り敢えず、それを伝える為にクラウスの所へと向かった。





「お、お嬢様……」


 マルタはクラウスの目の前に姿を現した。すると、いきなりの主の登場が予想外であったのか、クラウスが困惑した表情になった。


「一体どうされたのですか……?」

「それは私の台詞よ。どうしてこんな所にいるのかしら」

「……お嬢さまの身の安全が心配でして」


 執事兼護衛であるからこそのクラウスの言い分は、マルタにも理解は出来る。なるべく目の届く範囲にマルタを捉えて置きたい、ということなのだ。


 しかし、だからといって平穏な時にもこうやって身を粉にされると、逆に心労になってしまうのである。恐らくは、王都に着くまでの間に止まった宿でも似たようなことをしていたのだろうことも考えると、それはより一層だ。


「……ハッキリ言うけれど、私はクラウスに対していつも申し訳ないと思っているわ。……お願いだから、これ以上私をそういう気持ちにさせないで」

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